第85話



「ふざけるなあああ!!」



 声を荒げ俺に対しそう悪態をつくのは、この国の実質的なナンバー2である宰相だ。

 なぜその宰相が俺に怒鳴り散らしているのかと言うと、何のことはないただの言いがかりだ。



 俺が国王との謁見のために通されたのは、謁見の間と呼ばれる公の場だ。

 どうやら国王と謁見する時は、宮廷作法として片膝を付かなければならないのだが、そもそもそれは謁見を望んでいる者がする行為であって俺は謁見を望んだ訳ではない。



 加えて、元々俺を呼びだしたのはそちら側であり予定を狂わされているこっちは言わば被害者なのだ。

 その事について謝罪される謂れはあっても、こちらから下手に出る必要性は全くと言ってない。そう、全くと言って。



 そのことを順序立てて説明した結果、宰相が先の言葉で怒鳴ってきたのだ。



「陛下と謁見する者は、例外なく片膝を付かなければならぬのだ。これだから平民は……」


「俺の話を聞いていなかったのか? 呼び出したのはそっちなんだから片膝を付くのはあんたらだろうが。こっちはクソ忙しい中来てやってるんだ。そのことに労いの言葉すらなくあまつさえ片膝を付けだ? ふざけてんのはどっちだ、ああ? これだから貴族は……」


「きっ、貴様ああああああ!!」



 まさに売り言葉に買い言葉の応酬である。

 まるで子供の喧嘩のような言い合いに、我ながら呆れの感情を覚えるものの俺は間違ったことは言っていないつもりだ。



 俺を呼びだしたのは相手側なのだからそれに対しての労を労い、感謝するべきだと思わないだろうか?

 ただでさえ普通にゲームプレイができない状況下なのにもかかわらず、貴重な貴重な時間を割いてやっているのだ。

 感謝と謝罪をされこそすれ、こちらから何かするつもりはない。



「もうよい……」


「し、しかし陛下、このような下賤の輩に舐められたままでは――」


「私がもうよいと言っているのが分からないのか? 控えよ宰相」


「ぐっ……」



 三十代半ばくらいの精悍な顔立ちだが、まだまだ貫禄不足といった印象を受ける男が玉座から宰相を一睨みで黙らせた。へっ、ざまあみろ。

 ちなみに宰相は六十代くらいの側頭部に辛うじて白髪が残っているいわゆるハg……コホン、頭髪がお寂しい人である。



 謁見の間には玉座に座している国王とその隣に妃である女王、さらにその隣に二人の娘だと思しき女王を若くした見た目の女の子がいて、さらに数段降りた階段の下には貴族であることが窺える高そうな服を身に纏った数十人の人間がいる。



 この場を守護する衛兵も50人規模で控えており、先の俺の発言にこの場にいるほとんどの人間が敵意を露わにしている。

 その中で敵意を剥き出しにしていないのは、ここまで俺を案内してくれたヴォルフとサリア、そして国王と妃だけだ。



 もっとも妃は顔に微笑みを張り付けてはいるものの、目は笑っていないので俺の事は快くは思っていないのだろう。

 隣のお姫様は敵意丸出しといった感じで目を三角にしている。まるでどっかのゆるキャラのようだ。名づけるなら「ヒメモン」だな。



 国王が一声「静粛に」と声を上げるとその場に沈黙が訪れる。そして、厳格な雰囲気を身に纏いながら名乗った。



「申し遅れたが、私がこの国で国王を務めている、スタンリー・ウェルシュ・ディアバルドである」



 国王がそう名乗ると、その場にいた貴族たちにどよめきが起こる。

 それも無理のないことで、本来先に名を名乗るのは謁見している相手側からであり、それに応える形で国王が名乗るのが通例だ。



 だが今回俺が正論を振りかざし、謁見の宮廷作法を突っぱねたため先に国王が名乗るという前代未聞の事態に発展してしまっていた。

 余談だが、ディアバルド王国の国王が謁見中に先に名乗ったという歴史は後にも先にもこの時だけであった。



「ジューゴ・フォレストだ。冒険者をやっている。それで,俺をここに呼びつけた訳を聞かせてもらおうか」



 どよめきが止まぬ中、俺は国王の名乗りに応える形で名乗った。

 その後再び国王が「静粛に」と一声上げた後、その場が静寂に包まれたのを見計らって、語り始めた。



「我が国に伝えられし伝承によれば、500年に一度の周期で訪れる【大災害】と呼ばれる厄災がある。その内容は毎回異なり、モンスターの大量発生や疫病の蔓延果ては地震などの自然の猛威と様々あるが、その大災害によって我が国は多大なる被害を受けてきた。そして、今年は六度目の大災害が起こる年であったため、我々は方々に斥候を放ち大災害の情報を集めた。そんな中ある情報がもたらされたのだ。この王都から西に数十キロ行った先に【ベロナ大空洞】という大きな洞窟があるのだが、そこにモンスターが大量発生しており我々はこれを六度目の大災害と認定し対策を講じてきた。だが日に日にモンスターの規模が大きくなりとてもではないが我らだけではどうにもならない。そこでかつて賢者と呼ばれた大魔導師が残した予言に従い、我々はこの未曽有の事態を収めることができる【勇者】を探すことにした」



 途中まではよくありそうな展開だったが、何か嫌な予感がするのは俺だけだろうか?

