335 ダルカン邸
俺は馬車に揺られながら薄暗い車内を見回す。馬車の外見は薄汚れた粗末なものだったけれど、中はところどころ鉄が使われた頑丈な作りになっており、さすがは拉致に使われる馬車といった具合だった。わざわざ幻霧団から押収してきた物なんだそうだ。
それと馬車の隅には、車内の見張り役という
彼はマイヤと共に俺たちの腕と足をロープで縛り、幻霧団にさらわれた裕福なお嬢様とその友人に偽装させ、マイヤは器用に自分で自分を縛ってお嬢様お付きのメイドを装った。簡単な縄の解き方もレクチャーしてもらったけれど、そもそも俺は魔法でなんとでもなると思う。
俺たちを乗せた馬車は領都の中心へ向かうのではなく、そのまま郊外を横断するように進んで行く。しばらくすると馬車の垂れ幕の隙間からダルカンの屋敷だという建物が見えてきた。
ド派手だった商店に比べると、こちらの屋敷はなんともひっそりと静まり返っている。先入観があるからだろうか、いかにも悪い事やってますよという雰囲気だ。
馬車は邸宅の高い塀をぐるりと回りこんで裏手を進み、ギリギリ馬車が入りそうなくらいの幅の通用門の前で停まった。
ここまで来ると、いつ垂れ幕を
「はあはあ、だめよリアーネ、耐える、耐えるのよ、はーっ、はーっ、はーっ」
肩が触れ合うほどに狭い馬車の中、俺の隣で背中を向けているリアがぷるぷる震えながら荒い息を吐き、うわ言のようになにかを呟いていた。
ここまでは健気に大口を叩いてきたものの、やはり本物の悪党と対面することに恐怖を感じているのだろう。俺だって怖いし、九歳のお嬢様なら当然とも言える。さっきも様子がおかしかったしね。
ここはなにか気の利いた言葉をかけて、元気づけたほうがいいかもしれない。そう思い口を開きかけたとき、外からモリソンとは違う男の声が聞こえた。
「おい、ここは大商人ダルカン様のお屋敷だぞ。一体何の用だ?」
「へいっ、実はダルカン様に見ていただきたい商品がありまして……」
モリソンがいかにもチンピラな声色で答える。なかなかの演技力だな。そして相手はダルカンの屋敷の門番のようだ。門番は低い声で問いかける。
「……ほう、どんな商品なんだ?」
「この世のものとは思えぬほど美しい、神をも酔わせる酒にございます」
「へえ……。何本あるんだ?」
「四本でさあ」
「……わかった。中に入れ」
通用門が開くような音が鳴り、馬車が動き始めた。仕方ない、リアのことは気になるけれど、今はじっとしていよう。幸いなことにリアのうわ言も止まっている。
ちなみに先ほどのモリソンの言葉が符丁になっているようで、愛玩奴隷になりそうなのを四人さらってきたよ、みたいな意味なんだそうだ。おっさんをさらってきたらどういう符丁になるのか、少しだけ気になる。
通用門を通り、門番の案内に従って馬車がのろのろと進む。馬車と並んで歩いている門番がいぶかしげな声を上げた。
「今回はいつもの野郎じゃねえんだな?」
「へい、実はこいつらを生け捕る際に護衛相手に下手を打っちまいまして……。今回からは俺が役目となりやした」
「おいおい、慎重に事を運ぶのがお前らの信条なんだろう? そんなので大丈夫なのかよ」
「やられたのはあいつだけなんで問題ありやせんよ。今回は獲物がかなりの上玉だったもんで、カシラが少し焦っちまいましてね」
「へえ、上玉ねえ……。中を
門番は返事を待たず、馬車の垂れ幕を引き上げた。見た目二十歳半ばの門番が、鼻の下を伸ばしながら
「ふうん、年増と若いのとガキ二人か。まぁたしかに上玉揃いだな」
年増という言葉に一瞬肩を揺らしたマイヤだったが、それよりも激しく反応する者が一人いた。モリソンである。彼は御者台の上から門番に向かって大声を上げた。
「はあ? 年増だと!? 貴様なにを言っている! 貴様のような若造からすればそう見えるのかもしれんがな、酸いも甘いも噛み分けた女性が漂わせる濃厚な色気こそがまさに至高の一言! この年頃の女性は女としての円熟期を迎え、その表情、言葉、仕草、全てが俺を惑わせるのだ! 少し衰え始めた肌のハリや髪のツヤ、それもまた愛おしいっ! それを貴様は年増の一言で――」
「お、おっさん、わかった! あんたの趣味はよくわかった! 俺が悪かったよ! 俺の趣味じゃねえってだけで全然問題ねえから! ……ったく、年……歳上の女の話になると性格が変わるのかよ」
「あっ、いえ、へへっ、すいやせん。思わず熱くなっちまったようで……」
モリソンが冷や汗混じりにボリボリと頭の後ろをかくと、門番は脱力したようにため息をついた。
「はぁ、もういいよ。それよりほら、入り口に着いたぞ。とりあえず牢屋にぶちこんだらダルカン様に知らせに行くからよ」
どう見ても素のモリソンだったが、なんとか怪しまれずに済んだらしい。モリソンの演説中、マイヤの額に青筋が浮かんでいたような気がするので、こちらは致命傷のような気がするけどね。
俺たちは足のロープだけ解かれ、一人ずつ馬車から降ろされた。リアもどうやら正気に戻ったようで、俺のそばから離れて今はマイヤに寄り添っている。俺は項垂れた演技を続けながら辺りを伺う。
敷地内だというのに馬車移動をするだけあって、周辺には広々とした庭園が広がっている。そして美しく整えられた庭木に隠れるようにひっそりと石造りの建物があった。
門番は建物の重厚な鉄扉に鍵を差し込み解錠した。それから観音開きの扉を両手で重そうに押し続けると、ギイイと不快な音を響かせながら扉が開いていく。
扉の開ききった薄暗い建物の中には、ポツンと地下へと続く階段だけが口を広げて待ち構えていた。ここが地下牢の入り口なのだろう。どことなく不気味な光景に、俺は知らず唾を飲み込んだ。
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