第12話 ピクニック

「ねえ、外で遊んじゃダメ?」


 ユアンがそう口にしたのは、三人で朝食をとっている最中の事だった。

「……外に?」

「うん……だってもうお家の中、飽きちゃった」

 この家に来てからというもの、ユアンはずっと家の中で過ごしている。

 ゲオルクが少しながらおもちゃや本を与えたものの、それだけでは満足できなくなったらしい。

 ユアンの気持ちを考えれば、外に出たがるのもわかる。

 リザの本音としては、外で遊ばせたかった。

 だが、騎士たちに見つかる可能性を考えると、そう簡単に首を縦に振れない。

「やっぱり……だめ?」

 くまのぬいぐるみを抱えながら、不安げの表情でユアンは問いかける。

 どうしようかと悩んでいると、共にいたゲオルクがリザより先に口を開いた。

「なら、行くか?」

「え? いいの?」

「ああ、ちょうど今日は仕事を休もうと思っていたんだ。三人で一緒に行こう」

「うん! やったあ」

 外に出られることが嬉しいのか、ユアンは満面の笑み浮かべる。

「……大丈夫なんですか?」

 リザが声を潜めて問いかけると、ゲオルクも声を小さくして答える。

「ああ。ここらへんはあまり人が来ないし、人が来ない穴場も知っている。そこならユアンも気兼ねなく遊べるだろう」

「そうですか。ありがとうございます」

「それに、あんたもいい気晴らしになるんじゃないか?」

「私?」

 どうしてそこで自分の話になるのかわからず、リザは首をかしげた。

「気づいてないのか? あんたも最近ため息が増えているぞ。あんただって外に出られずストレスを抱えてたんだろう」

「え?」

 そう言われて、リザはここ最近の自分の体調を思い返す。

 確かに彼が言うように、あまり調子が良くなかったように思える。

 とはいえ、発熱があるとか気持ちが悪いとかそういうことはなかったので、ただの気のせいだと思って放置していたのだが、それをゲオルクは見抜いていたらしい。

 恐らく、彼女もまたユアンと同様に、ずっと家に閉じこもりきりで気が滅入っていたのだろう。

「じゃあ早速、準備でもするか。リザさん、悪いが軽食作りを頼めるかな?」

「……ええ、任せてください。腕によりをかけますよ」

 そういうことで、今日は三人でピクニックに行くことになった。


 空には青い空が広がり、僅かな白い雲がそこに浮かんでいる。

 日差しはそれほど強くなく、心地の良い暖かさであった。

 まさに、絶好のピクニック日和である。

 リザたち三人は森を進んでいく。

 ゲオルクが敷物や遊び道具、リザが昼食が入ったバスケットを持ち、ユアンはぬいぐるみを紐でおんぶするようにくくりつけていた。

 以前、森を歩いていた時はとても楽しめる余裕なんてなかったが、今は新緑の香りや日差しの暖かさを堪能できる。

「あ、どんぐり!」

 ユアンは木の根元でしゃがみ込むと、落ちていたどんぐりを拾う。

「見て見て、大きいどんぐり」

「あら、本当ね。そんなに大きいのは珍しいわ」

「へえ、立派だなあ」

 見せびらかされたどんぐりにゲオルクとリザが感想を言うと、ユアンは満足そうにそれをポケットに入れる。

 そのポケットの中は、ここまで来るのに拾ってきたどんぐりでいっぱいだ。

「えへへ」

 それがなんだかとても嬉しくて、ユアンはこのどんぐりを宝物にしようと決めた。

「さあ、行きましょう」

「あともう少しだからな」

 リザとゲオルクに促されて、ユアンは「うん」と答えて二人についていく。

