シャーロック・モリアーティ
名久井悟朗
プロローグ 独白
何の因果か、この俺が探偵などという山の物とも海の物ともわからない胡乱なものになろうとは、あの妙に高級な紙に書かれた胡散臭い求人広告を手にした時ですら思っていなかった。
あの頃の俺は、街の隅に捨てられたへし曲がった火かき棒のような存在で、せっかく尋常小学校から高等学校へ進学したというのに、毎日のように似たような連中とつるんでは、酒に煙草、薬と遊び倒し、余人に知られれば官警に突き出されるような、遊びではすまない事にも手を出していた。
家が貧しいだとか、親しい者が亡くなったとか、別段何か意味があるというわけでもなく、ただ単純に普通という日常、目の前に敷かれた道、それをただ享受する自分、全てが虚しく、愚かでどうしようもない物に見えたのだ。
つまりは多感なお年頃にありがちな反抗期であったのだ。
寛容なのか、大らかなのか、それとも身内に甘いだけなのか、俺の父は当初、ご乱行に気付きはしても殊更それを止めるでもなく、むしろ裏から手を回し、官警に捕まらないようにまでしていたようであった。
しかし、己の事とは言え親の心子知らずとはまことに悲しい物で、俺は仲間を引き連れ自宅で大騒ぎをし、ついには離れを全焼させる大火事を起こしたものだから、流石の父も黙ってはおらず、明日をも知れぬ家なき子となってしまったのだ。
諦めの悪い暑さも粘りきれずに音もなく消え去った神無月の初め、秋という季節は刹那の幻のように儚く、帝都の空は冬の顔を見え隠れさせていた。
祖父の代から成金とはいえ、裕福な家に育った俺の懐は、そこいらの労働者の月の賃金以上には厚いが、その金がいつまでも続く訳もなく、早く手を打たねば特殊な趣味の手合いに体を売るか、職業的犯罪者に落ちるかを選択する事になる。
そんな事を考えていた折だった。
俺の人生を変える運命の赫い糸は、帝都に冬を呼ぶ悪風に乗ってやってきて、まるで猛毒を持った斑蛇の如くに俺の人生に絡みつき、半年以上経った今でも離れる様子は無い。
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