ベーカリーすみだがわのケーキ五種は、午前中に配達される。

倉沢トモエ

第1話 なんだかよくわからないけど、あれこれ起る日って、たまにある。

「サハラくん、配達、夜までやることもあるみたいだよ」


 午前中、モーニングの客が落ち着いたあたりに、サハラさんがいつものように、ベーカリーすみだがわのケーキ五種(いちごショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、アップルパイ、季節のフルーツタルト今日は甘夏)を届けて帰って行ったところで店長が言った。


「サハラさんて、すみだがわさんのお店の人でしたよね。デリバリーの仕事にも登録しているのかな」


 私はミートソースの仕上げを確認して、冷蔵庫に仕込んたミニサラダの数を確認する。ランチには十分。


「俺もそう思ってたんだけど、すみだがわの店員じゃないらしいんだよな」

「あんまり愛想ないから、本職がケーキ作りだからだと思ってた」

「ははは。いい奴だけど、愛想はないな。

 ていうか、斎藤ちゃん、サハラくんのこと、愛想ない、って思ってるの?」

「……得意じゃないんだろうなあ、くらいの範囲で愛想いい方じゃないなあ、と」


 この間から店長は、サハラくんには彼女がいないらしいぞ、などとそわそわしているのだけれど、私は巻き込まれなくてもいいです。


「まあ、それはさておき、かといって、最近よく聞く、デリバリーの会社に登録している訳でもなく、個人で配達を請け負ってるらしいんだ。何でも屋の延長みたいな」

「そういう仕事の仕方もあるんですねえ」

「斎藤ちゃんもだけど、若い連中は大変だな。就職して安心、て世の中じゃあなくなってから、次々働き方を考えださないとやっていけないんだもんなあ。


 うちの娘なんかそうだったじゃない。インテリアの専門学校を出たけれど契約社員の扱いでしか就職できなくて、結局いい仕事は回ってこない上に長くも勤められなくて、やりたい放題できたのは、結局うちの店だけだったじゃないの」


 ここは商店街のすみっこにある喫茶店、ビー玉。一昨年に台風の被害をこうむるまでは昭和からの雰囲気がそのまま続いていたんだけれど、店長のお嬢さんが店舗改装で張り切って、今は何となくの北欧風。グレーが基調の店内に、緑や赤や黄色の調度品が並ぶ。


 そのお嬢さんも先日結婚して町を離れてしまい、店長夫婦と私で毎日を回している。木曜定休。


「でも、一度でも思い切りできてよかったじゃないですか。おしゃれになっちゃったけど、昔と変わらず居心地いいって評判もいいし。お父さんのお店の心はわかってるっていうか」

「いやいやいや」


 店長はきれいに禿げた頭を撫でて、


「あ、おかえり」

「ただいま」


 奥さんがコーヒーの配達から帰って来た。


「斎藤ちゃん。お花もらって来ちゃった」


 ピンクのガーベラが三本。


「かわいい」


 窓辺とレジ脇に飾るよう、奥さん支度を始めた。

 こうして特に事件もなく、一日は終わると思っていたの。


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