第25話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(4)

「こんなのまでおるのか、この洞窟は…!」


 ▽ドラゴンが現れた!▽


 ドラゴンはこの地上において最古にして最も高等な生物である。カルベリー島からスーダ教が伝来する前はこの大陸において神に近い存在と崇められ、竜語魔法という独自の呪文まで行使する。


 しかしこの洞窟に生息するのは低級のドラゴンであり、疲れ果てた冒険者を襲う、獰猛で知性も低い魔物だ。この空間に転がる冒険者たちの無惨なしかばねが示すように、この洞窟内で最も警戒すべき魔物であろう。


「こいつはプレーンドラゴンとも言われてるやつよ!小さいけど気をつけて!閃熱のブレスを食らったらただでは済まないわ!」


 プレーンドラゴンの全身は緑色の鱗に覆われているため、グリーンドラゴンとも言われる。

 一見すると典型的な竜の姿をしているが竜種に含むかどうか賛否がある。竜語魔法は使用出来ず、本来竜に備わっている角がない代わりに鶏冠があるため、竜というより鳥類を思わせる。四足歩行し、その爪は猛禽類のようで、体長は2.5から3メートルほどだ。


「距離を取りつつ、隙を見て逃げましょう。ここを抜ければ出口はすぐよ」


「了解じゃ。アダルマ、お前はいまあいつの閃熱のブレスを喰らえば灰になる。こういう言い方をすればお前が意固地になるだろうが言葉を選ぶ余裕がない。わしが引きつけるからその間にカメリアと一緒に出口へ向かえ」


 ドラゴンは威嚇するように唸り声を上げながら獲物を狙う四足獣のようにジャックたちの元へジリジリと近づく。


「いい加減にしろ!この程度の魔物、余が射すくめれば忽ち恐怖で凍き身動きが取れなくなるはずだ」


 本来の魔王アダルマであればプレーンドラゴンのブレスなど微風に等しい。また呪文や七曜虚壊拳を使えば一撃で屠ることができたであろう。


「アダルマ、ここは退いて。あなたの屈辱は私たちでは計り知れないのでしょう。でもいま貴方に死なれる訳にはどうしてもいかないの」


「ならば今度は余が問おう。貴様らは余にその運命を賭けたのであろう?動く屍体に遭遇しては逃げ、こんな下級の竜一匹に遭遇しては逃げ…たかが呪文が使えない、耐性がない、だから何だ?余は魔王であるぞ。人間の帝国を滅ぼし、貴様らの希望である勇者を打ち破った。それが魔王たる余である。このような竜如きを退治出来ないのであれば貴様らの賭け、勝つ道理はないぞ!」


