383 冒険者ギルド長

「リザサン……これってマジなの? マ?」


 ウェイケルが顎が外れそうなくらいに口を広げながらリザに尋ねると、リザは不承不承といった風にコクリと頷いた。


「おやっさん、解体場の職人じゃなかったのか……」


 ウェイケルがよろめきながら呟くと、ゼラスがニンマリとした笑みを浮かべる。


「ギルド長だからって、書類に判子を押すだけじゃつまんねえし腕が鈍るからな。気分転換に解体を手伝ったっていいだろう?」


「私としてはギルド長のお仕事に専念していただきたいんですけどね……」


「まあそう言うなよリザ。こんなことを言うのもなんだが、今もクタクタになって奥で休んでやがるここの職人よりも、俺の方が腕が良いからな。あいつらを鍛えて技術の向上を促すのも俺の仕事みたいなもんよ。……ただ、つまんねえ書類仕事の中にも、興味を引く話はあったんだよな」


 そう言ってゼラスは俺の方をジロリと見た。


「それが蛇狼とサドラ鉱山集落の鉱山事件てなわけだ。蛇狼の件はマルクという子供のマグレだということで話は終わっていたが、鉱山事件の方でも同じ子供の名前が出てくる始末だ。俺はてっきり、C級からランクを上げろとせっつかれてるセリーヌが、自分の手柄を架空の子供になすりつけているんじゃないかと思ってたんだが……」


 ツインヘッドの死骸を一瞥し、ギルド長が肩をすくめる。


「どうやら実在の人物のようだ。さすがにこんな物を持ってこられちゃ信じるしかねえよな。なあマルク、ちょっとコイツを見させてもらっていいか?」


「あ、どうぞ」


「おう、ありがとな! それじゃあさっそく」


 ゼラスは作業台に駆け寄ると、その上に置かれたツインヘッドの死骸をまじまじと見つめる。そしてさまざまな角度から一通り観察すると、こちらに振り返った。


「初見の個体だな。いろいろと興味は尽きないが……とりあえず聞いておきたいんだが、あちこちに空いてるドデカい穴、これは一体なにをやった穴なんだ?」


「それはマルク坊っちゃんがビューン! と飛んで、石の槍をブワーッと並べて、それをドガガガガッ! と撃ってですねえ――」


「ウェイケル、お前にゃ聞いちゃいねえよ。マルクどうなんだよ」


「えっと、だいたいウェイケルさんの言ったとおりです……。こういうヤツを撃ち込んだので」


 俺は石槍ランスバレットを一つ作り出して浮かべてみせる。正直俺も槍を出しまくってドガガガガッと撃ち込んだとしか言えないもんな。ウェイケルと同じというのが少し悲しい。


「そ、それを、いくつも出せるのか?」


「はい、まあ……」


「そ、そうか……。セリーヌのお気に入りとか言ってたな。ようやくその意味がわかった気がするぜ」


 考えるのを諦めたようにゼラスが呟く。どうやらセリーヌはここではずいぶんと評価が高いらしい。そういえばこの町でC級はセリーヌだけだったっけ。


 仲のいいセリーヌが一目置かれているのをみると、なんだか俺まで誇らしい気分になるね。たまにセリーヌが俺の自慢をしたりするけれど、そのときもこういう気分なんだろうか。


 などと考えていると、ゼラスが気を取り直したように声を上げた。


「それで、お前はこれをどうするつもりだ?」


「えっと、どうするっていうのは?」


「当然、こいつを売るのかってことだ。特に特殊個体の素材は高く売れる。解体して個別に売れば、毛皮、肉、血、骨、そして魔石。どれも高額で売れることだろうよ」


「ええと、どうしようかな……」


 お金はあっても困ることはないから、売れるのなら売りたいけれど、とりあえず特殊個体の魔石だけは売らずに持っておきたい。今までいくつか特殊個体から魔石は取ったものの、未だに使ったことはないんだけどね。