 しばらく歩いていくと、森が開けて草原が現れた。

 ゲオルクが持ってきたシートを引き、リザとゲオルクは腰を下ろして一息つく。

 けれど遊びたくてたまらないユアンは、ぬいぐるみを降ろすとすぐに駆け出してしまう。

「ユアン君、待って! お水飲もう!」

「大丈夫!」

「大丈夫じゃなくて、もうっ」

 リザが慌てて追いかけて、ユアンを捕まえる。

「ちゃんと水分とらなきゃ、倒れちゃうかもしれないでしょう」

「えー、でも」

「時間はたくさんあるから、焦らなくて大丈夫だぞ」

 戻ってきたユアンに、ゲオルクが水筒から注いたお茶を渡す。

 ユアンは受け取ったそれをゴクゴクと飲み込んでいく。

「ぷはっ」

 そんなつもりはなかったのに、一気に飲み干してしまった。

 自覚していなかっただけで、体は水分を欲していたのだろう。

「ユアン、ボールがあるぞ。これで遊ぼう」

「うん!」

 ゲオルクが荷物の中から取り出したボールを、ユアンは破顔して受け取り草原に駆け出す。

 ゲオルクもそれを追いかけて、二人で遊び始めた。

 ユアンが蹴ったボールをゲオルクが蹴り返し、そのボールをユアンが追いかけてまた蹴り返す。

 楽しげな二人の様子を、リザは微笑みながら見守る。

「リザお姉ちゃんも遊ぼう!」

 それに気づいたユアンが、手を振って彼女を呼んだ。ゲオルクに目を向ければ、彼もリザを待つように笑いかける。

「ふふ、二人みたいにうまくできるかしら」

 彼らに誘われるがまま、リザもボール遊びに混ざることにした。




 そうしてたくさん遊んだ三人だが、体を動かせばそれだけお腹が減る。

 ユアンも疲れが見えてきたので、休憩がてら食事を摂ることになった。

「さあ、召し上がれ」

 リザがバスケットから出したのは、いろんな具材が挟まったサンドイッチだ。

「へえ、どれも美味しそうだな」

「僕、ハムのやつ食べたい」

「全員分あるから慌てないで」

 お腹が減ってたまらなかったのだろう、サンドイッチを手渡すと、ユアンはそれにかぶりついた。

「ユアン、喉に詰まらせないようにな」

「うん」

 見かねたゲオルクが注意し、それを受けたユアンは口をモゴモゴと動かしてよく噛む。

「ゲオルクさんも、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 リザとゲオルクもサンドイッチに手を付ける。

 青空の下、そよ風に当たりながらの食事は格別で、サンドイッチはあっという間になくなってしまう。

(作った時は多すぎて食べきれないかもって思ったけど、これならもっと用意してもよかったわね)

 空っぽになったバスケットを覗きながら、リザは苦笑を浮かべた。

「ねえ、早く遊ぼう」

「ああ、そうだな。リザさんはどうする?」

「少し疲れたから休みます。二人で楽しんできてください」

「そうか。それじゃあ、ここを頼むよ」

「ゲオルクさん、早く!」

 立ち上がったゲオルクの手をユアンが掴み、急かすように引っ張る。

 その懸命な様子に、ゲオルクは口元が緩むのを止められない。

「わかったわかった。そんなに慌てなくても俺は逃げないぞ」

 草原を駆ける二人を眺めながら、リザは小さくあくびをした。

 心地いい気温、程よい疲労、満たされたお腹。

 それら全てが彼女を眠気に誘うのだ。

 とはいえ、ここで昼寝をするのは不用心である。

 眠気覚ましに何かないかと周りを見渡せば、花が目につく。

(そうだ、久しぶりに花かんむりでも作ってみようかしら)