 それにはカメリアも押し黙った。するとアダルマは先程失敗した魔闘気の生成を再び試みるため全身に力を込める。


「バ、バカが!いまはくだらないプライドを発揮すな!」


「ジャックよ、貴様もそのくだらないプライドに拘泥した末にこんなところまで来てしまったのだろう」


「そ、それは…」


「駄竜よ!この魔王自らその身体を引き裂いてやろう!冥土でせいぜい誇るのだな!」


 アダルマは魔闘気を右手に込めるが、まるで水を握ることが出来ないよう手のひらから闘気が溢れ、定着しない。

 しかし、それでも構わずドラゴンへ向かって突撃をする。


 ドラゴンは深呼吸するかのようにわずかに首を後方にやるとアダルマ目掛けて一気に閃熱のブレスを吹き付ける。

 アダルマはその短い足をバタバタと動かし、無様であるが間一髪のところでかわす。


「カメリア、先に行け!奴を援護する!ったく!お前が死んだらわしも死ぬんだからな!」


 ジャックは魔力を高め詠唱に入る。


「薄闇を纏う黒き球 忍び寄り敵を穿て 鋼黒弾亂ブラックシェル!!」


 黒いエネルギーの球体が出現すると3つに分散し、ドラゴンを三方より攻撃する。

 怯むドラゴンへアダルマはわずかな魔闘気を纏わせた手刀を叩き込む。


「七曜虚壊拳!断橋破砕撃だんきょうはさいげき!!」


 暗黒騎士フラメルすら恐怖した虚壊拳の手刀であったが、ドラゴンの鱗に小さな傷をつけた程度の威力しか今はない。

 ドラゴンは二足で直立するとその短い手から伸びる爪を上段から振り下ろす。


「ぐはッ!!」


 胸に食い込むドラゴンの爪。アダルマの身体から血が噴き出る。


 カメリアもアダルマを回復させるため引き返す。しかしドラゴンはもう一度大きく肺を膨らませると傷付いたアダルマに向かい閃熱のブレスを吹きつける。


「アダルマ!!」


 カメリアとジャックは同時に叫んだ。

 いまのアダルマがこの閃熱のブレスの直撃を喰らえば肉は溶け、骨が剥き出しになり、転がる冒険者と同様の無惨な屍を晒すことになるだろう。


 しかしアダルマは咄嗟に足元の捨てられていた魔法のローブを拾い上げブレスを防いだ。


「勇者が訪れた昨夜から余は多くを失った。城、肉体、魔力、容姿。だがそれでも余は覇道を歩む。勇者共が捨て置いたものをかき集めてでもこの地上を平らげる!」


 アダルマは魔法のローブに袖を通し、フードをすっぽりと被る。そうするとリリパット感がさらに強まった。


「大地よ我が命により 屹立し 宿敵の行進を阻害せよ」


 ジャックは高らかに宣言する魔王に呼応するかのように呪文を発動させる。


「これがわしの今の最強呪文じゃ!食らえ!絶嶺刀芽シャンディファング!!」


 それは地の精霊呪文の中でも高等呪文ハイマジックに位置する。

 ドラゴンの真下の地面が屹立し、白い腹部を無数の鋭利な岩によって刺し貫く。


「ギャグオオオオオッ!!」


 ドラゴンは岩が突き刺さり、身動きが取れない。


「いまだ!やれ、アダルマ!!」


「フン!余に命令するな!七曜虚壊拳!!狂騒暗禄閃きょうそうあんろくせん!!」


 身体の一部に魔闘気を集中することは困難だったため、全身に魔闘気を巡らせ、自らを弾丸と化した捨て身のアダルマはドラゴンへ突貫した。


 × × ×


 アダルマは魔闘気も使い果たしそのまま意識を失っている。


「話の途中になってたがさっきの八大地獄衆の再契約の件は一体どうするんじゃ?」


「それをやるにはいくつかの課題をクリアする必要がある。でもまずは魔王の魔力の復活でしょうね」


「そんなことできるのか?」


「私の使った石化呪文によって魔導フィラメントが機能停止しているというのならその石化状態を解呪すればいいのよ。そうすれば回復呪文の効果も発揮し、あの蛙の身体が戻るかまでは分からないけど、魔力は復活するはず」


「待て、わしは古代語魔法の知識はそれほどないが、解呪するためにはお前の使った石化の魔法を司る古代神よりも上位格の古代神か、相剋関係にある古代神の助力が必要なんじゃないのか」


「驚いた、ジャックくん、詳しいわね!古代語魔法の根源的なところをよく理解しているわ」


「ちゃ、茶化すな。それに命を触媒とする魔法を解呪する魔法をお前がもう一度使うのか?その魔法の触媒もまた命が必要なんじゃないのか」


 ジャックがわずかに動揺したように見えたがカメリアは冷静だった。


「そうね。魔術理論的にそうなるでしょう。ただ私の使った石化魔法と比肩する解呪の古代語魔法はおそらく存在しない」


「ならもう打つ手はないじゃないか」


「完全に解呪する必要はないのよ。結果として解呪に近い状態を作り出す。例えば氷に閉じ込める魔法があるとする。それを解呪する方法はその魔法そのものの解呪ではなく、通常の精霊魔術を遥かに上回る炎の古代語魔法で氷を溶かしたら結果として解呪という状態になるとは言えないかしら。謂わばこういう"適応外効果"を持つ古代語魔法の使い手を頼れば良い」


「それこそ当て所ない(あてどない)じゃろ。古代語魔法は一説によると数千とも数万ともその種類があるという。石化解呪に近い状態を作り出す古代語魔法の使い手なんて探しようがない。なんならいない可能性だってある」


「今のアダルマは全ての能力が眠ってしまっている状態と考えられないかしら。それならば力を呼び起こす古代語魔法。こういうアプローチならば可能性があるわ。そしてそういう魔法の使い手を私たちは既に知っている」


「なんじゃと?全く覚えがないぞ。お前の知り合いにも賢者はいるのか?」


 この地上にその存在が確認されている賢者はわずか数名で、ほとんどが俗世から離れた隠遁生活を送っているという。


「知り合いといえばそうね。あなたも知ってるでしょう〈開花の神殿〉を。その神官であるルクマイオ様が契約している古代神の魔法であれば解呪は出来なくてもそれに近い状態を作り出せるのかも知れない」


 開花の神殿とは冒険者が新たな自分の力に目覚めることができる場所、つまり"転職クラスチェンジ"をすることが可能な、この大陸唯一の施設である。カメリアも開花の神殿で遊び人から賢者へと転職クラスチェンジを果たした。


「幸いなことにこの洞窟を抜けた先にある旅の泉を使って転移した先は、開花の神殿があるクロークン公国のすぐそばよ」


 意識を失っているアダルマを背負い、洞窟を進むと目の前に光が見えた。


「よし、あと少しよ!もうすぐゴール!」


 カメリアは奇妙な感覚を覚える。かつて勇者パーティーで冥王討伐に駆け抜けたダンジョンを死にかけの魔王と、戦力外通告をされたかつての仲間といま共にいる。何より自分は亀の魔物になっている。とんだ運命だが歯ぎしりをしている暇はない。


 洞窟を抜けるとそこは遮蔽物のない、荒涼とした大地が広がっている。すると既に空は夕焼けに染まっていた。

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