297 カシラ

 野盗たちが眩しそうにセリーヌを見上げ、次にお互いの顔を見合わせた。


「あれが冒険者か?」「へぇ……カシラの言った通り、いい女じゃねえか」「ヒヒッ、今から泣き叫ぶ顔を見るのが楽しみだぜ……」


 セリーヌの警告を当然のようにスルーし、軽薄に唇を歪ませながら野盗たちがざわめき始める。どうやら随分と自信があるようだが――そこに突然大声が響いた。


「無駄話もそろそろ止めな! 見ての通りの上玉の女三人にガキ二人、全員高く売れるぞ! 殺さねえ程度に痛めつけちまえ!」


「うおおおおおー!!」


 突然の檄に野盗が各々が手に持つ武器――片手斧、長剣、弓矢等を上に掲げて雄叫びを上げる。同じく掲げられた松明の明かりに、後方から檄を飛ばした男の顔が浮かび上がった。見知った顔だ。ルモンである。


 どうやらコイツが野盗の内通者でそのうえ親玉のようだ。……まぁね、明らかに怪しかったもんね。それでも態度が怪しいくらいで疑っちゃダメだよねって思ってたんだけどな。


 ルモンは屋上の俺たちを見上げながら部下に命令を下す。


「お前ら! 矢を射掛けろ!」


「おうっ!」


 数人の男がこちらに向かって弓を構え、すぐさま矢を撃ち込むが――


「――火の壁ファイアウォール


 セリーヌが言葉と共に片手を振るう。すると瞬時に現れた真っ赤な炎の壁は飛んできた矢を飲み込み、ジュウと音を立てると矢尻の残骸がボロボロと地面にこぼれ落ちた。


「んなっ!?」


 ここまで余裕の表情を浮かべていた野盗たちにようやく困惑の色が差し込む。それを見たセリーヌがつまんなそうに地上を見下ろした。


「バカねー。こんなものが私に効くわけないでしょう? 冒険者を甘く見ないでもらえるかしら」


「とにかく撃ち続けろ! おい、玄関はどうなってる!?」


「カシラァ! 駄目だ、塞がれてやがる!」


 落とし穴の端っこから槍で器用に玄関の扉を開けた野盗が答えた。ちなみに玄関に付けていた魔道具鍵は壊されたくないのでもちろん取り外している。……壊されるから鍵を取り外すって、鍵って一体なんなのだろうね。


「チッ、上に登るぞ! ロープ持ってこい!」


 ルモンに指示をされた男が慌てて背中のリュックから鉤爪付きのロープを取り出した。なかなか用意周到だ。目立つ建物だし、どこかから見張られていたのかもしれない。


 ロープを準備する間にもひっきりなしに飛んでくる矢や石を火の壁ファイアウォールで全て防ぎながら、セリーヌが呆れたように目を細める。


「素直に引くなら見逃してあげても良かったんだけど、ほんと魔物と変わんないわね。……さてと、野盗が上に登ってくるまで大人しく待っている道理もないし、屋上ここからいくらでも狙い撃ちできるんだけど――エステル~?」


「は、はいっ!」


 少し現場の空気に飲まれていたエステルが、緊張した面持ちで返事をする。セリーヌは目線を地上に向けたまま、どうってこともないように言葉を続ける。


「あんたも冒険者になるなら、これはいい機会だわ。下に降りてあいつらを制圧してらっしゃい」


 その瞬間、普段は良い子でちょっと不器用なエステルの瞳が爛々と輝く。


「――うんっ!」


 グリーンフォックスの狩りの時も見た好戦的な瞳だ。狩りの時の彼女は別人である。シュルトリアでは何度か一緒に狩りに出かけたけれど、森を自在に駆け巡りグリーンフォックスの首を一撃で刈り取る姿は正直ちょっと引くレベルだ。


 しかしそれはあくまで魔物に対してである。対人戦は大丈夫なのかな?


 ――なんて心配をしている間にエステルは素早く屋上から飛び降り、野盗の前に降り立つ。そして突然目の前に現れたエステルに硬直している野盗に素早く二刀の短剣を振るうと、野盗は悲鳴を上げる間もなく崩れ落ちた。見たところ峰打ちなのだろうか。血が吹き出るような様子はない。


 どうやら動き自体は対人戦でも特に変わらない様子だ。エステルは縦横無尽に地上を駆け巡り、次の獲物に向かって走り出す。エステルが駆ける先には長剣を携えた男がいた。


 一直線にやって来るエステルを迎え撃つように野盗が上段から長剣を振り下ろす。彼女はくるりと舞うようにそれを半身で避け、回転した勢いそのままに自らの短剣を横薙ぎに男に浴びせた。


「――がふっ!」


 男はうめき声を上げ頭から地面に倒れ込むと、エステルはそのまま走り抜けていく。


「カシラァ! 冒険者は一人じゃなかったのかよ!? 降りてきた女も強えじゃねえか!」


 エステルの戦う姿に声を荒げる子分に、ルモンが狼狽えながら叫んだ。


「なっ、なっ……。こんなはずは……。クソッ! お前らなんとか持ちこたえろ!」


 ルモンは身を翻して走り出した。そっちには俺たちが乗ってきた馬車があるはずだ。エステルはコンテナハウスの裏側の野盗と切り結んでいて気づいていない。火の壁ファイアウォールを繰り出しながらセリーヌが声を上げる。


「御者さんを人質に取られると面倒ね。マルク~、あいつはあんたが追いかけなさい。できるわね?」


 相変わらず俺に対するスパルタ教育は継続中らしい。だが文句を言ってる時間もない。ルモンはもう馬車に向かって走り出しているのだ。俺は口の中の唾をゴクリと飲み込んでから、覚悟を決めて答える。


「わ、わかった」


「もし御者さんを人質に取られたなら、とにかく時間を稼ぎなさい。こっちが終わり次第すぐに駆けつけるわ。それじゃあ頑張ってくるのよ!」


 セリーヌに送り出されながら柵に向かって走り出そうとすると――


「ニコラも行くっ」


 ニコラが背中にしがみついた。俺は念話で問いかける。


『お前もついてくるの?』


『馬車の近くに小さな森がありました。あそこに逃げられるとお兄ちゃんの空間感知では追えなくなります。どうせなら逃さないほうがいいでしょう? 私だって安眠の妨害にはイラっとしてるんですからね。逃げ得は許しません』


 ニコラは食うこととセクハラすることの次に寝ることが大好きなだけに、その恨みは深いらしい。しかし今更ながらコイツって、三大欲求にとても忠実に生きてるな……。


 いつの間にか矢や投石は止んでいた。屋上よりも先に地上を駆け巡るエステルに注意が向いているのだろう。ひとまず火の壁ファイアウォールを止めたセリーヌがちらりとこちらに顔を向けた。


「ニコラちゃんも行くの? ……そうね、その方がいいかもしれないわね。行ってらっしゃい」


「うん!」


 セリーヌもニコラの感知には絶対の信頼を寄せている。ニコラの言う通り、逃げられる可能性について考えたのだろう。


「それじゃあ行ってくるね!」


 俺はニコラを背負い直して駆け出すと、その勢いのまま屋上から飛び降りた。

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