第34話
「はあ、はあ、はあ」
“脱兎の如く”今の俺の状態を表現するとこの一言に尽きるだろう。
トラブルとは得てして何の前触れもなくやってくるものだがその度に俺はいつもこう思ってしまう。
――どうしてこうなった?
何気なく取った行動が後になってとんでもない厄災として降りかかる、ドラマや映画ではよくある展開だ。
だが実際それが自分の身に降りかかった時人は二つの選択肢を迫られるその選択肢とは――。
「逃げるか、立ち向かうかだ。だったら俺は逃げる方を選ぶ!」
「待てー、待ちなさい!」
俺を呼び止める声に肩越しに後ろに視線を送るとそこにはとてつもない光景が広がっていた。
確かアキラとか言っていただろうか、今俺と全力鬼ごっこをやっている胸のデカい女が追ってきている。
胸がデカい女というのはいい意味でも悪い意味でも目立ってしまうものなんだなと改めて痛感させられた。
今の俺とアキラは全力疾走に近いスピードで走っている。
という事は当然ながら膨らみと表現するにはあまりにどデカい二つの存在が左右に揺れまくっているわけで……。
「おい、あの女見てみろよ、すげえな」
「おっほ、エロ過ぎんだろ!」
「見えそうで見えないのがなんとももどかしいですなあ~」
さっきからすれ違う男の視線を尽く釘づけにしている二つの果実が原因でちょっとした騒ぎになり始めていた。
まったく、どうして胸のデカい女ってやつはこう目立ちたがりが多いんだ。
もう少し慎みというものを持って欲しいものだ。
「いい加減に諦めてどっかに行ったらどうなんだ?」
「諦めるもんですか、アナタとやるまで離れてあげないんだから」
「だから名詞を抜くなと言っとるだろうが!」
「埒が明かないわね、こうなったら仕方がない。【
アキラが呪文を唱えると風のオーラのようなものが彼女の体を覆う。
その効果によって彼女の走るスピードが先ほどとは比べ物にならないほどに速くなっていた。
このまま逃げ切る態勢に持っていける状況が一転し、俺の背後に迫る勢いだ。
「てめぇ、魔法使うのは反則だろ!」
「アナタだって体力に物を言わせて逃げてるじゃない、お互い様よ、お互い様」
アキラのぐうの音も出ないほどの正論に打ち負かされた俺は逃げることに意識を向ける。
だが身体能力強化を施した魔法使いの彼女と純粋な肉体の能力で逃げている俺とでは体力の削られ方が段違いだ。
徐々にスピードの落ちる俺に対し、早い速度を維持しながら追いかけてくる彼女とではどちらが有利なのかは火を見るよりも明らかだ。
(このままでは捕まってしまう、何とかしなくては)
俺は裏路地に逃げ込むと路地の壁を蹴ってそのまま屋根にまで飛び乗る。
彼女も身体能力強化に物を言わせ同じように追いかけてくる。
「さあ、鬼ごっこはこれでおしまいよ、ジューゴ・フォレスト」
「くっ、こうなったら仕方ない、これでも食らえ!!」
俺は最後まで残しておいた力を使って俺の肩に手を乗せようとしていたアキラから瞬時に数メートルの距離まで移動する。
そして振り向き様に彼女に向かってあるものを投げつけた。
「はむっ」
「ライスキャッチ!」
こんな状況でオヤジギャグを言うあたり俺もどうかしていると思うが気にしたら負けなので次の行動に移る。
アキラが俺の投げたものに気を取られている隙に屋根から飛び降りるとそのまま大通りへと猛ダッシュで駆けていく。
そのまましばらく走っていたが、彼女は追ってきてはいなかった。
一方のアキラは――。
「はむ、はむ、何これ……おにぎり?」
自分に向かって投げつけられたものがおにぎりだと理解するのに彼女は数秒の時間を要した。
ジューゴにとってその数秒間という時間で彼女から隠れおおせることは朝飯前だった。
だが彼女の興味はそのおにぎりに向いてしまったようで。
「はむ、うんいい塩加減ね。素朴な味だけど、とても懐かしい味」
彼女にとっては不運だがジューゴにとっては幸運なことが偶然にも起こった。
実は彼女は痩せの大食いで周りの人間がドン引きするほどの大食漢だったのだ。
身体能力強化の呪文を使っているとはいえ全力で走っていることに変わりはない。
とどのつまり、動けば当然腹が減るわけで彼女はジューゴとの鬼ごっこで小腹が空いていた。
ちょうどそこに投げられたいい感じに握ったおにぎりが口の中に入ってきた。
小腹が空いた彼女がそれを食べない道理はなかったが追いかけっこを途中放棄することになってしまう。
頭の中コンマ何秒という刹那の世界で瞬時に考え彼女は決断した。
――ジューゴ・フォレストはまた探せばいいと……。
そんなわけでペロリと平らげたおにぎりの米粒が手についていたので一粒残らず舐り取る。
おにぎり一個ではアキラの腹を満たすことはできなかったが、妙な満足感が彼女の心を満たす。
「もっと食べたいわね、これは別の目的でも彼を探すことになっちゃたわ。でもまあ、今日の所はこのおにぎりに免じて引いてあげることにするわ」
そう言っていると効果時間が過ぎたのだろう、彼女が纏っていた風のオーラが掻き消える。
