第37話



「鳥か、一体お前はなんだ?」


「クエッ、クエクエクエ!」


「何を言ってるのかさっぱりわからん。まあ鳥の言葉なんて人間の俺がわかるわけないか」


「クエー?」



 俺の足元にいるそいつは体長が三十から四十センチメートルほどで体毛は薄めの緑色をしている。

 鳥類特有のくちばしにつぶらな瞳を持つそいつは何とも愛くるしく見ていて癒される。

 さらに特徴的なのは額の一部分の色が濃い体毛で覆われておりまるでその部分を剣で斬られたような感じになっていた。

 モンスターの詳細表示を確認すると大方の予想通りこいつが【クエック】というモンスターらしい。

 どうやらまだ雛らしく成長すると二メートルほどの大きさになると詳細情報に表記されていた。



「とりあえず、装備がほとんどダメになっちまったからな、このまま街に戻るか……」


「クエッ!」



 俺が街に戻るため森の出口に向かおうとしたところ足元にいたクエックの雛がズボンの裾を咥えて俺の動きを止める。



「なんだ? 俺は忙しいから遊んでやれんぞ」


「クエッ、クエクエ!」



 何かを伝えようと鳴いた後ある方向に向かってトコトコと歩き出し、振り返って俺を呼んでいる。

 どうやら俺をどこかに連れていきたいようでしきりに俺に向かって「クエクエ」と叫んでいる。

 装備を整えて出直したいと思ったが、もしかしたら今起きている事が何かのイベントでこの先二度と起こらない可能性もあるためリスクはあったがここはアイツに付いて行ってみることにした。



「まあ、何か危険に巻き込まれたら最悪死に戻りでデスペナだしな」



 死亡時のペナルティが全職業レベル1ダウンというローリスクであるためここはその利点を十二分に活かさせてもらおう。

 掲示板などでは全職業レベル1ダウンというペナルティが厳しいという意見もあるらしいがゲームによってはそれ以上のデスペナもあるため賛否両論で意見が分かれている。

 今後のアップデートでこのデスペナが強化される可能性が高いとオンラインゲーム経験者たちは見ているらしいのでその時まで多少の無茶はしておいた方がいい。

 逃げたくても逃げられない状況に追い込まれる事なんてゲームではよくある事なのだから。



 しばらくクエックの道案内で森を進んでいると、かなり年季の入った古ぼけた巨大な木が見えてきた。

 その巨木は人が五、六人同時に通れるほどの大穴が開いておりどうやら何処かと繋がっているようだ。



「クエクエ!」


「ここに入れと?」


「クエッ!」



 大きく頷いたクエックはそのままその大穴へと入っていく。

 さてどうしたものか、多少の無茶をしても構わないとはいえ自ら危険に近づくような馬鹿な真似はしたくはない。

 かといってこのままこの場所でまごまごしていても何も進展しないしな。



「ええい、こうなったらままよ!」



 俺は意を決し、ぽっかりと大口を開けた巨木の穴に入る。

 どうやら中は螺旋状のスロープのように道が続いており下へと繋がっている。

 自然にできたものにしては妙に人工的な造りで不自然ではあったが、これもゲームの仕様と割り切り俺は下を目指して歩いていく。



 降りている途中モンスターの類は出なかったがそれがかえって不気味な印象を与える。

 しばらく下に向かっていたがそれもようやく終わり最下層に到着した。

 奥に続く空洞の先にいたのはここまで俺を案内してくれたクエックと同じ大きさのクエックが2羽と親鳥と思しき大きいクエックの計3羽だ。



「クエクエクエッ」


「クエー、クエクエ」


「クエクー、クエクエ」


「何言ってんのかさっぱりわからん」



 どうやら親鳥であるクエックは足を怪我しておりまともに動くことができないようで襲ってくることはなかった。

 他の子どものクエックはそんな親鳥の周りをぐるぐると走り回りながら怪我の心配をしているように見えた。



「クエックエクエ!」


「なっなんだ? 俺に何か言いたいことでもあるのか?」


「クエクエ、クエーーー」


「こ、この仕草はまさか……」



 親鳥が俺に向けたジェスチャーは自分の翼を器用に使い自分のお腹をさすりながらポンポンと叩いた後大きく口を開けたのだ。

 これはつまりあれか、怪我をして自分で餌を取ることができないから何か食わせてくれ的なことなのか?



