勇者を倒すため最後からニ番目の変身まで晒した魔王のその後は結構辛い

犬海 暗

第一章 魔王の帰還

第1話 そして伝説が終わった!(1)

 なぜ玉座の間は最終決戦の場になってしまうのであろうか。豪奢な絨毯、繊細な糸レース、華美を極めた彫像、宝石を散りばめたビロード、絢爛たる金の燭台などでは勇者たちの侵入を妨ぐことなどできないのに。


 想像するにそれは驕り高ぶり。どの城の主人も大上段でここまで辿り着くことなぞ出来ないと玉座で踏ん反りかえる。

 この城の主人もそんな慢心、誤算によって煌びやかな玉座の間を戦場へと変えてしまったのであろうか。


 勇者パーティーとそれを迎え撃つ魔王の決戦は終盤へと突入した。序盤こそ魔王は極限まで高めた暗黒魔術と人のそれを遥かに凌駕する炎の精霊魔術により勇者パーティーを苦しめた。

 しかし彼らはこれまでの旅路における成長とこの玉座までの道のりで手に入れた伝説の武器や防具を身に纏い、見事に劣勢を跳ね返し魔王を追い詰めていった。


「人間共よ・・。我々魔族と比べ貴様ら人間の生は儚い。限られた生の時間、そのすべてを費やすことで手に入れた力、もう存分に振るったであろう」


魔王は勇者たちを傲岸不遜に讃えた。


「そう言うなよ、魔王。まだ僕たちはその力の全てを見せてはいない!」


 勇者は力強く言葉を返す。

 しかしそれはハッタリではない。体力、魔法力はまだまだ充実しているし、回復アイテムにも余裕がある。


「ははははははは!余の虚勢(きょせい)を見破ったか!しかしだ。全てを見せていないのは余とて同じ!」


 魔王は自嘲するとすぐに表情を変えた。終始傲慢な冷笑を浮かべていた口元はきつく結ばれ、先ほどまで勇者たちを見下していた真紅の双眸(そうぼう)はわずかに暗い陰を落とした。


「人間と魔族。容姿にそう違いはない。このカーラルを除けば人間共からしても余はそれほど異形には映らないであろう」


 カーラルとは魔族の頭部に生えた角のことを指す。魔王の頭部にも真っ白で水牛のように緩やかに湾曲し、先端は上方を向いた堂々たる角が生えている。


 人間と魔族の見た目の違いのうち角の有無以外だと肌の色も違う。魔族の肌の色は白、黒、黄、赤、青、緑とバリエーションも多彩だ。また髪色も同様の種類がある。

 さらに細かいものを挙げると魔族は何故か体毛の中で眉毛がない。これは魔族が生まれ落ちた魔界には太陽がなく、日除け、汗よけの必要がなかった等の説があるが定かではない。


「魔族の中にはごく少数ながら異形の姿へと変身することで戦闘能力を飛躍的に高めることが可能なものが存在する」


「貴方がその変身型の魔族に該当するとでも言いたいのかしら?」


 薄い青色の髪をした清楚な女賢者がその高尚な職業クラスからすると少し違和感のある舌足らずな愛らしい声で魔王に問いかける。


「そのとおり。前振りが長くなったが、ついでだ、決定的な絶望を与えてやろう。余はさらにもう一段階、つまりあと二回の変身が可能なのだ!」


 魔王は勝ち誇ったように声を高らかにあげた。


「へー、舐められたものね。だったら初めからその変身をして戦えばいいでしょ!その変身の前に貴方は私たちに倒されちゃうかもしれないのに!」


 艶やかな黒髪を両耳の上で二つに結いた女武道家はその場の空気にそぐわない、どこか能天気な怒りを表明した。


「そう吠えるな、何も出し惜しみをしていた訳ではない。いま変身と余は言ったが正確には"羽化"という表現の方が近い。蝶が蛹(さなぎ)に戻れないように、変身をすれば二度とこの姿に戻ることが出来ないのだ。」


 魔王は自身の首元に両手を回す。手入れのよくされた長くわずかに黄色がかった赤い髪の毛先を掴むと正面で見やる。

 次に片方の手で卵の殻のようなごく淡い黄色をした肌に軽く触れる。それはどこか自分を慈しんでいるような所作に見えた。


「二度と元の姿に戻れないということであれば貴方はこれまで一度もその変身をしたことがない、ということになりますね」


 浅黒く頑強な肉体とは裏腹に慇懃な口調で戦士は素朴な疑問を口にした。


「第二形態となるには余がこれまで数百年かけて練り上げた魔力、そのすべてを消費する必要がある。貴様ら人間共を返り討ちにしたあともこの地上の覇権をめぐる余の戦いはまだまだ続く。いや、覇権をめぐる真の魔の闘争が始まると言っていい。卑しい暗黒騎士団に、忌まわしき悪竜の群れ、既に地上の盟主気取りのいけ好かない古き冥王…いや、冥王は貴様らが既に倒してくれていたな…フフフフフ!」


