302 環境の違い
深い穴をいくつか掘り、野盗にマジックドレインをかけてから数人ずつに分けて放り込む。その後は土魔法で蓋をして、空気穴を開ければ牢屋の完成だ。
暗いし狭いしジメジメするしで、かなり酷い環境のような気がするけれど気にしない。ちなみに統率力のあるルモンは配下と一緒だと面倒なことにもなりかねないので、少し離れたところに個室穴を作ってあげた。VIP待遇である。
「さてと、後は私が見張ってるわ。あんたたちは先に戻って寝てなさい」
「わかった。それじゃあ先に休ませてもらうね。何かあったらすぐに起こしてよ? ……できれば水をぶっかける以外の方法で」
「バカね、あんなの普通に寝てる子にはしないわよ。おやすみなさ~い」
セリーヌは俺が土魔法で作ったアームチェアにクッションを敷いて座り毛布に包まると、毛布からにょきっと出した手をひらひら振って俺たちを見送った。
俺たち三人はセリーヌに背を向けてコンテナハウスへと歩を進める。歩きながら、ふと思ったことをエステルに聞いてみた。
「ねぇエステル」
「うん、何かな?」
「エステル、お風呂に入り直さない?」
「ふえっ!? ボク、そんなにくさいかな!?」
途端に顔を真っ赤に染めたエステルは、慌てた様子で自分の上着の胸元をつまみ上げてクンクンと嗅ぎ始める。
「あっ、いや、違うよ!? ほら、汗かいただろうし、野盗の返り血は浴びてなくてもやっぱり汚れちゃうでしょ?」
全て峰打ちで終わらせたとはいえ、おっさんたちと切り結んだ後だ。清潔にするに越したことはない。今回一番よく動いたのは間違いなくエステルだろうし。
「あー、そういうことかあ、びっくりした……。そういうことなら入らせてもらおうかな。……あの、本当に汗くさかったりしない?」
「あはは、大丈夫だよ」
俺が笑いかけてエステルがほっと息を吐いたところで、ニコラから念話が届く。
『今のエステルのお肌には、おっさんの汗や汁が微粒子レベルで存在している……? そう考えるとなんだか卑猥ですね』
『お前の首筋にも存在しているかもね』
俺の一言にニコラは顔を歪ませ、
『うげ、嫌なことを思い出させないでくださ――ピコーン!』
何かを思い付いたような擬音を発しながらエステルに駆け寄った。そして上目遣いでしおらしく問いかける。
「エステルちゃん、ニコラも一緒に入っちゃ駄目……?」
ニコラは人質にされたことで元気がないシチュを継続中。普段のエステルなら難色を示すところだが……。
「えっ、うーん。そうだね……。手早く入って明日に備えないといけないしね。いいよ、一緒に入ろうか」
「ありがと、エステルちゃん」
『しゃあああああああああ!』
ニコラの二元放送が俺の脳内に
そしてコンテナハウスの側面に再度作り上げた階段を登り、エステルとニコラが風呂のある二階へ上がって行った。
俺も後ろからついて行き、屋上に直行するために開けた穴を塞いでからお湯の準備とタオルを二人に手渡した。それから一人で玄関前に戻ると土魔法で塞いでいた玄関を元通りにしてコンテナハウスの中へと入った。
野盗の襲撃時には真っ暗だったコンテナハウス内だが、今はティオが点けたであろう魔道ランプで明るい。
俺は部屋の眩しさに目を細めながら下駄箱の前でふと立ち止まり……少し考えた後、今夜はこのまま中に入ることにした。既に土足を解禁しているので、今更靴を脱いだとしても足が汚れるだけだ。
明日セリーヌを待ってる間に掃除させてもらおう。窓も元に戻さないといけないし、絨毯も敷き直さないと。やらないといけないことがたくさんあるなあ、くそう野盗め……。
「おかえり、マルク」
俺が明日やるべき作業を思い浮かべてげんなりとしていると、窓のすぐ近くにいたティオが近づいてきた。
「ただいまティオお姉ちゃん。後始末も終わったし――わぷっ」
話し終えるよりも先に、しゃがみ込んだティオにぎゅっと抱きしめられてしまった。突然の出来事に驚いたが――ティオの体からは震えが伝わってきたことで理由はすぐにわかった。そうか、そりゃそうだよな。