 これはコレクション欲みたいなもんだろうか。それともいつか使うからとモ○ゾフのプリン容器を保管しておくようなもの? まあとにかく――


「魔石は売らずに持っておきたいですけど、後は……お肉って美味しいんですか?」


「二本足の魔物は不味いというのが定番だが、どうなんだ? リザ」


「他所の国ではコボルト料理なんてものもあるそうですよ。しかし味の評判はあまり良くないみたいですね。あくまで伝統料理扱いのようです」


「だそうだ。まあ特殊個体なら、また違う味かもしれんが」


 さすが食通のリザ。他国の料理にも詳しいらしい。しかし伝統料理かあ……。


「元が美味しくないなら、あまり挑戦してみたくはないかな……。魔石以外は要らないかもです。えっと、ここで解体してもらえるんですか?」


「おおっ! 任せてもらえるなら俺がやってやるよ!」


 ゼラスが前のめりに俺に顔を近づける。すごい勢いだ。やる気が伝わってくるね。


「解体費用っていくらくらいかかるんですか?」


「うむ、冒険者ギルドの規定では、素材の値段の一割となっている」


「素材の値段を先に決めて、それの一割なんですか?」


「そういうことだ。まあよくある魔物ならそれで問題ないんだが、これは特殊個体だろ? だから最低でもいくらで売れるってのを査定して、その価格の一割ということになるな」


「そうですか……。いくらくらいになりそうなのかな……」


「ふむ、素材の損傷具合はちと酷いが、魔石は残っているようだし、少なくとも俺が見たことない希少な魔物だ。そうだな……最低でも金貨400枚くらいと見積もれるな。つまり解体費用は金貨40枚といったところか? まあ細かい査定で多少は上下するだろうが、こうみえても俺はギルド長だからな。ほぼ間違いないと言ってもいいだろう」


 金貨400枚はかなりの破格だ。普通に暮せば二、三年は何もせずに暮らせる額だろう。しかし解体費用が金貨40枚かあ……素材を売ればそれ以上に儲かるにしても、結構高い。それに俺はどうせ魔石を売るつもりないし……。


 って、そういえば魔物の素材の中でも魔石って高いんだったよな。魔石があるからその見積もりも加算されて余計に解体費用も高くなってる気がする。


 困ったなあ。魔石はアイテムボックスを使えば自分で取れるし、魔石を抜いてから、改めて解体してもらえばいいんじゃないのか?


「わかりました。それじゃあ、とりあえず解体は止めておきますね」


「なっ!? え、おい、本気か?」


 断るとは思ってなかったのか、ゼラスは目を見開きながら聞き返した。


「魔石を自分で取ってみて、それから改めて解体をお願いしようかなって」


「ちょっと待て、お前自分で魔石を取るつもりなのか?」


「えっと、はい。とりあえずやってみるつもりです」


 アイテムボックスで魔石が取れることまでしゃべるつもりはないので、そういうしかない。それにセリーヌもセカード村のヌシからさっくりと魔石を取っていたし、さほど難しくはないはずだ。俺が挑戦しようとしてもおかしくないだろう。


 だがゼラスは俺に目線を合わせると、ぐっと顔を近づけて語り始める。


「それはよくない。魔石は貴重だぞ~? 取り出すときに傷をつけるとグンと値段が下がる。だから、なっ! 俺がやってやるから!」


「でも手数料が結構高いし……。安くなったりはしませんよね?」


「うぐっ……。あ、ああ、残念ながらそれは無理だな。冒険者ギルドの長として、便宜を図ってやることはできない」


 顔を引き締めてゼラスが言った。さすがに割り引いてもらうってわけにはいかないか。


「じゃあいいです。自分でやるので」


「そ、そこをなんとか!」


 ゼラスは懇願するかのようにひざまずくと、俺の肩に手を置いた。


「こ、こんな希少な特殊個体、めったにお目にかかれねえんだ! ぜひとも魔石を取るところからやってみてえ! だからな! 頼む!」


 これまでの威厳はどこへやら、俺みたいな子供にすがりつくように頼み込むゼラス。すると面白そうに口元を緩めたウェイケルが口を挟む。


「マルク坊っちゃ~ん。俺の知り合いで、解体の腕がめっちゃいい男がいるんすよー。この町にはいねえんすけど、呼んだらすぐ来てくれますし、そいつなら金貨40枚も要らないと思うっすよ。どうすか、俺の知り合いに頼みませんか?」


