第6話 そして伝説が終わった!(6)

 先程まで聖なる剣と悪しき剣が激しくぶつかり合う凄まじい音がこの魔王城に木霊こだましていた。

 しかしほんの数刻前、天地が裂けるような轟音が響き渡ったのを最後にその音は止んだ。


「勇者よ、見事であった」


 勇者の一刀、それだけが魔王を討つ希望であったがそれは既に絶望へと塗り替えられていた。


 勇者と魔王、それぞれ最強の一撃を放ったが勇者の破邪の剣の刀身は半分に折れ、地面に突き刺さっている。勇者は全ての感覚を失い、既に痛みすら感じなかったがその刀身に写った血塗れの自分を見て、その置かれた状況を嫌でも自覚せざるを得なかった。


「この戦いの語り部となってはやれんが、闘志、戦闘力、魔力、剣技。その全ての面において人間の可能性の極地を貴様は体現していた。褒めてつかわす」


 魔王は勝利を既に確信していた。ただ歓喜と呼ぶには程遠い静かな余韻に戸惑ってもいた。


 しかし剣は折れ、アイテムは使い切り、魔法力もあと僅かとなった勇者はそれでも戦いをやめようとはしなかった。右手は既に千切れて何処かにいってしまった。右手の行方が気にならないのはそれよりも全身から激しい出血をしているからであろうか。左足は骨が露出するほど酷い損傷している。


 身動きを取れないため地に伏せたまま呪文を放つ。


電撃八閃ライトニングレイジ!!!」


 しかし残りの魔力では中級程度のものしか使用できない。

 疲弊した魔王であってもその程度の呪文は通じない。避けることも防御することもせず、ただ無防備にその呪文を魔王は食らい続けた。


 実は今夜は魔王討伐の唯一無二の好機であった。

 魔王城を守る腹心は一体しかおらず、何より今夜という日は多くの魔族も自覚したことがない特別な夜であった。それは〈御衰日ごすいじつ〉という100年に一度訪れる凶日である。御衰日ごすいじつは全ての魔族の魔力をそれと気付かない程度であるがわずかに低下させ、その影響はわずかとはいえ実力が均衡した相手であれば命取りとなるであろう。

 この好機を突いて行われた魔王との今夜の決戦は勇者パーティーによる完全な奇襲であった。そのために多くの準備を重ね挑んだが力及ばず、計画は脆くも失敗となった。


 そのうち勇者の放つ呪文が止んだ。わずかに残っていた魔法力も使い果たしたのであろう。


 しかしそれでも勇者は傷ついた身体を奮い起こす。仲間も魔法力も失ったが勇者の最大の武器、"勇気"はまだこの胸で燃えている。


 魔王は再び語りかける。その言葉は自身でも驚くほど穏やかに発せられた。


「勇者よ、ここまで余が追い詰められたのは初めてだ。それも人間にだ。これまでどの魔界の強者もこの醜い姿を引き出すことは叶わなかった」


 それは魔王の本心からの言葉であった。尊敬の念。いや、そこまで言わずとも彼らを好ましいと思った。


 魔王だけでなく、人間を特別な存在と認識している魔族はいないだろう。動物や虫と変わらない。あくまで人間という種族が存在しているだけだ。さらに言うと魔族も魔族自身を単なる一種族とある意味で弁えていて、自分たちを特別だと思っているのは人間だけなのではないか。

 だがいま人間たちが見せた輝き、これは一体なんなのであろう。

 自分たちと決定的に違うのは生命を別の何かのためにかけられる存在、などというのが脳裏に浮かんだがもちろん口には出さなかった。


 どれだけ激しく肉体がぼろぼろであろうと勇者の瞳は死んでいない。この決着は死のみ。それは勇者もそうあるべき、と思っているのではと魔王は考え、それは間違ってはいないという確信があった。


「魔王アダルマ…。お前の野望は僕が阻む…。お前はさっき魔王を舐めるなと言ったな。ならば言わせてもらう、人間を舐めるなよ…」


 魔王の名はアダルマ。魔の三代勢力の一角であり、人間の安寧をもっとも脅かす存在である。


「肝に銘じておこう。だが言われなくても余ほどそれを実感したものもおるまい」


 魔王アダルマは両手を天高く掲げる。すると天井に大きな魔闘気の塊が徐々に形成されていく。


「さらばだ、偉大なる勇者よ」


 魔王は両手を大きく振り下ろし、魔闘気の塊で勇者にとどめを刺した。


 別れを告げた刹那、自分を追い詰めたこの勇者の名を聞かなかったことを魔王はわずかだが後悔した。

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