第68話



 次に俺が目を付けたのは、職業書だ。

 これはキメイラと戦って得た評価ポイントが10000以上でもらえる報酬のうちの一つで、チョビマツの説明によると修得可能な職業枠が無くても新たに職業を獲得できるアイテムらしい。



 つまり先ほど修得した魔導師とは別にもう一つ新たに職業を選択できるということだ。

 ……これってかなりズルくね? まぁ、だからと言って使わない手はないがな……。



 収納空間から取り出したのは、表と裏の表紙がどちらも茶色の本で、職業書というよりは魔導書と言われた方が納得するほどのものだった。



「どうやって使うんだ? 職業書起動っ……違うな、職業書オープンっ……だめだな。……開けゴマ!」



 職業書を起動させようと試みるも、どうやっても起動しない。

 いろいろ試して、最終的にはそのまま開くことで起動できた……さっきまでの俺の苦労は何だったのだろうか?



「これは誰にも見られてなくて良かった……誰かいたら黒歴史になってたぞ……」



 そうならなかったことを安堵し、気疲れから来るため息を漏らしながら、職業書を起動すると職業一覧のウインドウが出現する。

 どうやら通常の職業選択と同じように一覧の中から選ぶようだ。



 ちなみに選択可能職業も職業枠がある時とほぼ同じラインナップらしく、最初に選択可能な初級職ばかりだ。



「遠距離攻撃は魔法で補うとして、あとは体力回復手段と鑑定スキルだな……」



 今の現状で必要になってくる能力は、俺がさっき言った二つだ。

 敵のダメージを受けた時に回復する手段として、現在体力を回復させるポーションに頼っている。

 だが現在市場に出回っているほとんどの物が下級ポーションと呼ばれる低品質の回復薬だ。



 それでもないよりはマシなのだが、大きく回復しようと思ったらかなりの量を飲まなければならない。

 そこで治癒魔法を唱えることができる僧侶や治療師などが今回の候補として挙げられる。



 そして、もう一つの候補が素材やアイテム、モンスターの詳細といった様々な情報を得ることができる鑑定士という職業だ。

 すでにFAOのプレイヤーの中には戦闘職とは別に鑑定士の職業を得ている者も多く、実に便利な能力である。



 以上を踏まえて果たしてどちらが今後必要になる能力なのか真剣に考える。

 回復か鑑定か……正直言えば両方欲しいが、手に入れられるのはどちらか一方だけだ。



「そうだな……他のプレイヤーも鑑定持ちが多くなってくるだろうから、それを欺くためにも鑑定士は必須になってくるかもしれない。もしかしたら、鑑定詐称みたいな鑑定の能力をごまかすスキルとかも覚えられるかもしれないし、ここはやはり鑑定士だな」



 そう独り言ちた俺は、魔導師の職を取得した時と同じく鑑定士の職を手に入れた。

 試しに目の前にあった備え付けの椅子を鑑定してみると……。




 【木製の椅子】


 何の変哲もない木でできた椅子。

 長い間使われているため古ぼけている。




 ……あれ、これだけ? レア度とかは無いのか?

 どうやらまだ鑑定士としてのレベルが低すぎるため、詳細な内容を鑑定できないようだ。



 とりあえずこれで、二つの職業が追加され現在修得している職業の数は六つになった。

 これでさらに強くする要素が増えたので、地道にレベルを上げていくとしよう。



 俺が今後の活動方針に頭を巡らせていると、突如部屋のドアノブがガチャガチャと音を立てだした。

 今の俺は部屋のドアと正面に向かい合う形でベッドの端に腰を下ろした状態でいるため、ドアノブの動く様子がはっきりと視界に飛び込んでくる。



 だが残念ながらドアが開くことは絶対にない。

 なぜなら鍵を掛けているのはもちろんだが、ドアノブに宛がう様に椅子の背もたれ部分をはめ込み動かないように固定しているからだ。



 最近は念には念を入れ俺は鍵を掛けた後、椅子を固定させるという事をやるようにした。

 どうしてそんなことをするようにしたのかは説明の必要はないだろう。



「あれ、おかしいわね? 鍵は開いてるのに……開かないわ」



 ドアの向こうでドアが開かないことに訝し気に呟く女の声がする。

 この喋り方でドアの向こうにいる人物を特定できた俺は、固定していた椅子を取り外し、ゆっくりとドアを開けた。



「な~にをやっているのかなぁ~? ここはお前の部屋ではないと思うのだが?」


「ひゃっ」



 ドアが開かれた瞬間彼女と目が合い、俺の顔を見た彼女は短い悲鳴を上げる。

 そこにいたのは案の定アキラで、ここにやってきた目的も何となく察しがついた。この夜這い女め……。



 俺の今の表情は無表情だが目だけを見開いた顔をしており、はっきりいって怖いと思う。

 子供が見たら十中八九泣き叫ぶほどの怖さは持っているのではないだろうかと自分自身が思うほどだ。



「ちっ、来るのが少し遅かったみたいね……」


「聞こえてるぞ!」


「あうっ」



 ふざけたことを宣うアキラに向かって、俺は彼女の頭にチョップを落としてやる。

 頭を抱え痛みに耐える彼女だったが、どことなく嬉しそうな感情が混じっているように思えた。

 その後もう二度とこんなことをするなという忠告と共に彼女にはお引き取りいただいた。



 閑話休題、本題に戻るとしよう。

 鑑定士の能力は試したため次は魔導師の能力の確認を行う。



 魔法と聞いて一般的に思い浮かぶイメージは“火”を思い浮かぶ人が多いが、俺は違う。

 俺の中では魔法と聞いてまず思い浮かぶイメージは“氷”だ。

 だからまずは氷を出してみようと俺は右手に意識を集中させる。



「できるかどうかわからんが、来い【氷】!」



 何とも陳腐な言い方ではあったが、俺の願いは聞き届けられ右手の中にテニスボールほどの氷の塊が発現する。



「よし」



 魔法の発現に短く呟くと手の中にある氷を床へと落とす。

 そのまま拾い上げるために掴んだが、やはり氷は氷らしく手に冷たさが伝わってくる。



「冷てっ、魔法でもやっぱ冷たいもんは冷たいんだな」



 その後基本的な属性である火、水、雷、土、風、光、闇といったRPGではテンプレといった属性の魔法を試していく。

 魔法と言っても火を出したり、水を出すとった手品に近いものだったが、どの属性も問題なく発現することができた。



「まあこれ以上の派手な魔法は部屋が壊れるかもしれんからな、これくらいにしておこう」



 俺がそう呟いたタイミングで、魔導師のレベルが2に上がった。

 様々な属性の魔法を発現させたため、一定の経験値を獲得していたらしい。

 一通り今この場で出来る魔法は試せたので次の事案を確認していくことにする。

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