「なっ、おまっ、ウェイケルッ! うぐっ……ぐぎぎぎぎぎ…!」


 そんなウェイケルの言葉に、悔しそうに歯ぎしりをするゼラス。とはいえ仮に俺が解体を依頼するとしても、ウェイケルの知り合いよりは信用のあるギルド長に頼むけどね。面白いことになってるから、わざわざ口には出さないけど。


 すると、ひざまずいたままのゼラスがパンと膝を打った。


「よし、わかった! タダだ! 無料でやってやる! こんな新種をバラす機会はなかなか無いんだ。俺に是非やらせてくれよ! なあ頼むからよ!」


「ちょっとギルド長!」


 大慌てでリザが声を上げるが、ゼラスは彼女に手のひらを向けて言葉を制する。


「いや、リザ、これだけは、これだけは曲げねえぞ! 新種の特殊個体を解体する機会なんて、俺の人生の中でも今まで一度だけだ。あれは俺が冒険者として脂が乗ってた三十代、ツィーラ河で遭遇したアイアンフィッシュの特殊個体。あれを――」


「ギルド長、その話はもう何度も聞いてますから……」


「あ? そうだったか? とにかくこの機会を逃すわけにはいかねえんだ! なあ、マルク、頼むよ、なあ!?」


 必死の形相で俺に迫るゼラス。どうやら魔物解体マニアだったみたいだが……これはどうしたらいいんだ?


 助けを求めてリザを見ても、彼女は力なく首を振るだけ。後ろのニコラは必死なギルド長にドン引きしてるし、ディアドラは風変わりな部屋の中をうろうろと探検して楽しんでいる。


 そしてこのカオスな状況に引き込んだウェイケルはというと、俺と目が合うとビッと親指を立ててウインクした。


 もしかして、解体の得意な知り合い云々っていうのは、彼なりのサポートだったのかな? だとしたらゼラスにからかわれた仕返しとしてはこれ以上ないものだろう。


 これはもう俺が決めてしまうしかないようだ。俺は大きく息を吐くとゼラスに伝える。


「はあ……。わかりました。タダでいいならお願いします」


「やったぜ! ありがとよマルク! お前が冒険者になっていたなら、こっそり貢献ポイントを水増ししてやって感謝の気持ちを伝えたいくらいだぜ!」


「それ、ぜったいダメですからね? あと無料で解体をするなら、ギルド営業時間外にお願いします」


 リザはそう伝えると、額に手をあててため息を吐いた。なんだか一気にお疲れのようで、少し気の毒になってくるね。そしてゼラスは満面の笑みで答える。


「おう! それくらいなんてこたあないぜ! ところで、リザ、この特殊個体に名前はあるのか?」


「私の知る限りでは、コボルトの特殊個体で双頭になった魔物は存在しないかと……」


「そうか、それじゃあ命名しておいたほうが書類は書きやすいか。マルク、討伐者のお前が名付けてみるか?」


「あっ、はい。それじゃあツインヘッドで」


 するとゼラスはぶはっと息を吐き、苦笑まじりの笑みを浮かべた。


「ははっ。たしかにコボルトで双つツインヘッドなのは珍しいかもしれないが、魔物の中には双頭の個体もいくつか確認されているんだぞ? お前は子供なんで仕方ないかもしれないが、ツインヘッドなんて名付けるのはセンスが――」


「ツインヘッドでお願いします!」


 俺の強い一言にゼラスが一歩後ずさる。


「おっ、おう。そこまでいうなら、名前かぶりも無いから別にいいんだがよ……。リザ、ツインヘッドで書類を作ってくれるか?」


「はい、かしこまりました」


 リザはぺこりと頭を下げると、解体場から退席した。書類を作ってくるのだろう。


 それを見送りながら軽く息を吐く。ふう、ツインヘッドが認められてよかった。


 八つ当たりをされては大変なので後ろを見ていないが、見なくてもニコラが不機嫌オーラ丸出しなのがわかる。コイツはコイツでネーミングへの謎のこだわりは一体なんなんだろうね。



 とにかく、こうして棚ぼたで得たツインヘッドは俺のお小遣いとなることになった。得したはずなんだけど、なんだかドッと疲れたよ。

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