382 解体場

 リザに案内してもらい、俺たちは冒険者ギルドのメインフロアに備え付けられた扉を通った。


 中は薄暗く細い通路になっており、少し歩くとすぐにもうひとつ扉が見える。リザがその扉を開き、俺たちは無骨な石造りの部屋へと通された。


 壁には何かの動物の毛皮がいくつも吊り下げられたり、床は少し赤黒く汚れていたりと、あまり深夜には出入りしたくないような光景。微かに鼻に届く生臭い匂いは……魔物の血の匂いだろうなあ。リザが扉を閉めながら口を開く。


「冒険者の中には自分で解体する人もいるけど、ほとんどの人はこの解体場に持ち運んで職人さんにやってもらっているのよ。もちろん有料だけど、そのぶん職人さんの腕がいいからね」


「おっ、なんだリザ? 珍しく褒めてくれるってことは、なにか急ぎの仕事でも入ったのか?」


 部屋の中央にどかんと置かれた作業台で刃物の手入れをしていたおっさんが、手を止めて顔をこちらに向けた。いかにも親方って感じの、年季の入った渋さを感じられるおっさんだ。


「ふふ、どうでしょう? それをこれから確認するところですので」


 リザが口に手をあてて微笑むと、親方(仮)は俺たちをじろりと見回し、ウェイケルの姿を見て声を上げる。


「……おっ? なんだウェイケルじゃねえか。お前らのパーティ、最近ここにもやたらと素材を持ち込んで景気がよさそうだけどよ、あんまり無理はするなよ? 調子いいときこそ気を引き締めねえと痛い目にあうからな」


「おやっさんに言われるまでもなく、わーってるって。まあそんなことより、ささ、マルク坊ちゃん」


 ウェイケルが親方を軽くあしらいながら、俺を作業台へと促す。それを見て親方が首を傾げた。


「おい、待て。その坊主は一体なんだ?」


 するとリザが俺の肩に手を添えて紹介してくれた。


「この子はセリーヌさんのお気に入りのマルク君です。そしてその妹のニコラちゃんとお友達のディアドラちゃん」


「こんにちは、マルクと言います」

「妹のニコラです!」

「ディアドラ……」


 三人揃って自己紹介だ。だが親方は訝しげに眉をひそめたまま口を開いた。


「おいおい~、リザよお~。セリーヌのお気に入りだかなんだか知らねえが、ここは素人を連れてくるような場所じゃねえぞ?」


「ええ、まあそれはそうだと思うんですけど、ここが都合よさそうだったので……」


「あん? いったいどういうことだ?」


 親方はわけがわからんと言わんばかりに難しい顔をするだけだ。ここは説明をするよりも、さっさとブツを出したほうがいいだろう。俺は中央の作業台を指差す。


「リザお姉ちゃん、あの台の上に魔物を出してもいいかな」


「いいと思うけど……ああ、やっぱり本当に狩ってきたのね……」


 リザがどこか遠い目で呟く。リザには俺が直接語ったことはないが、サドラ鉱山集落での出来事は報告されているだろうし、シュルトリアでの出来事なんかはセリーヌ経由で伝わっていそうだ。


「あの、マルク君にこの台を使わせてあげてもいいでしょうか?」


「ああ、もうひと仕事終わったところだし、なにをやろうが問題ねえが……。どっこいしょっと」


 親方は近くの椅子に座りながら答える。


「だ、そうよ。マルク君」


「はーい、それじゃあ――」


 俺は作業台の上にアイテムボックスから《ツインヘッドの死骸 穴ぼこ》を取り出した。


 ドスンという物音を響かせ突如現れた二メートル越えの双頭の魔物に、リザが驚いた表情で両手を口にあて、おっさんは椅子からずり落ちた。


「マルク君、これが……?」


「うん、これがコボルトの特殊個体だよ」


「な? なっ? ホラじゃなかったっしょ?」


 ウェイケルがここぞとばかりに囃し立てると、それを見たリザが軽く息を吐きながら答える。


「ウェイケルさんが関わってるから変な感じになっただけで、私はマルク君がウソを言ってるだなんて最初から思ってませんよ。私はマルク君とは、ウェイケルさんより付き合い長いんですからね」


