悪魔
@uron_chia
第1話 放課後
教室には彼女がいた。
その凛とした佇まいからは彼女がいかに両親に恵まれて育ったかがわかる。赤焼けに染まりつつある窓際で、おそらくもう5分もすれば夜になる。日が落ちるのを待っているかのようだった。遠くの方で、子供が騒いでいる。彼女は動かない。ロング・ヘアーの先の方がほのかに揺れている。
こちらには気づいていないようだった。僕は毎日放課後はこの時間に解放される。
解放されるというのは須藤達からだ。須藤は授業が終わると僕と佐々木君を体育館裏のちょっとしたベンチのある場所に呼びつけ、僕らを戦わせた。須藤達はその勝敗で賭けていた。普段は僕たちのさりげない小遣いを、ときどきは僕たちに拷問する権利を。拷問の詳細については省く。
佐々木君は同級生で、僕と同じくらい、いや僕以上に地味だった。縮れ毛がにふけのついた、体の細い男だ。僕たちは決して仲間意識を持っていなかった。むしろ、僕は彼を須藤君より憎んでいる。彼はいつも卑怯な手を使う。勝つために手段を選ばないその姿勢には辟易する。今日だって耳を噛みつかれた。母親に説明するのが大変だ。帰りにヘッドホンを買おう。
僕は教室に財布以外の荷物を取りに来ただけだし、彼女のことは何も知らないから音を立てずに教室を出た。
しかし僕はすぐには帰らなかった。
隣のクラスに入って、何をするでもなく待った。彼女の後をつけることにした。なぜならば、今晩は彼女でオナニーする予定だからだ。美人でおとなしそうだから、ちょうどいい。それに品があるような女だ。僕の想像の中で僕は須藤だ。それから彼女が僕だ。彼女は夢中になって僕のペニスをしゃぶる。それが仕事だからだ。一方の僕は片手間にケータイをいじっている。他の女に連絡なんてするんだ。
豊かな想像にはリアリティを。僕はすっかり暗くなった教室の中で、彼女について知っていることを並べ立てた。
佐藤ひかり。北上中学校3年2組。真っすぐに伸びた綺麗な黒髪。身長は僕と同じくらいか。ミステリアスな雰囲気はすこし近寄りがたくもある。かといって一匹狼というわけでもなく、休み時間にはたびたび、近くの女子と談笑していた。彼女は笑っていたが、つまらなそうな顔だった。
教室で物音がした。しばらくして佐藤さんはでていった。
近くの公園に来た。この辺りでは一番広い公園で、小さいころはよくここで遊んだものだ。赤さびの見える象の滑り台。彼女は少し入ったところのベンチに腰かけた。僕は公園の外から彼女の後姿を見つめている。
彼女はただ座って、虚空を見つめていた。さっきといい、何をしているんだろうか。
20分程経ったか。彼女は脇に置いていたスクールバッグから、携帯電話を取り出した。電話し始めた。くそ。ここからじゃ聴き取れない。僕は躍起になっていた。あたりも暗かったから、勇敢にも歩み寄ろうとした。
「なにやってんだ、お前」
突如後ろから声がした。振り向くと須藤だった。須藤は例のごとく、僕の顔を殴りつけた。これが彼らの挨拶だった。僕も例のごとくうずくまると、今度は蹴り上げられた。僕はこの一連の流れをもう200回は経験している。だからやろうと思えば避けることができる。防御することができる。だけどそれは須藤をより怒らせるに他ならなかった。僕は甘んじて蹴ってもらっていた。
佐藤さんは声に反応して一瞬こちらに振り向いたが、電話に夢中だろう、バッグをもって立ち去って行った。僕は顔を見られないよう下を向いていた。
それから僕は須藤達の遊びに付き合った。とにかく僕に水を飲ませる遊びや、陰毛をライターであぶられる遊びだ。今日は2回目ということもあって昆虫食もあった。これが一番つらい。口の中で蟲がうごめく感触と、噛み潰してにじみ出る酸味が、いつまでも慣れない。
一通り遊んで、僕の背中にタバコで絵を描いていたときだった。
「ここで何してるの?」
佐藤さんだった。怒りを含んだその物言いに須藤は脊髄反射的に答えた。
「何をって、みりゃあわかるだろ。こいつで遊んでんだよ。あ? なに。佐藤サンもお絵かきしたいって?」
「今すぐ消えて。警察呼ぶから」
須藤達はわざとらしく舌打ちして佐藤さんを睨むと、「行こうぜ」と仲間に言って去っていった。僕には、どうして須藤が佐藤さんに従うのか全く理解できなかった。須藤の性格からして、必ず反発するはずなのに。
「大丈夫? ……大丈夫じゃないよね」
佐藤さんは僕の目を真っすぐ見つめた。僕は視線を逸らした。背中の熱が冷めてきて、風が冷たくなった。二人でベンチに座った。佐藤さんはハンカチを濡らして、背中を拭いてくれた。その間僕は黙っていた。
「いつもこんなことされてるの? ……何君だっけ。あれ。同じクラス、だよね?」
感動した。名前こそは覚えていないが、存在を認識してもらっていた。僕は驚きつつ彼女に名乗った。
「相田くん。何かあったら、わたしを呼んで。いつでも助けになるから」
「どうして……助けてくれるんだ」
「それは……なんでだろう。わからない。でも助けるから。」
彼女は親身になって僕の話を聞いてくれた。どこか不思議な人だと思っていた。
それは今も変わらない。彼女は掴めない。でも今は、味方してくれている。
家に帰ってから二回オナニーした。もちろん彼女でだ。ペットボトルに溜まった数か月分の精子の海を眺めながら、僕は恍惚とした表情だった。
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