349 帰り道
領都の門を抜けて数時間が経過した。少し薄暗いような寒空の下を、馬車は実家のあるファティアの町を目指して淡々と進んでいる。
俺は御者台でセリーヌの隣に座っていた。せっかくなのでセリーヌから馬車の動かし方を教わることにしたのだ。今まで教えてもらったことはなかったし、なんでもできるに越したことはないからね。
……本来ならこの道のりではエステルが御者をする予定だった。馬の世話はしたことあるからボクに任せて! なんて言ってたんだけど、結局エステルが馬車を操る姿を見ることは叶わなかったんだよなあ……。などと、ついさっき別れたばかりの友達のことを思い浮かべる。
思えば数ヶ月もの間、会わない日がないくらいずっと一緒にいた友達だった。慌ただしい別れだったので実感がなかったのだけれど……。うーん、なんだか今頃になってしんみりとしてきたぞ。いけないいけない。
「ねえセリーヌ、この手綱を持ってるだけでいいの?」
俺は憂鬱な気分を振り払うようにセリーヌに声をかけると、彼女は正面を見たまま白い息を吐いた。
「そうよう~。当たり前だけど、馬は馬車を引くために手間暇かけて調教されてるんだからね。ある程度は素人でも扱えるようでないと、貸し出しなんてとてもできないでしょう?」
それもそうか。馬車を操るのに免許なんてないもんな。俺が納得して頷いていると、セリーヌがさらに説明を続ける。
「だから、町の中ならまだしも街道を走らせるだけなら、誰にでもできるんじゃないかしらん? 道があるならそのまままっすぐ進むし、障害物があるなら勝手に避けてくれるわよ、馬だって当たりたくないからね。……まあ、好きなところで停めたい時には強めに手綱を引かないといけないから、子供の腕力だと無理だったりするけど……マルクなら大丈夫でしょ?」
「うん、多分大丈夫かな?」
魔物の特殊個体からけっこうな量のエーテルを吸収したお陰で、俺の基礎能力はそこそこ強くなっている。たぶん腕力なら一般的な大人よりもあると思う。
そういえばデリカも馬車を軽々と操っていたし、かなり腕力があるのかもなあ。いっつも木刀を振って鍛錬してたもんな。俺より強かったりして。
「どちらかいうと、技術よりも馬を停めた後の餌やりとか馬具の外し方を覚えたほうがいいわね。こっちのほうがよっぽど重要よ~? 馬を雑に扱っていたのを貸し馬車屋に覚えられちゃうと、次は貸してくれないかもしれないからね」
たしかにそのとおりかもしれない。これまで馬車を停めたときには御者の人はすぐに馬の世話をしていた。今までは人任せにしていたけれど、今日はそれもセリーヌから教わらないといけないな。
「まっ、この馬なら四日もあればファティアの町に着くでしょうし、のんびりと覚えていけばいいわ」
「四日か~。結構遠いんだね。ファティアの町は領都行きの宿場町なのに」
「その間の街道に町を作るようないい場所がなかったってことよ。町を作るには弱い魔物しか棲息していないか、よほど生産性のある土地である必要があるもの」
なるほど。言われてみればセカード村には湖があり漁業で生計を立てていたし、サドラ鉱山集落にはもちろん鉱山があった。それにファティアの町は悪さをしに町の近くにくるのはゴブリンくらいだったもんな。魔物のいる世界だと立地条件は大事のようだ。もちろん防衛に力を入れている領都なんかは例外だろうけど。
ということで、教わるというほど教わることもなく。AT車をまっすぐ走らせるよりもなにもすることのないような状況で、セリーヌとたわいもない話をしながら時間を過ごした。
そうしてしばらく手綱を握っていると、セリーヌが俺の肩をちょんとつついた。
「マルク? 退屈なら中に入っていてもいいのよ?」
「んー。中に入ってても退屈なのは変わらないし、それならここでセリーヌの話し相手にでもなるよ」
「あら、やさしいのね。相変わらず子供っぽくはないけど」
セリーヌがくすりと笑う。やはり前世のクセが抜けないのか、運転手には気を使ってしまう。仕事で御者をしている人ならともかく、相手はセリーヌだしね。
ちなみにそんなのを気にする素振りもないニコラは、寒いと言って革の垂れ幕もぴっしりしめて、馬車の中で完全ひきこもり体勢だ。リアにもらったという餞別のお菓子を食べているか寝ているのだと思う。
などと考えていると、そのニコラから念話が届いた。
『お兄ちゃん、なにか近づいてますよモグモグ』
『えっ、なにかってなに?』
『んー、先日、お兄ちゃんが保護したっていうフェルニルに似たような……? まあすぐにわかりますよモグモグ』
念話に咀嚼音はないだろうとつっこみを入れるよりも早く、遠くの山から白い点が見えた――かと思うと、それはどんどん近づき大きくなり、あっという間に俺の目の前に銀色に輝く鳥が
「ヒィーーーーンッ!」
それに驚いて馬が前脚を高く上げて立ち止まるが、隣のセリーヌが俺の手の上から手綱を握り、後ろに引くとすぐに大人しくなった。
「ほら、ぼさっとしてちゃあ駄目よん?」
「ご、ごめん」
俺たちの会話をよそにバッサバッサと俺たちの頭上でホバリングをしていた銀色の鳥は、馬が立ち止まるのを見届けると羽根を止めて近くの木の枝に乗った。
銀色の鳥は俺たちを見下ろしながら重低音な声を響かせる。
『すまんな。馬を驚かせるつもりはなかったのだが……。お前が……我が子を救った少年で間違いないか?』
えっ!? 鳥がシャベッタアアアアアアアアアアアアアア!!
――後書き――
10月15日発売「異世界で妹天使となにかする。@COMIC」第1巻の書影を近況ノートに公開しました!是非みてくださいね\(^o^)/
そしてよろしければお手に取っていただけると嬉しいです……!
https://kakuyomu.jp/users/fukami040/news/16816700427869602502
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