「ごめんね、ティオお姉ちゃん。もっと早く戻ってくれば良かった。独りにして本当にごめん」
「……ううん、あんたたちは一生懸命戦っていたのに、じっとしているだけの私がこんな有様なんて自分が情けないよ」
そうは言っても仕方ない。正直なところ俺はセリーヌの存在が心強かったしそれほど怖くはなかったけれど、セリーヌの実力を知らないティオからすると気が気ではなかったことだろう。
野盗の立てる物音や怒鳴り声も聞こえていただろうし、俺たちがやられたら最後に残った自分はどうなるのか、テーブルの下でうずくまりながら必死に恐怖に耐えていたはずだ。それは元凶を取り除いたからといって、すぐに立ち直れるものではないのだろう。
「ごめんよマルク。もう少しだけこうさせていてくれる……?」
「いいよ。もう安心していいからね。野盗は全員やっつけたし、今はセリーヌが見張ってる。ティオお姉ちゃんも頑張ったね」
そう言ってポンポンと背中を撫でてやった。ティオは軽く頷き、抱きしめる力が少しだけ緩まる。
「私は何にもしてないよ。でもありがとね……ぐすっ」
それから数分ほど鼻をすする音を聞きながらされるがままになっていると、突然ティオがすくっと立ち上がった。
「――いやあ、ごめんね? 弟よりも小さい子に守られたり慰められたり、情けないったりゃないね! ははっ!」
明るく笑ったティオの目はまだ少し赤いが、随分と落ち着いたようにも見える。おそらくもう大丈夫だろう。
「仕方ないよ。あんな数の野盗がやってきたら誰だって怖いし」
「そのわりには私以外はみんな平気そうだったよね。中から聞いていたけど、マルクなんか野盗の親玉だったルモンをやっつけたんだろう? すごいじゃない」
「まあ僕とニコラは野盗に襲われるのは三度目だし、セリーヌは冒険者、エステルだって冒険者志望だから。ティオお姉ちゃんとは違うよ」
「野盗に三度襲われるってそれはそれで酷いね……。それにしても、マルクは弟より歳下だってのに落ち着いてるねえ。本当に世話になってばかりだよ。どうやって借りを返せばいいんだろうね?」
「気にしないで。それよりエステルとニコラがお風呂から戻ってくるのはもう少し後になるし、僕らは先に寝ておこうよ」
「そうだね。……ふふっ、あんたがもう少し大きければ、お礼は体で支払ってあげてもよかったんだけど」
ティオは妖艶な笑みを浮かべると、俺の首筋をついっと撫でた。
……何言ってんだ、この人は。こういう時は何もわからない振りに限る。俺は会心のキョトン顔をティオにしてみせると、ティオは軽く吹き出した後、「やっぱりまだ早かったね」と言いながら寝室に向かって歩き始めた。
◇◇◇
そして翌朝、予定通りにセリーヌとギャレットは二人で先にトルフェの町に行くことになった。
俺、ニコラ、エステルは留守番である。ティオも一緒に町に行ってくれても良かったんだけれど、彼女から「何か自分にも手伝わせてほしい」との申し出を受け、コンテナハウス内の掃除を手伝ってもらうことになった。
ちょっと土足で入っただけなのに部屋中砂だらけになっていたので、この申し出は正直助かった。ティオは俺よりもずっと年季の入ったモップ
掃除の合間には野盗が目覚めた気配のする穴にマジックドレインをかけて回る。エステルやニコラがすぐに知らせてくれたので、見張りはそれほど難しくもなかった。
昼頃に一度目覚めたルモンから、ギフトが無いギフトが消えた……とブツブツ呟く声が聞こえたけれど、こちらからは何も答えることなくマジックドレインで再び昏睡してもらった。どうやら本人もまさか俺にギフトが吸収されたとは思ってもみないようだ。
往復する時間と手続き等を併せて、戻ってくるのは翌日になるだろうとセリーヌは言っていたが、その言葉どおりに翌日の早朝。セリーヌは十数人ほどの衛兵と幾つもの檻が繋がれた馬車を引き連れて、こちらに戻ってきた。
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