祝祭

雨宮吾子

祝祭

 花火大会があるのだと聞かされると、男の子は、お祭りがあるんだねと喜色を浮かべた。母親はじんわりと湿った風を仰ぎながら、そうじゃないのよ、とだけ告げた。その一言が遠い彼方にいる彼に響くのはずっと先のことであろうが、いや、もしかするとこの時空の中にその言葉は溶けてしまうかもしれないが、母親はその言葉に何かを託した。

 電球のぶら下がったのが天の川のようになった道を下ると、二人は川にぶつかった。そこで小舟に乗る。舟を操る男の逞しい腕と、そのしなやかな仕事ぶりに彼女は視線を送る。男の子は母親に守られながら耳を寝かせて、川面を叩きながら走る船底を見たような気になった。母親は木材の軋む音に目を閉じる。やがて開けたところへ出た。そこには何艘もの先客がいて、程なくして上がるはずの花火を待ち受けている。他にも親子でやって来た客がいた。そちらの舟では常になく大人たちの方がこらえきれないといった様子で、子供たちは己の領分で楽しみを見つけている。流れのないところへ来たので、船を操る男も座り込んで、こちらは落ち着いた様子の母親に他愛のない話を向ける。母親は子供の頭を撫でながら、何かの拍子に転落してしまわないようにと視線はそちらへ向けている。男は母親の素性を知らない。母親も子供と二人だけで花火を見物に来た経緯を語ろうとしない。

 呼び水のような小さな花火が、ぽんと鳴った。驚いた男の子は体勢を崩した。転落しそうになるのを母親が抱きかかえ、そこへ男の手が追いかけてきた。花火大会は始まった。例えば花を模した形の、本物の花弁よりも鮮やかな花火などが次々と打ち上げられていく。男の子は光と音とがずれてやって来る仕組みを考えることもなく、それでいてそのずれを楽しんでいる、見つめている。その横で、視線はようやく交錯した。ぽん、ぽん、と鳴る花火の下で三人は釘付けにされたようになって、微動する舟の動きを制止すべき男の手は、形が良いとは言い難いながらも発光する手に絡まっている。手と手が山脈を形作ったかと思った次の瞬間には、もう花火は終わっていた。終わった後になって、彼らは花火が打ち上がったのだということを悟った。

 小舟は独り、再び動き出した流れを受けて動揺している。

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祝祭 雨宮吾子 @Ako-Amamiya

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