 そんなことを考えつつも国王の話の続きに耳を傾ける。



「かなり苦労したが、かつての賢者の予言通りの人物が現れ我らはかの者を呼び出した……」



 あれー? おかしいなー? 今ばっちり国王と目が合ってるんですけどー?

 目と目が合う瞬間好きだと気付いてないのに、全く持って嫌な予感しかしない。



「まさかその勇者って俺じゃないよな?」


「賢者の予言は正しかった。勇者ジューゴ・フォレストよ、そなたの力で我が国の大災害を収めてくれぬか」


「ですよねー、途中からそうじゃないかと思ってたんだよ。だが断る!!」



 いきなりこのおっさんは、何をつらつらつらつらのたまっちゃてんの?

 500年に一度の大災害かなんか知らないが、そんな国が対処しきれない案件をたった一人のプレイヤーでどうこうできるわけないだろ!?

 馬鹿なの? 死ぬの? いやモンスターに襲われたら死ぬんだろうけど、大体その賢者っていう奴誰だよ?



「そこを何とかやってくれぬか、この通りだ!」



 そう言って玉座に座ったまま頭を下げる国王。

 しかもなんか国王が頭を下げた事で貴族連中がまたざわめき出してるし。

 口々に「陛下頭をお上げください」だの「このような者に頭を下げる必要はありません」だの叫んでいるため収拾がつかなくなっている。



 俺はこの理不尽な事態にはらわたが煮えくり返る思いをなんとか押さえ込み、とりあえず詳細を聞くことにした。



「国王、いくつか聞きたいことがある。答えられる範囲でいいから答えてくれ」


「わかった」


「質問その1、大量発生しているモンスターはなんだ?」


「ゴブリンだ」


「質問その2、その発生したゴブリンの総数はどれくらいだ?」


「――ん、だ……」


「え? なんだって?」


「――まん、だ……」


「国王よ、答えにくいことは理解できるが重要な事なんだ、はっきり言ってくれ」


「二万だ……」


「おぉ……そ、そうか……」



 予想していた数の十倍という規模に、思わず言葉が詰まるが何とか次の質問を口にする。



「質問その3、俺がその賢者の予言した【勇者】だという根拠は何だ?」


「賢者の予言では、黒髪黒目の男でフード付きの外套を身に纏っているとある」


「そんなやつこの国にごまんといるじゃないか、どうして俺だと断定できる」


「加えて、謁見の最中畏まった態度は一切取らず、肩には緑の鳥の魔物を従えていると」


「あ、ああ……ホントかそれ? 俺を騙そうってわけじゃないんだよな?」


「いい加減にせぬかこの青二才がああああ!!」



 どうやら俺の国王に対する態度に堪忍袋の緒が切れたらしく、宰相が再び噴火した。

 そして、国王にとんでもない事を進言した。



「陛下、この者の陛下に対する態度は決して寛容できません。この者を不敬罪でひっ捕らえ、極刑に処するべきと愚考致します」


「待つのだ宰相、この者こそ賢者が予言した勇者なのだ。この者を処刑すれば、この国に待っているのは破滅なのだぞ」


「賢者様が予言なされた勇者がこの者だという証拠の一つに【勇者は圧倒的な力を持ち、その力は我が国の騎士団長をも凌ぐ】という予言がありましたな」


「そ、それは……た、確かに賢者が残した勇者を見極めるものの一つとして存在するが、他が予言通りなのだ。勇者で間違いなかろう」



 国王からすれば、今のジューゴは国王である自分に対し無礼な態度を取っている若者にしか見えないため、とてもではないがジューゴが我が国最強の騎士団長を倒せるとは到底思えなかったのだ。



「全ての予言に当てはまるものでなければ、勇者とは認められません。国王陛下、何卒我が国最強の騎士団長とこの者の御前試合を執り行うことをお許しください」


「……」



 国王個人としては、我が国最強の騎士団長との一騎打ちでジューゴが敗れる可能性が高いためやらせたくはないのだが、宰相の意見にも一考の余地があるため無下に突っぱねることもできない。



「国王陛下、私からもお願いいたします。この者との御前試合をお許しください」


「アスラ騎士団長……」


「必ずや、この者の化けの皮を剥いでご覧にいれます……」



 そう言いつつ、俺にオーバーキル甚だしい殺気を向けてくる。

 二十代後半の赤い長髪の目の鋭い女性でフルプレートの鎧を身に纏い、その雰囲気からも只者ではないことが窺える。

 目鼻立ちがくっきりとしていて、鎧の上からでもその存在が認識できる膨らみと相まって女性としての魅力もなかなかのものだ。



「はぁー、しょうがないな……国王、こうなったら御前試合やるしかないでしょ」


「よいのか勇者殿?」


「勇者じゃねえし、ってか仮に俺が賢者の予言した勇者だったとしても勇者じゃねえし、それに俺がもし負けたら勇者じゃなかったって証明にもなるから是非やってくれ」


「そ、そうか……ならばアスラ騎士団長と勇者ジューゴ・フォレストの御前試合を許可する!」



 こうして、赤髪長髪美人の騎士団長と一騎打ちをする事になったのだが、面倒な事になったと内心深いため息をつく。

 毎度おなじみで申し訳ないが、言わせてくれ。“どうしてこうなった?”と……。

 

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