或るバイト

エリー.ファー

或るバイト

 薄暗い場所。

 薄暗い人々。

 薄暗い香り。

 なんだ薄暗い香りって、あと、人々も薄暗いってどういう意味だろうか。

 まぁ、ともかく。

 僕はそんな場所にいた。

 アルバイトだ。

 金がいるのだ。とにかく高い服をきて、偉そうな面で街を歩きたいのだ。みんなにすごいと言われたいし、言われなかったときは服を見せつけてその場を通り過ぎたい。

 なんにせよ、金が要る。

 時給十七万。

 最高のアルバイトを見つけて今に至る。

 天井には空も見えないほどのパイプと、そこに張り巡らされた蜘蛛の巣。下には中華料理と書かれた看板が光っている。余りにも安っぽいせいで、光らせない方が人を不快にさせない分、宣伝効果が高いような気がする。

 そして、その下。

 そのもっと、下の下。

 台所。

 僕はそこで洗い物をしていた。

 かれこれ六時間。

 長すぎる。

 立ったままの仕事が大変だとは聞いていたが予想以上である。まず、休憩がないのもそうだが、空気が悪い。余り長くここにいたくはないのだが、持ち場を離れるようであればすぐに減額になると教えられた。

 手を動かせ。

 さっさと洗え。

 喋るな。

 一人なので喋ることはないが、窮屈な気分になってくる。

 時給十七万。

 悪くない額なので我慢はできるが、六時間以上働いていると、自分の頭の中には既に百万円という数字が躍っている。もう十分、働いたのだ。途中で帰ることは原則禁止となっているが、どうしてもというなら途中でも帰れると、アルバイトの説明欄に書いてあった。しかもちゃんとお金はもらえるらしい。

 やめるか。

 しかし。

 あることが気になる。

 後ろだ。

 後ろの扉だ。

 ずっと、音がするのだ。

 何かの音がするのだ。

 たたきつけられるような音もそうであるし、金切り声もそうであるし、鈍くて低く大きな振動を伴うモーター音。

 気になる。

 扉は鉄製である。わずかばかり開いているが、中を覗くことはできない。扉の下から何か液体があふれ出ているのが分かる。

 赤い液体。

 ケチャップかな。

 それともイチゴジャムかな。

 誰か、オムライスか、お菓子でも作っているのかな。

 冗談はいいとして。

 固体ではない、液体。

 これが怖い。

 七時間。

 八時間半。

 八時間四十分。

 八時間五十六分。

 九時間二分。

 九時間九分。

 音が消える。

 静寂。

 見たい。その思い。

 最高潮。

 僕は洗い物の手を止めた。

 監視されていると思っていたが、別に誰かが近づいてくるような足音などは聞こえない。

 行くしかない。

 洗い物などしていられない。

 すぐに扉に近づき、少しばかり開いて中を確認する。

 十、百、千。

 体育館のように広い空間に。

 死体。

 山積みされた死体は男女問わず、老若男女問わず、そして人と認識できる状態から、腕だけ、脚だけ、臓器だけ。

 腐っているものも多いのだろう。

 臭いというような次元ではない、どちらかというと炙られるという感覚に非常に近い。自然と瞬きの回数が増えるのも、この場所が不潔であることをからだが察知しているためであると思う。

 少年の死体があった。首から下が引きちぎられたようであった。僅かばかり口が開いている。そこから赤黒い血液が水道の蛇口を開いたかのように一定の量で垂れている。

 僕は後ろを振り返り、先ほどまでいた台所を見つめる。

 なるほど。

 さっきまで洗っていたものは、元々ここにあったのか。

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