303 衛兵たち

 俺たち待機組四人が牢屋穴の近くで待っていると、平原の向こうから綺麗に一列に並んだ馬車が見えてきた。


 先頭の馬が引くのは荷台に屋根がついた簡単な馬車で、衛兵らしい武装した男たちが乗り込んでいる。その後に続く三台の馬車は箱型の牢屋。牢屋の中にも武装している男たちが乗っているが、おそらく先頭の馬車に乗り切れなかった衛兵だろう。


 先頭の御者台にはセリーヌが座っており、隣で手綱を握る男に俺たちのいる方を指差してみせている。男が頷き、こちらに進路を取った。ちなみに目立つコンテナハウスは既に撤去済だ。


「あれが全部衛兵さん? 結構な大人数で来るんだね」


 馬車を見ながらエステルが呟く。


「捕まえた野盗の数が多いし、護送にはそれなりの人数が要ると思うよ。一人残らずやっつけたエステルのお手柄だね」


「えへへ、マルクに褒められると嬉しいな!」


 照れ笑いしたエステルの長い耳はピコピコと忙しなく動いていた。もちろん今は魔道具のピアスで長い耳を隠しているのだけれど、俺は昨日からなるべく常にマナの流れを意識することを心がけているので、不可視の耳も視えているのだ。


 ニコラ曰く「常日頃からマナの流れを視るのに慣れておけば、何かと役に立つと思いますよ。つまりアレです。ギョウをおこたるなよ」とのことらしい。


 最後はキメ顔だったのでギョウをおこたるなよって言いたいだけなのでは? と思わなくもなかったけれど、役立つこともありそうなので実践している最中なのだ。



 俺がピコピコ動く耳を微笑ましく眺めていると、俺たちの近くで馬車が止まり真っ先にセリーヌが降りてきた。その後ろを衛兵たちがぞろぞろと続いて歩く。


 衛兵たちは見たところ殆どが十代後半から二十代といった年頃の男のようだ。その中で一際貫禄のある三十代くらいの男が訝しげにセリーヌに問いかける。


「おい、あんた。野盗はどこにいるんだ? まさかガセを掴ませたわけじゃないだろうな? これだけの人数を動員してガセなんてことがあれば――」


 どうやらこの男がまとめ役のようだ。仮に隊長と名付けよう。セリーヌは隊長の問いかけを無視して俺に手を振った。


「おまたせ~マルク。それじゃあ一つずつ蓋を開けていってくれる?」


「はーい」


「おい、聞いてるのか? ……って、うおっ!?」


 俺は近くにあった巨大マンホールのような石蓋を砂に分解した。ザアッ……という音と共に石蓋が砂に変わり穴の底へと落ちていく。


 恐る恐る上から中を覗くと、意識を取り戻していたらしい野盗が頭から砂を被りながらこちらを見上げ、久々に見る陽の眩しさに目を細めていた。そして俺とバッチリ目が合うと急に火がついたように叫ぶ。


「そこのガキ! 俺をここから出しやがれっ!」


「うへっ」


 俺は思わず頭を引っ込めた。代わりに駆け寄った隊長が牢屋穴を覗き込みながら口を開く。


「おいおい、この穴の中に野盗を閉じ込めてたのかよ……。こんな大穴、一体どうやって掘ったんだ?」


 そういえばシュルトリアで土魔法の得意な子供に魔法を見せてもらったことがあるけれど、大人が一人がすっぽり入るくらいの穴が精々だった。それを考えると、このレベルの穴を幾つも掘るのは結構すごいことなのかもしれない。