「え、なにそのマウント。ウケる!」


 そう言って両手の人差し指を向けたウェイケルに、リザがにっこりと微笑んだ。


「……ウェイケルさん、あまり冒険者ギルド受付嬢をからかうようでしたら、少し貢献ポイントの見直しが必要かもしれませんね?」


「ちょまっ、悪い、悪いってマジ!」


「おいおい、二人とも。そんなことより、この魔物は一体なんなんだよ……」


 いつの間にか身を乗り出すように作業台にかぶりついていた親方が声を上げる。


「たしかに顔つきは……コボルトだが……。こいつぁ一体どこにいたんだ?」


「西のコボルトの森の巣穴にいたらしいです。ですよね? ウェイケルさん」


「そう、そうっす! それで俺と坊ちゃまが命からがら逃げていたところを、マルク坊っちゃんが颯爽と現れたんっす。それで森の木とか動かして特殊個体の動きを止めたかと思うと、アイツの恐ろしい攻撃をなんかよくわからねー魔法で防いだり、空を舞って華麗にかわしたりして、最後はとんでもねー魔法であっという間にぶっ殺したんっす! マジすごかったんだって!」


 俺はただ必死に攻撃していただけで、颯爽とか華麗とかそういうものとはほど遠い戦闘だったと思うんだけどな。案の定、親方が疑わしそうに目を細めながら俺を見つめている。


「なに言ってるのかよくわからねえが……とにかく、この坊主が一人でやったって言うのか?」


「そうだって言ってるじゃーん! ってか、坊主じゃなくてマルク坊っちゃんな!」


 ウェイケルの言葉に、親方が顎に手を添えてなにかを考え込んだ。


「マルク……そういえばどっかで聞いたような……。って、ああっ! マルクってあの……蛇狼と、サドラ鉱山集落のか!?」


「はい、そうです」


 リザが親方に頷く。蛇狼というのは以前俺が返り討ちにした賞金首のことだ。いくらギルド関係者とはいえ、俺の名前が解体職人さんにまで知られていたとは思わなかった。


「そうか……なら間違いねえのか。ほんとウェイケルがいるせいで話がややこしくて仕方ねえ」


「そうですよね」


「ちょっ、ひでーってマジ!」


 抗議の言葉を投げつけるウェイケルを見ながら、親方は大きく息を吐いた。


「まあ特殊個体が出たという話ならともかく……もう倒したっていう話なら、今日の書類仕事が増えるってこともなさそうだな……」


「ん? おやっさん。あんた、魔物の解体以外にも書類仕事なんかやってんの? ははっ、ウケる! 肉切り包丁を持って魔物をグサグサぶった切ってるのがお似合いだって、マジ!」


 大げさに肩をすくめながら親方に笑いかけるウェイケル。そして親方がウェイケルを見て眉をひそめた。


「うん? なに言ってるんだ、コイツは?」


「……ああ、ウェイケルさんは、まだこのギルドに来てから日が浅いですし……」


 リザが少し呆れたようにウェイケルを見つめながら答える。


「ええっ、リザサン! 俺ってば、もう半年以上この町にいるんだぜ!? それってもうベテランみてーなもんじゃん!?」


「ならせめて俺のことくらい知っておけ」


 親方はめんどくさそうに首の後ろをかきながら、ウェイケルに近づいた。


「おやっさんはギルドの解体職人っしょ? それくらい俺だって知ってるつーの!」


「違う。解体はちょっとした趣味で職員を手伝ってるだけだ。……本職は冒険者ギルド、ファティア支部長。名前はゼラスだ。よろしくな、ウェイケル君!」


 ゼラスはからかうように口の端を吊り上げると、ウェイケルの肩を手のひらで強めにバンと叩いた。


「は? おやっさん、ギルド長だったの? マジでーーー!?」


 狭い石畳の部屋にウェイケルの叫び声が鳴り響く。


 気づかないウェイケルが悪いのか、趣味で解体業をしているゼラスが悪いのか。とにかくこうして俺は、この町の冒険者ギルドのギルド長に初めて出会ったのだった。

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