閑話 虎族の少年奴隷ティー

 俺は、今日お貴族様の子供に買われた。

何でも、幼い妹のお土産に買った乗り物を引くために欲しかったらしく、大人じゃない奴隷をということだった。


 俺に父さんはおらず、母さんと二人で暮らしていた。

どうして父さんがいないのか聞くと、母さんは悲しそうに微笑むだけで教えてはくれないから、今も分からないままだ。


 母さんは、俺が5歳くらいになると住んでいた町を離れ、町から町へ、町から村へと、場所を転々としだした。

そんな生活が2年ほど続き、とある村で腰を落ち着かせることになった。


 小さな村だったけど、村の人たちは優しく、俺たち親子に優しくしてくれた。


 だけど、そんな生活も数年と経たずに終わりを告げた。


 村が奴隷狩りに襲われたんだ。

母さんは俺を逃がそうと抵抗したけど、殴られて気を失ったようで、ぐったりしていた。それが母さんを見た最後だった。


 俺や他の子供は大人とは別のところへ連れて行かれ、更にそこから散り散りに売られていった。


 俺を買った奴隷商人は、買い付けに来たとかで店は海の向こうにあり、他に買われた奴隷たちと共に船で運ばれた。

食事は最低限で糞尿は垂れ流し。とてもではないが人のする生活ではなかった。


 何度か港へ補給に立ち寄って、どれだけ経ったか分からないけれど、やっと陸に上がれた。

ふらついていてもお構いなしに鞭で打たれて歩かされ、奴隷商人が手配した格子付きの荷車に押し込められて店まで運ばれた。


 それからどれほど経ったのか分からないが、今日、俺は檻に入れられ大きな邸へと運ばれた。


 庭から搬入された俺は、可愛らしい部屋に置かれたのだが、ここを使ってるのは女の子だろうか。

優しく甘い香りのする部屋だった。


 「私は雌の方がいいと思うんですけどねぇ。仕方がない。アルジャーノン様がお選びになられたのだから」


 そう言ったのは、クリフと呼ばれていた従者のような少年だった。

雄とか雌とか……、本当にやめてほしい。俺は、俺たち獣人は人であって獣ではないんだっ!!


 反抗的な態度や相手の言葉を否定したりすれば、鞭で打たれることになるのは分かっている。

いつか……、いつか、こんな状況から抜け出せるんだろうか。抜け出せる日が来たら……、俺は絶対にコイツらを許しはしない。


 だけど、そんな日が来ないことを俺は知っている。

希望を持つだけ無駄なんだ。


 そう思っていると、扉から俺を買ったアルジャーノン様と呼ばれた少年と、メイドに抱えられた美しい幼女が入ってきた。


 俺を見て固まる幼女に構わずアルジャーノン様と呼ばれた少年は色々と説明しているが、少しは幼女の状態に気付けよ!と思った。

まだ幼い女の子には分からない話だったのか、固まっていて聞いていなかったのか、メイドが改めて優しい言葉で説明していた。


 奴隷に名前はないとされ、名前を呼ばれることはないんだけど、お嬢様は俺に「ティー」と名付けてくれた。

名前を与えられるなんて贅沢な、と言われたが、こういうことに遭遇する度に自分は奴隷なのだと自覚させられる。


 さっそく引き車に乗り込んだお嬢様。

それを引っ張るとアルジャーノン様と呼ばれた少年から返事をしろと怒られた。


 確かに奴隷じゃなくても人として返事はしないといけないよな。


 お嬢様は、楽しそうに笑って指示を出すが、決して鞭では叩かなかった。

その態度は「言えば分かるし伝わる」と言ってくれているようで、俺を人として扱ってくれた。


 そんなお嬢様は、引き車を降りるとお菓子を食べ始めたんだが、その一つをご褒美として俺にくれた。

ちゃんと食べてと言われたのでその場で慎重に、一欠片も落とさないように味わって食べたが、めちゃくちゃ美味かった。今までで食べたお菓子の中で一番美味かった。


 俺がお菓子を堪能し終わる頃、お嬢様がウトウトし始めて、そのまま眠ってしまわれた。

眠ってしまったお嬢様をメイドが抱えたところで俺は違和感を覚えた。


 何か……、何だ、この感じ。

何かが流れ……?何が流れてるんだ?


 よく目を凝らして見ていると、目を吊り上げたメイドから小さい声で「レディの寝顔を見るものではありません!!」と怒られたんだが、そんなの気にしていられなかった。


 お嬢様から何か流れてる。何だ、あれ。思い出せ!見たこと、いや、感じたことがあるはずだ!何だ!?クソっ!もうちょっとで思い出せそうなのに!!


 「おい、奴隷……。いつまで妹の寝顔を見ているつもりだ?いい加減にしろよ?」

「っ!?何か、何かが、お嬢様から流れてるんだ!」

「はぁ?というか、大きな声を出すな。アンジーが起きるだろう」

「す、すみません。でも、感じたことがあるはずなんです。それを思い出せそうで……」

「アンジーから流れてる?何の話だ」

「あっ……、魔石?魔物の解体をしたときに、それから取れた魔石を触らせてもらったことがあって、そのときに感じたのが魔力だと教えられたんです!そうだ、魔力だっ!」

「なっ!?魔力だと!!?大変だ!父上に報告しなければ!」


 アルジャーノン様と呼ばれた少年が指示を出しているのを放置して、俺はもっと意識を集中させた。

さっきも言ったけど、流れてるんだ。溢れているのとは違って、流れていることから、どこかへ向かっているのではないかと思ったんだ。


 感覚を鋭くして集中すると頭がガンガンしてきたが、俺に優しくしてくれて、ご褒美だとお菓子をくれたお嬢様に、周りが慌てるほどのことが起きてるんだ。

ならば、何とかしなければ!そう思って注意深く見ていると、一瞬だけだが方向が分かった。


 それを頼りにそっちへ行くと、流れを感じる場所があった。


 「ここだっ!!こっちに流れてる!!」

「っ!?追えるか!!?」

「追います!!」


 ふわりふわりと流れる魔力を追って庭を小走りで進み、たどり着いた部屋は「アンドリュー」という人物の部屋だった。





 

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