第17話 姉が悪徳商法の勧誘にやって来る

休日。

鈴(りん)は隣町のデパートに来ていた。

デパートと言っても、休日ですら人が集まらない、閉店寸前の寂れた建物だ。


その4階には100台を超えるカプセルトイマシンが並んでいる。

鈴の目的は、新作の猫さんカプセルトイだ。

無理のない範囲で費やして、念願のうさ耳猫さんを手に入れるのが鈴の目的だ。

果たして本当に可愛いのかは不明だ。

ちなみに姉の涼(りょう)が大金を握らせようとしてきたが、鈴は断れる子だった。


結果、1回目にくま耳猫さん、そして2回目にうさ耳猫さんをあっさりとゲットした。

おまけの3回目ではレアのリス耳猫さんが出て、鈴は大満足。

「~♪」

今は窓際のカフェスペースで3匹を並べてニコニコしている。


そんな彼女に、魔の手が忍び寄る…


「あなた、今幸せ?」

「え?」

鈴の背後で中年女性が話しかける。

そして流れるように鈴の隣に座ってきた。

「ごめんなさい私ったら、急に話しかけられても困るわよねぇ~」

「いえ、困りませんけど…」

「で、あなた今幸せ?」

女性は同じ質問をしてくる。

「えっと…どちら様でしょ―――」

「今幸せ?」

この質問に答えなければ先に進めない、ゲームの強制イベントのような状況に、鈴は巻き込まれてしまった。

「はい、とっても幸せです!」

そして正直に答えた。

「あら、どうして?」

「このうさ耳猫さんたちをゲットできたから!」

「…それ可愛いの?」

女性はいきなり声・表情ともに素に戻った。

しかし、すぐに営業モードに切り替える。

「あなたまだ若いようだから、これから辛いこと苦しいことたくさんあると思うの。そんなあなたに、このブレスレットを紹介したいの」

「?」

女性は高級ブランドバッグから、紫色の石が数珠つなぎになった"いかにも"なブレスレットを取り出した。

「この魔石には邪気を吸収する力が込められているの。これを身に着けているだけであらゆる不幸から逃れることができるわ。この魔石の原産地はフィンランドで、あの美しいオーロラやダイヤモンドダストはこの石こr…この魔石のおかげと言われていてうんたらかんたら」

女性は懸命にブレスレットの特徴を紹介する。

「普段は手首に着けて、学校で付けちゃいけないってなったらカバンに着けて。毎日、永遠に使えるのに、お値段たったの30万円!でも今回は特別に28万かんたらうんたら」

ブレスレットは窓から差す太陽の光によってキラキラと輝いて見える。

「あなたお若いしかわいらしいから、この紫色はまだ早いかもって思うかしら?そんなことない!私がこれまで騙s…お話してきた人でこのブレスレットが合わなかったことなんてないものそんなこんな」

しかし、鈴は手に入れた猫さんに夢中だ!!!!!!!


「どう?あなたの人生に必要でしょ?」

「はい、猫さんは正義です!」

「?」

ブレスレットの紹介をして返ってくるリアクションではない、女性はそう思った。

「そろそろ帰ろうかな」

「ちょ、ちょっと待って!」

鈴が席を立とうとすると、女性に手をつかまれた。

「今月のノルマはとっくに達成してるけど…せっかく見つけたカモよ。何としても買ってもらうわ!」

失言が多かった女性はついに隠すことなく本音を吐き出した。

鈴をつかむ手に力が入る。

「い、痛い…!」

鈴は、本当はそこまで痛くないが痛がった。


そう、痛がったのだ。


「ふんっ。こんなデパートの端っこ、客も警備員も来ないよ!

しかも不幸なことにここは4階…通行人に見つけてもらうことも叶わない!

ま、このブレスレットがあれば避けられた不幸だったかもね!」

さりげなくセールストークを入れてきながら契約書を取り出す。

「さあ!ここにサインし…ん?曇って来たね…」

急にカフェスペースが暗くなったので、2人は窓を見る。

すると、窓の清掃員が高所作業を行っていた。


グイッ


「「?!」」

その清掃員が当然のように窓を開けて侵入してきた。

なぜならば…

「いもうとぉおおぉおおぉおおおおお!!!!!!!」

清掃員の正体が涼だからだ!

窓のカギは事態を予測してあらかじめ開けておいたらしい。

「おねえちゃん!」

「な、なによあなたぁ?!」

「それはこっちのセリフだ!」

涼は契約書をビリビリに破って腰の清掃ポーチにしまった。

「こんなチープなガラクタを鈴に売りつけようとして、一方自分は高級ブランド身に着けまくって!」

「ぐっ…」

「鈴は900円でこんなに幸せになれるっていうのに!」

猫ちゃんのカプセルトイは1回300円だ!

「相手が悪かったなマダム。さあ、鈴の手をつかんだ慰謝料を置いて帰ってもらおう」

今度はこっちが詐欺を仕掛けて、鈴の手を消毒する。

「おねえちゃん」

「ん?どうしたの?鈴」

4階だけに、涼はキーを4つ上げて鈴に話しかける。

「見て見て、うさ耳猫さん!」

「よかったね、欲しかった猫さんだね!

…それ可愛いの?」

「もう帰ろうかなって」

目当てのものを手に入れた鈴は、まるで何もなかったかのように帰宅を申し出た。

「それもそうだね。帰ろっか」

「うん!」

普通にエレベーターに乗って帰っていった2人に取り残された女性は、本当に相手が悪かったのだろう。

「…ブレスレットつけよ」

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