 出来上がる頃には二人も帰ってくるだろう。

 リザは手を伸ばし、花を摘み取った。


 彼女の思惑通り、ユアンとゲオルクが戻ってきたのはちょうど花かんむりが完成する直前。

 日が傾いて、空が茜色に染まり始めた頃だった。

「リザお姉ちゃん、ただいま!」

「おかえり、ユアン君」

「荷物番ありがとうな。それ、花かんむりかい?」

「ええ、もうすぐ……でき、た!」

 最後の仕上げを行い、出来上がったのは草原に咲く小さな花々で編み上げた可愛らしい花かんむり。

 それをリザはポンッとユアンの頭に乗せた。

「ふふ、似合ってるわよ。とっても可愛い」

「……僕、可愛くない」

 可愛いと言われたことが不服だったのか、ユアンは不満げだ。

 幼くとも男の子。可愛いよりも格好いいと言われたいのだろう。

 お返しとばかりに、ユアンは花かんむりを自分の頭からリザの頭に乗せ換えた。

「リザお姉ちゃんの方が可愛い」

「あら、ありがとうね」

 リザがクスクスと笑うと、ゲオルクが「そうだな」と同意の声を上げる。

「本当によく似合っているな。綺麗だ」

「え……」

 その言葉に、リザは咄嗟に反応できなかった。

「あ、ありがとう、ございます」

 なんとかそれだけ言うことができたが、少しばかり気まずくてゲオルクの顔を見ることができずに顔を背けてしまう。

(やだ、私ったら何変な反応をしてるのよ……ゲオルクさんが綺麗だって言ったのは花かんむりのことなのに)