 この地上は現在複数の魔族の勢力の侵攻に晒されている。およそ100年ほど前、地上に現れたのは死者を操る権能を持った恐るべき冥王であった。この大陸の極東、氷に覆われた台地で冥王は目覚めた。

 冥王は不死の軍団を引き連れ、たちまち東の王国を侵略する。


 その数年後、今度は大陸の西側に現れた魔族のとある集団が西の王国を侵略し、支配下に置くとその集団は暗黒騎士団と名乗った。


 そしてさらに数年後、南の海から現れたのがこの魔王であり、魔王は悪霊を使役し南の王国を蹂躙した。


 他にも神出鬼没の悪竜や、冥王よりも遥か昔から人類に牙を向く巨人など、悪の勢力は地上に跳梁跋扈しているが現在〈冥王〉、〈暗黒騎士〉、〈魔王〉の「魔の三大勢力」により地上は分割統治をされている。しかし六ヶ月前、三大勢力の一角である「冥王」をこの勇者パーティーは撃破していた。


「勇者共よ。余が変身を躊躇しているのは貴様を殺したあと再開される魔族同士の陣取り合戦への影響を懸念しているだけではない…。この変身後の姿が問題なのだ」


 勇者は話を続ける魔王の身体から徐々に魔力が高まるのを感じとる。


「魔王、お前と比べると冥王は随分無口だったよ」


 これから起きるであろう恐怖の現象を前に警戒をしつつ、勇者はわざと軽口を叩いた。


「フフ、そうか。冥王のことだ。やつは最後まで貴様ら人間を嘲り、自分が倒されるなど想像もしていなかったのだろう。しかし、余は違う!いまが生涯最大の危機と理解している!!」


 魔王はこれまで泰然としていたが初めて声を荒げた。魔王のパーソナリティなど勇者は知らないが何故だか「らしくない」と感じた。


「余は繰り返し夢を見ていた。追い込まれ第二形態となる夢を。もっともその相手は貴様ら人間ではなかったがな」


 先ほどの怒気を帯びた魔王の雰囲気は徐々に冷めたトーンへと変化していく。


「夢の最後は決まってこうだ。余は自分の姿を見て絶望して目が覚める。その夢での余の姿は貴様ら人間と魔族の美的感覚、そのどちらから言っても・・・酷く醜悪である!!」


 言い終わると同時に濃い赤紫色の、ほとんど黒色に近いヴェールが突然現れ、魔王の身体全体を包み込む。彫刻のような美しい魔王の身体がヴェールを被るとその姿は黒衣の花嫁のように見えた。


「この状況は!いけない!」


 それはほとんど同時であった。女賢者は咄嗟に呪文の詠唱に入り、女武道家もそれに呼応するように気を一瞬で練り上げる。


「薄闇を払う灼熱の炎よ 我が手に集い 青天を赤く染めよ」


「私も続く!」


爆裂宝珠ブライトフラム!」


「桜花天胡弾!!」


 魔術で作られた複数の小火球と気功で練られた光弾が次々と魔王に炸裂する。

しかし黒のヴェールに弾かれその攻撃は届かない。


「これは対魔術、対物理攻撃の防壁とは根本的に違う!幽体化?違う、魔王という存在が全く別の在り方を示すというの?」


「ならばこれならどうです!!アンテゲーラ・アックス!」


 戦士は大きく跳躍し魔王の頭部に向けて戦斧を振り下ろす。

 これは「バタリャ」という戦士がかつて所属していた大陸中央の軍隊時代に習得した、敵の属性ごとに大ダメージを与えることが可能な近代格闘術である。

 この技は死霊など実体を持たないモンスターをことごとく屠った近接攻撃であったがこれも同じく黒のヴェールに阻まれ手応えがない。


「恐らく魔王も私たちを攻撃できない。その条件と引き換えに謂わば絶対防御壁を作り上げているようね。私たちはこの変身を前に指を咥えて待っていましょうか」


 元は遊び人というふざけた職業クラスから旅の途中で転職クラスチェンジした女賢者はこういう物言いをついしてしまう。

 パーティーの頭脳でありムードメーカーでもある彼女の言う通り、勇者たちは攻撃の手を一時止め、魔王の変化の一瞬も見逃さないよう警戒を強める。


 それは時間にして30秒ほどであったが勇者たちにとっては酷く長い時間に感じられた。


 すると緩く魔王を包み込んでいたヴェールが今度は包帯のように全身をきつく縛りあげていく。

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