361 張り込み

 深夜の空き地に到着した。まずは畑を覗いてみたけれど、まだ荒らされた様子はなく、月明かりの下では明日収穫を迎える瑞々しい野菜がたくさん実っている。


 そのことに安堵しつつ、俺たちは空き地の片隅にある月夜のウルフ団の秘密基地へと向かった。あの辺りは畑からほどほどに離れつつ、畑の様子がよく見えるベストポジションなのだ。


 秘密基地は俺が土魔法で作ったいわゆる東屋あずまやのような建物。周辺には石像や団員がどこかで拾ってきた木の枝やら板きれやらでごちゃごちゃしているので、身を隠すのにも丁度いい。


 俺はそれらに紛れ込むようにドーム型のハウスを作ることにした。秘密基地には屋根しかないので、寒風吹きすさぶ中を張り込むのはさすがしんどいからね。


 土属性のマナを操り、あっと言う間に四人ほど入れば満員になるくらいのドームハウスが出来上がった。小さいほうが温かいし隠れやすいのでこの大きさだ。サイズ的には土でできた「かまくら」のようにも見える。


 ドームハウスを作るとついつい天辺に頭に耳を付けてくまさんかパンダさんにしてしまいそうになるんだけれど、今回はさすがに自重しよう。


「それじゃここに入って見張ろうか」


 俺が促すと、まずはネイが壁をコンコンと叩きながら入っていく。


「すげーよなー。マルクがいれば家造りの大工とかいらなくなりそうだよなー」


「そんなことないよ。僕は石でしか家を作れないけど、大工さんは木でも作れるんだからね」


 殺風景なコンテナハウスやドーム型ハウスより、木材の温かみが恋しいこともある。断熱効果も違ってくるし一長一短だ。


「ほら、中に入って。明かりはつけられないけど我慢してね」


「わかってるよ。おっ、結構温かいぞー?」


 ネイが中の壁もぺしぺしと叩きながら呟く。とりあえず叩いて確かめるのはクセなんだろうか。サドラ鉱山集落でも似たようなことしてたし。


 そんなネイに続いてセリーヌとニコラも中に入り、最後に俺が入った。


「ニコラ、感知を頼むよ」


「はーい、お兄ちゃん」


『もちろんです。しっかりお手伝いをしますとも。……フヒヒ、それにしてもさすがはお兄ちゃん、いい感じの狭さですね。セリーヌの色っぽい大人の女の匂いとネイの赤ちゃんみたいなミルクのような匂い。どっちもクンカクンカし放題です!』


『そういうつもりで狭くしたわけじゃないからね……』


 上機嫌のニコラを放置して畑の方を覗いてみるが異常はなし。今のうちに俺も魔力を使って空間感知をしておこう。感知の性能がニコラのギフトに劣るからといって、任せっきりにするわけにはいかない。


「それで~、マルクは犯人は何者だと思ってるの?」


 空間感知を始めた後、俺が土魔法で作った小さな丸椅子に座りながらセリーヌが問いかける。


「野菜をたくさん取ったり取らなかったりと気まぐれだし、そういう習性のある魔物じゃないかなあって思ってるよ。魔物の羽根や毛なんかは落ちてなかったんだけどね」


 羽根が落ちていたなら、アイテムボックスに収納すれば《○○の羽根》なんて具合に鑑定されるので、あっさり魔物の種族までわかったと思うんだけどな。残念だ。


「やっぱ、町の住人の誰かが盗んだじゃねーの?」


 同じく丸椅子に腰掛けたネイが頬杖をつきながら言った。


「それも考えないでもなかったけどさ、それだと二度目の野菜はほとんど取られなかったのがおかしいんだよね。味はたしかに落ちてるかもしれないけど、野菜を盗むような人が些細な味の変化を気にするとも思えないし」


「むー、そっかー。むー……わっかんねーなー」


「どちらにしろ張り込んだら犯人がわかるわね。ふふっ、私こういうの結構好きよ~」


 腕を組みながらむーむーとうなるネイを見て、セリーヌが声を弾ませながらほくそ笑む。こうやってなんでも楽しめるセリーヌは、やはり冒険者向きの性格なんだろうな。


 かく言う俺も今は犯人に相対する不安や恐怖より、正体への好奇心のほうが上回ってるような気がする。


 これは旅でいくつか修羅場を乗り越えて、少しは度胸がついたのかもしれないし、単純に独りじゃないからかもしれない。仮に度胸がついてきたのだとしたら少し嬉しい。へっぴり腰と幼女に笑われた過去とはおさらばだ。


