第86話



 謁見の間での出来事があった後、すぐに騎士団長との御前試合を行うべく会場となる場所へ移動していたのだが……。



「まったくお前というやつはどうしてあんな態度を取ったりしたんだ!?」


「まあまあ、ガーデンヴォルグ伯爵。過ぎてしまったことを後になってあれこれ言ったところで、もう何も変わらない。大切なのはその後どうするかだ」


「しかし、ヴォルフ様」


「流石は宮廷筆頭魔導師様だ、どっかのケモ耳とは訳が違う」


「お前がそれを言うんじゃない!!」



 その後もくどくどとサリアが俺に対し悪態をつく。

 何も悪いことをしていないのに、なんで俺が怒られなくちゃならないんだ? まったくもって理不尽だ。



「ところでサリア、聞きそびれてたんだが最初に俺に声を掛けてきたとき、どうして俺を発見できたんだ?」


「どうしてって、普通にお前が歩いていたから声を掛けただけだが?」


「それがおかしいから聞いてるんだが……」



 あの時俺は【認識阻害】を使っていたため探知系のスキル及び魔法での索敵にも引っかからないし、俺の姿を認識することもできないはずだ。



 なのにサリアは何もないかのように声を掛けてきた。これが異常でなくてなんだというのだろうか。

 俺がその事について言及するも、彼女のもその理由が思いつかないのか要領を得ない。



「それは恐らく彼女が【セリアンスロゥプ】という種族に起因しているのではないだろうか?」


「どういう事だ?」



 最初敬語でヴォルフと話していたが、上司である国王と宰相に対してタメ口なのにこの人にだけ敬語はおかしいと思い至り、今はナチュラルにタメ口を使っている。



「セリアンスロゥプ、というより彼女の一族である【狐人族】はセリアンスロゥプの中でも嗅覚に優れた種族の一つであるため、匂いで勇者殿の居場所を見抜いたのではないだろうか」


「だから勇者じゃないって何度言えば分かるんだ……仮にそうだとして、こいつはその自覚がないみたいだけど?」



 親指で指を差すと教科書に載っていそうなジト目を向けてくる。

 それを無視して俺はヴォルフの言葉に耳を傾ける。



「これは飽くまでも推測の域を出ていないのだが、彼女は無意識に匂いで相手の位置を察知しているのではないかと思う。そして、ゆうsh(ギロリ)――コホン、ジューゴ殿の【認識阻害】とやらを掻い潜った理由としては、彼女の匂いで相手の位置を察知する能力がスキルでも魔法でもなく狐人族としての固有の能力であるならば、ジューゴ殿の【認識阻害】が働かなかった理由も説明がつくのでは?」


「なるほど、もしその推測が正しいとすれば匂いに敏感なセロリとスープには俺の【認識阻害】が通用しないということか?」


「セリアンスロゥプだ! いい加減覚えろよ!!」



 サリアの突っ込みを無視して、俺の問いかけにヴォルフは首を縦に振る。

 となれば俺にとってセリアンスロゥプは厄介な種族になるな。

 確かに【認識阻害】では匂いまではごまかせないだろうし、【隠密】も【鑑定詐称】も意味をなさない。



 それこそ匂いを含めた存在そのものを、一時的にしろ消さない限りは見つかってしまうのだろう。……まったく厄介な種族だな。

 まあそういう種族がいるとわかっただけでもよしとしよう。対策自体は現状思いつかないがな。



「ところでゆうsh(ギロリ)――コホン、ジューゴ殿はアスラ騎士団長との戦いに勝算がおありかな?」


「あんたもいい加減俺を勇者と呼称するのを止めてくれよ……騎士団長に関しては出たとこ勝負ってやつかな、でも勝たなきゃ俺はここで終わりだろ?」


「終わりってどういう事なんだ?」



 ヴォルフの勇者呼びを睨みで抑え込み彼の質問に答えると、すかさずサリアがそれに問いかけてきた。

 だから俺はそれに答えてやった。



「簡単な事だ。今回の騎士団長と戦うという一件は、あのはg……もとい、頭のお寂しい宰相が仕組んだ罠ってやつだ」


「罠というと?」


「今回の御前試合は俺の国王に対しての態度に腹を立てた宰相が、騎士団長と戦わせるよう仕組んだものじゃないってことだ。つまり宰相は俺が国王に対してどういう態度を取ろうが、最終的に騎士団長と戦わせる腹積もりだったという事だ」