そのまま屋根から颯爽と飛び降り歩き出すと彼女は大通りの雑踏へと姿を眩ますのだった。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
全力で走っていたため膝に手を付き肩で息をしながら体力の回復に努める。
どういう経緯でそうなったのかはわからないが、追ってきていたはずのアキラが追ってこなくなった。
今回はなんとか逃げ切ることに成功したが、おそらく次は確実に捕まえに来るだろう。
「まったく、アイツといいおっぱいオバケといい、おっぱいのデカい女はどうしてこうなんだ?」
今占い師が俺のことを占ったら女難の相ならぬパイ難の相が出るだろうな。
そんなくだらないことを考えているといつの間にか呼吸も整い体力が回復したので歩き出す。
どこへ行くわけでもないが、とりあえずそうだなアキラのこともあるし宿に戻って今日はログアウトしようか。
その後、現実世界に帰還後明日も仕事があるので寝る準備をしてそのままベッドでグッドナイト。
翌日仕事から帰って晩飯と風呂に入りあとは寝るだけという状況を作り上げたところで、明日は土曜日で仕事が休みだということに気付き苦笑いでFAOの世界に舞い戻る。
いつものように宿を引き払いとりあえずフリーマーケット場に出品したおにぎりとハーブステーキがどうなっているのか確かめるべく向かうことにした。
フリーマーケット場に到着後すぐに前とは雰囲気が違う事に気付く。
昨日ここに来たときは閑散としていたのにもかかわらずプレイヤーがちらほらと一塊で固まっている。
(なんか嫌な予感がするのだが……)
そういう時に限ってその予感が当たったりするんだよなとか思いながらも俺が出品した場所を目指しているのだが、ここでも前と違う事が起こる。
俺が出品した場所に近づくにつれてプレイヤーの数が激増していくのだ。
一人また一人と歩を進めるにつれて人だかりが増えていき俺が出品した場所までたどり着くととそこには――。
「うめえ、なんだこのおにぎりめちゃくちゃうめえ!」
「このハーブステーキも柔らかくて最高だわ!」
「お代わりしてえぜ」
「残念だったな、あの人だかりじゃ売り切れるのは時間の問題だろうぜ」
どうやらプレイヤーたちの食べているのは俺が作ったおにぎりとハーブステーキのようだが、その人数が明らかにおかしい。
十数人ならまだしも明らかに数百人レベルで俺の出品店舗に群がっている。
俺は遠巻きにその様子を見ていたプレイヤーに話を聞いてみた。
どうやらFAOの公式掲示板にとある書き込みがあり、それがフリーマーケット場で料理が販売されているというものだった。
その情報の真偽を確認するためにやってきたプレイヤーが情報が本当だったことを書き込むとそれが瞬く間に広がって現在の状況が生まれたらしい。
(掲示板、侮りがたし……)
俺はそう思いながら人だかりに目を向けるとそのまま黙ってその場を後にした。
こんな状況で俺が出品主だと知られれば鉄の剣の二の舞になるのは目に見えているからだ。
幸い俺が出品主だとは気付かれなかったが、これからどう出品すればいいのかという新たな問題が出てきてしまったな。
そう思い悩んでいたところメニュー画面に新たに追加されている項目を発見する。
それはフリーマーケットの管理画面らしくどうやら直接フリーマーケット場に行かなくてもどこでも出品できるようになっているようだ。
そこから確認したところ、もうすでに完売していて「売り上げを受け取りますか?」という確認のウインドウが現れた。
出品してまだ1日経過していないのにもかかわらず全て売れたというのか?
とりあえずおにぎり200個とステーキ100枚分の売り上げである45000ウェンを受け取る。
期せずして思い掛けない臨時収入に喜びながらもこの先待っているであろう苦難にため息を吐く俺であった。
※今回の活動によるステータスの変化
【プレイヤー名】ジューゴ・フォレスト
【取得職業】
【剣士レベル9】 パラメーター上昇率 体力+65、力+39、物理防御+35、俊敏性+21、命中+19
【鍛冶職人レベル24】 パラメーター上昇率 体力+151、魔力+45、力+88、命中+24、賢さ+24、精神力+61、運+6
【料理人レベル11】 パラメーター上昇率 体力+66、魔力+42、力+25、命中+21、精神力+19
【各パラメーター】
HP (体力) 322 → 370
MP (魔力) 141 → 157
STR (力) 137 → 162(+25)
VIT (物理防御) 47(+21)
AGI (俊敏性) 30(+9)
DEX (命中) 67 → 72(+9)
INT (賢さ) 29 → 34
MND (精神力) 70 → 90
LUK (運) 25 → 26
スキル:時間短縮、鍛冶の心得、十文字斬り
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