 俺は最後に自分の分の丸椅子を作ると、一番入り口に近い席に陣取った。俺が前列、残りの三人が後列に並ぶといった感じだ。もちろんニコラは二人の間の席である。


「それじゃあ今から本格的に隠れるから、ちょっと僕の体に触ってくれる?」


 俺の言葉にニコラとセリーヌは俺の左右の肩にそれぞれ手を置き、ネイは二人を見てキョロキョロした後、両肩が占有済みだからだろう俺の左手をきゅっと握った。


「ごめん、いざという時のために手は空けておきたいから、背中でも触っててくれるかな」


「そっ、それなら最初からそう言えよなあー!」


 薄暗い中でもわかるくらいにネイが顔を真っ赤にさせると、手のひらを俺の背中にバシンと叩きつけた。たしかに言葉足らずだったな、反省。


「痛たた……ごめんごめん。それじゃあやるよ。……『隠密』」


 俺は盗賊のおかしらルモンからいただいてしまったギフト《隠密》を発動させた。


 これにはニコラでも気付かなかったくらいに気配を消す効果があるけれど、そのうえ俺に触れているとその効果が他者にも共有できることが判明した。旅の間にセリーヌやニコラにも手伝ってもらっていろいろと検証したのだ。


 魔力のある世界だからなのか気配に敏感な人は結構いるし、魔力を使って感知することもできる。そんな世界で気配を完全に消し去り、しかも共有できるとなれば賊にはもってこいのギフトと言えるだろう。


 仮にあの時、ルモンが隠密を仲間と共有しながらコンテナハウスを襲撃していれば、少しは危なかったかもしれない。おっさんたちが密着しながらゆっくりと近づいてくるのは、地獄のような絵面だけどね。


 しかしそうならなかったのには理由がある。


 隠密を共有させると魔力が少しづつ減り、それは人数に比例するのだ。魔力量だけは自信がある俺からすると微々たるものだけど、それがルモンにはきつかったのだろうと思う。


「えっ、なんだか変な感じがするぞ? 体が冷えたというか、重さが消えたというか? なんだこれ、なんだこれっ?」


 隠密を共有したネイが戸惑いながら、空いた方の手で自分の顔や体をぺたぺたと触る。


「気配を消すギフトをみんなに使ったんだ。気配を探ったりできる人には効果的だよ」


「気配? 鉄鉱亭の用心棒のおっちゃんは後ろに目がついてるんじゃないかってくらいに気配に敏感だったけど、そういうのを消せるってことか?」


「うん、そんな感じかな。でももちろん実際に姿が消えるわけじゃないから、あまり物音を立てたりしないようにね」


「おう、わかった。ほんといろいろできるよなーマルクは。……あー、はやく盗人来ないかなー。マルクの大事な野菜を盗んだヤツは、このあたしがボッコボコのギッタギタにしてやるんだ!」


 ネイは握りこぶしをぎゅっと固めて物騒な決意を表明した。さっき触れた感触はふにふにと柔らかくてすごく小さな手なんだけど、アレでぶん殴られると俺の作った石像だってへこむんだよな……。ドワーフの女の子は見た目で判断してはいけない。


「ネ、ネイ……。まずは僕が魔法でなんとかするからね。それで駄目ならお願いするかもだけど、そのときはお手柔らかに頼むよ。捕まえるだけでいいからさ……」


「はあ? なに言ってるんだよ。サドラなら盗っ人は捕まえた連中にボコボコにされた後、最低三ヶ月は鉱山でタダ働きさせられるんだぞ?」


「うへ、怖いね……。でも、じっと待ってるのもなんだし、よかったらサドラの話をもっと聞かせてよ」


「あら、私も興味あるわ。三日ほどしか滞在しなかったしね~」


「ニコラもー」


「おう、いいぜ! それじゃあ何の話からしようかなー。……そうだ。集落の外れに岩虫を戦わせる闘虫場ってのがあるんだけど――」



 それからしばらくの間、声を潜ませながらネイの話にみんなで耳を傾けた。ふと思ったのだが、サドラにしてもセカード村にしても、前世の距離感からするとすごく遠いというわけではないし同じ領内なのに、驚くほどに文化も風習も違う。


 これはサドラなら鉱山、セカード村なら湖というように特殊な土地に寄り添って住民が生活していくことで、独自の文化を育んでいるからだろう。


 ネイの話を聞いていると、またいつかサドラに足を運んでみたくなった。もちろんセカード村にも。


 そんなことを考えながら畑の方に目を向ける。……異常ナシ。今のところは感知もなにも引っかからない。まあ俺が察知するよりもニコラのほうが早いだろうけど。


 その頼りにしているニコラはネイの話を聞くフリをしながら、熱心に両サイドの匂いの嗅ぎ比べをしている。アレで本当にしっかり仕事をしてくれているのかなあ……。


 ――思わず息を吐いたその時、ニコラがふいに口を開いた。


「えっ、これは?」


 そのすぐ後にセリーヌも「んん~?」と変な声を上げ――あっ、なんだこれ? 何かが近づいてきてる? でも地表に伝わるこの感じ……。地上ではなく地中で"何か"が動いているような!?


「どっ、ど、どうしたんだよ? みんな!?」


 ネイが戸惑った声を上げるが、俺は畑から視線を外すことができない。"何か"が畑の真下にたどり着いたように感じるからだ。


 俺たちが固唾を呑んで見守る中、畑の地表がモコモコと沸き立つように盛り上がったかと思うと、突然複数の木の枝がにょきにょきと伸び始めた。


 小枝は絡み合いながら上へ上へと伸びていき――徐々に人の姿を形どっていく。


 セリーヌの呟きが聞こえた。


「これは……木の精霊ドライアド……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る