「怪我をして餌を取ることができないから何か食わせてくれってことか?」


「クエッ、クエッ」



 そう言うと親鳥クエックはコクコクと頷き俺の言葉を肯定する。

 どれくらいの時間が経っているのか知らないが見ると他の子どもクエック達も少しやつれているようだ。

 まあ簡単な話食べ物を恵んでくれという話だったので俺はすぐに自分の作ったおにぎりとステーキを分けてやった。



 人間の食べ物を食べるか分からなかったがその心配は杞憂に終わりクエック達はガツガツとおにぎりとステーキを腹に収めていった。

 一通りクエック達が落ち着いたところで親鳥の怪我を見てみたが大した怪我ではなく数日安静にしていれば大事のないものだった。



「クエ、クエクエクエクエ」


「クー、クエクークエ」


「クエクエクエクエクエ」


「クククエーー」


「だから何言ってんのかわかんねえって」



 具体的な言葉は分からなかったがおそらく感謝の言葉を言っているのは態度でなんとなく分かった。

 俺にすり寄ってきた子どもクエックがいたので抱き上げるともふもふとした感触でとても触り心地が良かった。

 しばらくクエックたちのもふもふを堪能させてもらったのでもうそろそろ街に戻ろうかと思った時突如としてそいつは現れた。



「キャシャアアアアアア!!」


「こっこいつは一体なんだ!?」


「クエッ、クエクエクエ!!」


「もしかしてこいつに怪我を負わされたのか?」


「クエクエ!」



 どうやらそうらしく俺の問いかけに頷く親鳥クエックだった。

 現れたそいつは体長約10メートルは下らない大蛇で名前を【ベルデビッグボア】と表記されていた。

 名前にこの森の名前が付いていることからベルデの森のみに生息する種類らしい。

 ユウトさんが引き起こしたモンスタートレインの中にもこのモンスターがいなかったことを考えると、おそらくだがこいつはこのベルデの森のレアモンスターなのではないかと俺は結論付けた。