 様子が変わったリザにユアンは不思議そうな顔をして、ゲオルクはなんとも言えない空気をごまかすように髪をかきあげた。

「……そろそろ、帰るか」

「そうね」

 互いに何かを見て見ぬ振りをして、帰り支度に入る。

「もう帰っちゃうの?」

 明らかに残念そうなユアンの頭を、ゲオルクがくしゃりと撫でた。

「暗くなってきたからな。また今度来ような」

「……はぁい」

「次来る時は、もっとたくさんの食べ物を用意して来ましょう」

「うん……」

 ユアンはリザの言葉に頷くと、帰るための準備を始める。

 とは言っても、置いていたぬいぐるみをまた背負うだけなのだが、その姿がまた可愛らしい。

 しかし、ここでまたそんな事を言ってしまえば、しょげた顔が拗ねた顔に変わってしまうだろう。

 必死に笑いをこらえるリザだが、ゲオルクに目を向ければ彼も同じような顔をしている。

 お互いに目配せをして、素知らぬ顔で荷物をまとめていく。


 片付けがあらかた終わった頃、ゲオルクはランタンを取り出した。

「もうすぐ暗くなるし、今のうちに灯りをつけておこう」

 そう告げる彼の手にはマッチがある。

 それで火をつけるのだろう。

「……ん? あれ?」

 しかし、マッチの先端を何度こすりつけても、一向に火がつかない。

 仕方なく他のマッチで試してみるも結果は同じである。

「どうしたんですか?」

「いや、どうやら湿気っていたらしくて、つかないんだ……まいったな」

 どうしたものかと悩むゲオルクにリザが声をかけた。

「なら、私がつけましょうか?」

「え?」

「簡単な火の魔法なら、なんとか使えるんです」

 そう言うと、リザは人差し指を立てる。

 小さな声で呪文を唱えると、その指先に小さな火が灯った。

「さあ、これでつきましたよ」

 僅かな火だが、それで十分。

 明るくなったランタンを見て、ゲオルクとユアンは関心したように声を上げる。

「すごい! リザお姉ちゃんは魔法使いなんだ!」

「ああ、本当にすごいな」

「とても簡単な魔法だけですよ。その火だって、私が込めた魔力が尽きれば消えてしまうので家まで保ちません。途中でもう一度、火を付ける必要があります」

 リザはそう謙遜するが、それでも二人の気持ちは変わらない。

「いや、それでも大したもんだ。これは属性魔法だろう? 強化魔法よりも習得するのが難しいというじゃないか」

「ねえねえ、他にはどんなのが使えるの? 見せて」

 服を引っ張って強請るユアンにリザは困ったような顔を向ける。

「そんな……本当に大したものじゃないから」

 リザ本人からすれば、自分の魔法など人に見せるほどのものではないのだ。

 日常生活のちょっとした役に立つ程度。

 今のようにマッチ程度の小さな火しか灯せない火魔法。コップ一杯分の水しか生み出せない水魔法。そよ風程度しか吹かない風魔法。

 どれもこれも、魔法使いと言うには烏滸がましい。

 魔法学校に通う学生だってもっとマシな魔法を使う。

「見せてくれないの?」

 けれどユアンにはそんなリザの考えなどわかるはずもなく、魔法を見せてもらえないということで落ち込んだ様子を見せる。

 そんな姿を見せられれば、リザの気持ちも動いてしまった。

「……じゃあ、家に帰ってからね?」

 結局、折れてそう言えばユアンは破顔する。

「本当? じゃあ、早く帰ろう!」

 さっきまで帰りたくないと言っていたのに、あっさりと反対のことを言う。

「ふふ、そうね。それじゃあ、行きましょうかゲオルクさん」

「ああ、そうだな」

 こうして三人は並んで家路についた。




「二人共、おやすみなさぁい」

「おやすみさない、ユアン君」

「おやすみ、ユアン」

 夜。

 リザとゲオルクに寝る挨拶をして、ユアンは自室に戻った。

 あくびをしながらベッドに潜ろうとするユアンだが、その前にベッドサイドに置いた瓶を手に取る。

 その中には、今日拾った沢山のどんぐりが入っていた。

「えへへ」

 それらは本当にただのどんぐりだが、今はユアンの宝物。

 まだ若干の余裕があるので、そのうちまた拾ってきて中に詰めようと心に決めていた。

 今度こそベッドに入り、ユアンは今日の出来事を思い返す。

 ここに来てからずっと家の中でしか遊べなくて、だんだんつまらなくなってきて、怒られたらどうしようと思いながらも、外に出たいとお願いしてみた。

 そうしたら、ゲオルクがピクニックに連れて行ってくれたのだ。

 リザはおいしいごはんを用意してくれたし、三人でボールで遊んだりもした。

 その後はまたゲオルクと帰るまで遊んで、家に帰ったらリザが魔法を見せてくれた。

(今日はとっても楽しい一日だったなあ……)

 ここに来る前からは想像も出来なかった楽しい毎日。

(あの小屋にいた頃は、毎日が怖くて不安だった……)

 自分がどうなるのかわからなくて、周りの大人はなんだか怖くて。

 それでも、『その前』よりかはマシだったから我慢できた。

 もしかしたら、自分はずっとここから出られないかも知れない。

 そんなことを思っている時に、リザが現れたのだ。

 他の人とは違って、リザは優しかった。

 いろいろと気にかけてくれて、毎日会いに来てくれて、何よりも泥を吐くところを見ても嫌そうな顔しない。

(……ゲオルクさんはどうかな?)

 彼は、自分が泥を吐くところを見たらどんな反応をするのだろう。

 リザのように受け入れてくれるか、それとも拒絶するか。

 どうしても気になってしまう。

 だってゲオルクは、リザの次に優しくしてくれた人なのだ。

 初めて会った時、リザが眠ったまま起きなくて、もしかしたら死んでしまうんじゃないかと不安だった。

 そんな時、ゲオルクが元気づけてくれた。

『大丈夫だ。眠っているだけだから、もう少ししたらきっと目を覚ます』

 そう言って、少しでもユアンが安心できるように、気が紛れるようにいろいろと話を聞かせてくれたのだ。

 そしてその優しさはここに来てからも変わらない。

 だからゲオルクも、リザと同じように受け入れてほしいと思う。

「ふぁ……」

 ベッドがユアンの体温で温まり、彼の意識をとろとろと溶かしていく。

 特に今日は沢山走り回ったから考え事をするのも、もう限界だ。

(あした、は……なにして、あそぼ……)

 まどろみに身を任せ、ユアンは幸せな気持ちで眠りについた。

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