 俺が心の中でドヤ顔をキメていると、セリーヌが急かすように言った。


「冒険者が手の内を簡単に明かす訳ないでしょう? そんなことよりさっさと捕縛をお願いしたいんだけど」


「お、おう、そうだった。その……疑ってすまなかったな。おいっ、全員集合だ!」


 号令と共に衛兵たちが駆け足で近づき、穴を取り囲むようにずらりと並ぶ。隊長が穴の中に向かって叫んだ。


「お前らは完全に包囲されている! 痛い目にあいたくなければ無駄な抵抗は止め、大人しく拘束されるがいい!」


 隊長の降伏勧告が終わり、衛兵たちが一斉に穴の中に向かって槍先を向ける。


「ひいっ……! わ、わかった。勘弁してくれ……」


 野盗のか細い声が穴の底から聞こえ、それから捕縛作業が始まった。



 意識を取り戻していた野盗は反抗することなく自ら縄梯子を登り拘束されていたが、厄介だったのが昏睡したままの野盗たちだ。


 若い衛兵たちがげんなりとした顔で穴の中に入り、しっかりと野盗を拘束をした後で腰に縄を結び付けて地上まで引き上げていた。ご苦労さまです。


 邪魔にならないように離れて作業を見学しながら、セリーヌに尋ねる。


「セリーヌ、ギャレットおじさんは?」


「一応町で待機してもらってるわ。それよりもあれで良かったの?」


 丸一日ぶりの再開に喜びまとわりつくニコラの頭を撫でながらセリーヌが俺に問い返したのは、俺とニコラで野盗の親玉であるルモンを倒したのを隠したことだ。


 今回野盗に襲われた際にセリーヌがみんなを守り、エステルがルモンを含めて全員をひっ捕らえたことになっている。ルモンは俺とニコラに気を取られてる隙にエステルが死角から奇襲したという筋書きだ。


 まだ冒険者になってないエステルにとっては多少の箔付けにはなるだろうし、俺はあまりバイオレンスな方面では目立ちたいとは思わないので丁度いい。それに名誉はなくても――


「報奨金を分けて貰えるんだし、何も問題ないよ」


 だがセリーヌは自らの髪をくしゃりとかき混ぜ、言いにくそうに口を開く。


「ああーそれなんだけどねえ。あいつらってとにかく隠れて略奪行為を繰り返していたみたいだし、賞金首になってなかったのよね~。だから今回は野盗の現行犯を捕まえたことで少し謝礼が出る程度なのよ」


 あの野盗たちは回りくどいことをしながら名を上げないことに必死だったし、目的は達成できていたということなんだろう。残念だけれど、まあ仕方ないか。


『ううっ、私の臨時収入が……』


 ニコラがセリーヌの尻に顔を埋めながらボヤく。そういえば小遣いとか無いもんな。俺が木材を売った収入から少しは分けてやった方がいいんだろうか……。


「人身売買に関して何か情報が出てくれば、そこから謝礼はいただけるかもしれないわ。今の領主様に代わって治安維持に力が入ってるって噂だし。まっ、あまり期待はできないけどね~」


「そっかー。期待しないで待ってるよ」


 領主かあ。そういえばあの変態領主、元気にしてるのかな。男色趣味の片鱗を見たのでお近づきにはなりたくないけれど、貰った銀鷹の護符には何度も助けられているので、会うことがあれば礼くらいは言いたいもんだ。まあ向こうはお貴族様、こちらは平民。二度と会うことはないと思うけど。



 ◇◇◇



 しばらくして手枷と足枷を付けられた野盗全員が牢屋付きの馬車に放り込まれた。親玉のルモンは更に目隠し付きのVIP待遇だ。大人しく牢屋で座り込む野盗たちを見ながら隊長が首をかしげる。


「随分と素直に捕まったもんだな。少しは抵抗があると思っていたんだが……」


「あっ、ああー。私たちが徹底的にやっちゃったからね。もう抵抗する気にもならないのでしょうよ。それより早く出発しましょう?」


「ん? そうなのか。それじゃあ行くとするか。お前たちは荷台に乗ってくれ」


 セリーヌが慌てて話を逸したけれど、何人かの野盗がしているあのうつろな目はマジックドレインの影響がまだ残っているような気がする。相手を無力化するにはいい魔法のようだし、これからも存分に使っていきたいね。


 俺たちが先頭の馬車に乗り込むと、馬車はガラガラと車輪の音を鳴らしながらトルフェの町に向かって進み始めた。

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