第8話
「だから、二人分払うと言っておるだろう!」
「アンタもしつこいね、そりゃ店の決まりでできねぇって言ってるだろ!」
宿に入ってすぐに聞こえてきたのは二人が言い争っている姿だった。
一人は大柄の男で受付カウンターの内側にいることからこの宿の受付をしているのだろう。
だが、とてもじゃないがただの受付にしては逞しいその身体つきは受付というよりも用心棒と言われた方がしっくりくる風体だった。
一方で客側の人物は有体に言えば【イケメン】ですね。
女性ならばその甘いマスクに顔を朱に染めることは想像に難くない整った顔立ちにすらっとした体型を持ったまさにどこぞの国の王子様を彷彿とさせる。
短めの薄い青色の髪に紅赤色の瞳という俺が最初に出会ったどこぞの女と全くの正反対の髪と瞳の色だったが品性は明らかに彼の方が百倍いいだろう。
そんな美女と野獣ならぬイケメンとデカ男というそんな対極な二人が言い争っている所に俺は運悪く足を踏み入れてしまったようだ。
慌てて踵を返し宿を後にしようとしたが、最早それは時すでに遅しなわけで――。
「そこの君、なぜ出ていこうとするのだね? 宿を探しているのだろう?」
「ええ、まぁ」
外套の裾部分を掴まれ、退路を断たれてしまった。
はぁー、またこのパターンですか? どうして俺はこういう面倒事に巻き込まれやすい体質なんだ?
神様という存在がもしこの世にいるのなら、せめて仮想現実では平穏無事に過ごさせてくださいよ。
という悪態を付いたところで状況は好転しないため大人しく宿の受付にまで歩いて行く。
どういう状況なのか確認してところ、どうやら現在この宿で空いているのは二人部屋の一室しかなくいため二人分の料金でこのイケメンさんが泊まろうとしたが、デカ男さん曰く「店の規則でそりゃできねえ」という返事が返ってきたため、泊めろ泊めないという押し問答となっていたところに俺が運悪く来てしまった問う事らしい。
「さあ、これで二人だ。これで泊めてくれるな?」
「まあアンタら二人で泊まるならこっちとしては構わねえが……」
デカ男の方も客が二人になったことで反論できなくなったのか、語気が弱くなっていく。
ってか勝手に話進めてるけど、俺は一緒に泊まるとは一言も言ってないのだが、そのことを分かっているのだろうかこの二人は。
「ということで、君もそれで構わないよね?」
「え、あ、ああ……」
まあこっちとしても宿を探していたので一緒に泊まるというのは吝かではない。
これが女性という事であれば多少は問題があったが、幸い相手は男性なので――。
「私の名前はカエデだ。まあ一緒に泊まるのだ、一応名乗っておく」
「え? ちょっちょっと、ちょっと待ってくれ!」
「ん? どうした?」
「カエデ、さんはその、女の人ですか?」
「そうだが、何か問題でもあるのか?」
いやいやいやいやいや、こんなイケメンが女とかどこのギャルゲーだ。
確かによくよく見れば長いまつ毛に艶のある髪、そして女性独特の丸みを帯びた身体つきと本当に目を凝らしてみると女性らしい部分はなくはないが、それでも言われるまでは気付かないだろう。
「マジで女なのか?」
「だからそう言っている、なんなら付いてないから見せようか?」
「いやいいよ!!」
そんなものを見せられてもリアクションに困るだけだし。ってか何を口走ってるんだこの女は?
とにかく、女だとわかった以上同じ部屋に泊まることは俺の価値観からいえばアウトだ。
俺はそのことを伝えたが、断固として「私は気にしない」との一点張りで一歩も引きさがらなかったため俺の方が折れる形で一緒に泊まることにした。
まあ万が一にもそんなことが起きる可能性はないということで俺としても納得したが、泊まる部屋に入った後に俺に声を掛けてきたカエデさんが頬を染めながら「私を女扱いしてくれて、その、嬉しかったぞ」と言われたのだがその仕草を不覚にも可愛いと思ってしまい、邪気を打ち払うのに苦労した。
やっぱ見た目は男っぽくても、女の子は女の子なんだなとしみじみ思いました、はい……。
閑話休題、そんなこんなで何とか宿に泊まることに成功したのだが、ここからはゲームのシステムに関するお話をいくつかしよう。
宿屋では泊まると必ず朝に起きるようになっているのと時間経過の体感が数秒間しかないため、感覚的に寝た気がしない。
あとは仮にモンスターなどの攻撃により死んでしまった場合の復活場所つまりリスポーン地点となる。
このリスポーンで注意しなければならないのは、洞窟などの往復が困難な場所に行ったときに泊まった宿が遠くにあった場合その状態で死んでしまった時に悲しい結末を迎えてしまう事だろう。
まるで某有名大作RPGのホニャララクエストのセーブデータが消えた時のような悲壮感に襲われることになる。
自分が今まで手塩にかけて育ててきたキャラクターが突如として消失してしまう経験は筆舌に尽くしがたいものがある。
あの特徴的な効果音と共に「おきのどくですがセーブデータが壊れているため……」というメッセージに何度絶望したことだろう。
あの悲劇を再び繰り返してはならないのだ――そう、ならないのだ。
話が逸れてしまったので、元に戻すが、宿屋についてもう一つ説明しておくことがある。
それはログアウトだ。知っての通りこのFAOの世界は現実世界をリアルに再現した仮想現実だ。
あくまでもここはゲームの世界であり、人の手によって創造された仮初の世界であるからしていつかは現実の世界に戻らねばならない、その方法がログアウトだ。
ちなみにログアウトした場合は再ログインしてきた時間によって朝昼晩と起きる時間が違ってくる。
そこはオンラインゲームのあるあるではないのかな?
そして現在俺の視界は暗転しているが、まるで一昔前のTVゲームのような選択肢が俺の目の前に出ている。
“このままログアウトしますか?”
【はい】 / 【いいえ】
こういうところはゲームなんだなと感心を覚えるが、ふむどうしたものか。
俺がこのFAOを始めて大体二時間が経過している。 その間にあった出来事と言えば胸のデカい女と二十分以上鬼ごっこさせられた挙句、あのナビゲーターの不手際でしなくていい出費をさせられた。
あとはそうだな、街の外を見物して、訓練場で訓練して、冒険者ギルドでギルド登録をしたあと今いる宿屋でようやく腰を下ろしたという感じだろうか。我ながらハードスケジュールだなこりゃ、ははは。
どこがまったりのほほんプレイなんだかと自分自身にツッコミを入れたくなるが、これは半分事故みたいなものだと思って次からはこんなことにならないはずだという腹積もりでいようじゃないか、と誰にともなく独りごちる。
またしても脱線しかけていることに気付いた俺はとりあえず一旦ログアウトをしてみようと結論付けた。
長期間のゲームプレイはあまり体にいい物ではないし、こういうのって説明書とかに一時間に一回、十五分程度の小休止を入れてくださいとか決まって記載されているし、なによりも今後この仮想現実とリアルの現実世界を行き来することになるだろうからその感覚にも慣れておきたい。
今後の活動にも関係してくることだからそういうことは早めに確認しておくべきだ。
俺はそう考え選択されるのを待っている選択肢の【はい】を選んでログアウトした。
とりあえず元の世界に戻ったら自分の体調の確認からだなこりゃ。
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