まぶしく輝く光の海へ

筑紫榛名@12/1文学フリマ東京え-36

(一)

 僕はまた、ここに座っている。ピアノの前だ。舞台を照らすライトが暑い。ステージの向こうには暗くなった観客席がある。大勢の観客がいて、空席はほとんどない。舞台の上にはピアノと、そして僕だけだ。

 そう、ここはコンクールの会場だ。ピアノのコンクールで僕は弾いている。曲目は、ベートーヴェンのピアノソナタ第二三番。

 この曲は『熱情』と呼ばれる。僕の前に演奏していた参加者たちは、体を揺り動かすなどして演奏を情熱的に弾いていた。

 それに対して僕はそういうことはしない。早く終わって欲しい一心だった。

 僕はこんなこと、したいとは思っていなかった。ピアノを弾きたいとは思っていなかった。今こうして指を動かして白と黒の鍵盤を叩いているこの瞬間も、弾きたいとは思っていない。


(続く)

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