「そ、そんなことって……」


「間違いないだろうね。宰相ならそういった小細工は得意中の得意だからね。事実それで宰相まで上り詰めた男と言っても過言ではない」


「やっぱりな、俺の思った通りだ。だが一つ疑問なのは、俺が仮に、仮にだが本物の勇者だったとして、俺を殺すことに成功した後の事ってあいつは考えてんのかね?」



 俺が賢者(笑)――俺の中では賢者と呼ばれてる奴がホントにいるなんてマジウケるんですけど的な意味で――の予言した勇者だった場合、俺を殺せば今回の大災害を止める手立てが無くなるという事だ。



 つまり俺を殺すためには勇者以外の方法でこの国を救う方法を思いつくしかないのだが、その代案は思いついているのだろうかと頭に過ったためヴォルフに聞いてみた。



 だが返ってきた答えは、これまた俺の想像通りのものであり、できればそうであって欲しくなかったという願いが打ち砕かれた瞬間でもあった。



「私も長い事宮廷筆頭魔導師をやっているから間違いない、断言しよう。ほぼ100%代案など考えてはいないだろうな」


「ですよねー、あんなのが宰相でよく今まで国としての体裁を保ってこられたな?」


「不幸中の幸いなのか下の連中に優秀な者が多くてな、ほとんどそいつらが支えてると言ってもいい」


「ヴォ、ヴォルフ様!? 私初耳なのですが……」


「そりゃ、上層部だけが知ってる機密中の機密だからな。政の中枢に食い込めていないと、知りえない事実だ」



 おいおい、そんな重要な事を部外者の俺とこの国の貴族とはいえ何も知らないサリアに話していいのかよ?



「いいんですっ!」


「心を読むんじゃねえ! しかもどっちかと言えば【秘密を知られたからにはお前たちを生かしておくわけには……】の方がしっくりくるぞ!!」


「ツッコミの論点がズレてるぞ!!」



 物凄く話が脱線してしまったので話を戻そうとしたが、残念ながらそんな暇はなかった。

 なぜならもうすでに御前試合の会場である庭園広場にたどり着いてしまったからだ。

 そこは30メートル四方の石畳が敷き詰められた広場で、主に騎士たちが剣の素振りなどを行ったり、王族が気分転換に散歩をしたりする場所のようだ。



「だぁー、おっさんとスムージーの競りと話してたらついちまったじゃねーかっ」


「セリアンスロゥプだ! 大体スムージーに競る価値があると言うのか!?」


「どうやらちゃんと来たようだな、逃げ出すと思っていたのだが」



 俺が頭を抱えて叫んだ言葉にセリアが反応してツッコんだその時、頭のお寂しい宰相がイヤミったらしい言葉を掛けてきた。

 醜悪な笑みに歪んだその顔は、思わずぶん殴りたくなる顔をしている。



「ぶべっ、ふぃ、ふぃさふぁ、ふぁふぁにふぉふぃふぇふぃふふぉふぁ(ぶへっ、き、貴様、何をしているのだ)」


「あ、悪い、殴りたい顔してやがると思ってたら、ほんとに殴っちまった……てへぺろ」


「ふぇふぇふぇふぉふぁふぁい! ふぁふぁっふぉふぉふぉふぇふぉふぁふぁふぁんふぁ!!(テヘペロじゃない! さっさとこの手を離さんか!!)」



 ブクブクと太った顔の肉に俺の拳がめり込んでいるようで、ふごふごと話す姿は醜いただの豚野郎でしかなかった。

 とりあえず拳を離してやると悪態をついてきたが、国王の言葉でなんとかその場を収まり改めて御前試合のルール説明が行れた。



 ルールは至ってシンプルなもので、勝敗は負けを認めるか、相手を殺すかするまで戦ういわゆるデスマッチ方式のようだ。

 やはりこの豚宰相は俺をこの場で始末するようだな。まあ俺はプレイヤーだから、ここで死んでもデスペナ食らうだけだろうがな。



「この私から逃げずに来たことは褒めてやろう、だが私と戦う選択をした自分の愚かさを後悔するがいい」


「まあとりあえず、やろうか」



 アスラ騎士団長の挑発を適当に流した俺は、さっそく戦うことにした。

 さて見せてもらおうか、この国最強の騎士の性能とやらを……。

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