 ともかく体の大きさと纏っている雰囲気から察するに弱いモンスターではないことは十分に伝わってくる。

 状況的にはこの空洞唯一の出入り口をベルデビッグボアが占拠する形となっているため逃げるためには当然奴と対峙することになってしまう。

 長い舌をチョロチョロと出しながらこちらの様子を窺う姿はどう見ても見逃してくれそうにない。



「戦うしかないようだな、お前らは下がってろ。ここは俺がやる」


「クエッ」



 そうクエック達に告げると俺は剣を抜き奴と対峙する。

 それを見たベルデビッグボアはまるで鞭のように体をしならせ尻尾を薙ぎ払ってきた。



「甘い!」



 躱すことには成功したが奴の尻尾の薙ぎ払いによって空洞の壁の一部が崩壊する。

 その攻撃力は凄まじく当たればただでは済まないだろう。

 しかも奴の間合いと俺の間合いの差は歴然で離れて戦うのはただ死を待つだけだ。



「こんなとき魔法か遠距離系の攻撃があればよかったんだがな」



 ないものねだりをしたところで今の状況を打破するためには奴の懐に潜り込みこちらの攻撃を当てるしかない。

 俺は覚悟を決め目の前の大蛇に突っ込んでいった。



「シャアアア」


「はああああ!」



 当然俺の接近を許してくれるほど甘い相手ではないため追撃の尻尾攻撃が飛んでくる。

 その攻撃をギリギリ躱しながら奴との距離を詰め俺の間合いに入ったところで隙だらけの胴体に剣を振り下ろす。



「なっなんて硬い鱗なんだ。俺の鉄の剣でも傷が付かないとは」


「シャアアア」



 俺の攻撃がお気に召さなかったようで今度は自分の頭を使って攻撃してきた。

 硬い鱗に弾かれた反動で回避行動が取れない隙を突かれベルデビッグボアの頭部による攻撃が直撃する。



「ぐはっ」



 そのまま数メートルほど吹っ飛ばされ地面に叩きつけられながらもようやく止まった。

 体に伝わる衝撃と痛みで意識が飛びそうになるのを必死で堪える。

 体力を見ると四割ほど削られていた。



「ぐ……あれを連続で食らうわけにはいかないな」



 ここに来て防具の性能の低さが大きく命運を分けてしまっていた。

 俺はRPGをプレイする際、武器と防具の二つの内どっちを強化すると言われたら迷うことなく武器と答えるだろう。

 攻撃は最大の防御という言葉もある通り相手の攻撃を食らう前にこちらの攻撃を当ててしまえば決着がつくからだ。

 だがいくらこちらの攻撃を当てても致命的なダメージを相手に与えらえないのならば意味がない。



「決め手がない、どうすればいいんだ」



 懐に潜り込んで再び攻撃したとしても硬い鱗に弾かれカウンターで大ダメージを受けることは必至だ。

 かといってこのままただ相手の攻撃を避けているだけでは体力がつきジリ貧になるのは目に見えている。



「クエエエエエエエ!!」


「なっなんだ!?」



 次の手を考えていると突如として咆哮が空洞に木霊する。

 次の瞬間子どもクエックがベルデビッグボアの顔に飛びつきくちばしで奴の目をつついた。

 そいつが俺を案内してくれたクエックだというのはすぐにわかった。

 なぜなら額の体毛の一部がまるで剣で斬られたような感じになっているクエックだったからだ。



「お前、なにやってるんだ危ないから離れてろ!」


「クエクエクエーー」



 俺の言葉に聞く耳を持たないと言わんばかりに勇猛果敢に攻め込むクエック。

 その攻撃はベルデビッグボアの目を確実に捉え奴の視界を奪った。

 だが目を封じたとしても蛇にはピット器官と呼ばれる熱を感知する器官が備わっておりそれによりこちらの位置は手に取るように分かるはずだ。



「そうか、いい手を思いついたぞ。おいクエック、そのまま奴の気を引いてくれ。俺が合図したらそいつから離れるんだ!」


「クエクエ!」



 そして俺は攻撃のタイミングを取るためベルデビッグボアの一挙手一投足を逃さぬよう刮目する。

 その動きはまるで勢いよく水が出ているホースのような動きだったがなんとかタイミングを掴むことに成功する。



「今だ飛び降りろ!」


「クエエエ!!」



 俺は暴れ狂う蛇の胴体を伝って奴の顔まで跳躍する。

 俺がベルデビッグボアの顔に到達すると同時に子どもクエックが奴の顔から離れたのを確認する、そして――。



「体の外は硬くても口の中はどうなんだろうな。食らえ【十文字斬り】!!」



 口を大きく開けもがき苦しんでいるベルデビッグボアに向かって俺は奴の口の中に十文字斬りを放った。

 十字に形作られた斬撃はベルデビッグボアの口の中に吸い込まれていき奴の口の中をズタズタに切り裂いた。

 ピクピクと奴の体が痙攣しまるで糸が切れた人形のようにピクリとも動かなくなった。

 意志を失った体は重力に逆らえず地面に叩きつけられ辺りに轟音を響かせる。



「はあ、はあ……やった……のか?」



 戦いの緊張から解放された俺はその場に尻もちをつきながらも自分が生きているという喜びを噛みしめる。

 一歩間違えれば自分が奴の餌食になっていたことを考えると今になって恐怖心が込み上げてきた。

 だがそんな感情を噛みしめる間もなくそれは突如として告知される。



 ――テッテレー。



 あの珍妙な効果音と共にメッセージウインドウが表示される。



『ジューゴ・フォレストの【剣士】がレベル21に上がりました。特定条件を満たしましたので称号【勇ましき者】を獲得しました』



 故郷のお母さん、俺は勇者になってしまったようです。

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