289 ティオとルキ

「ルキ、あんた家の手伝いをしっかりするんだよ?」


「わかってるよ。姉ちゃんも向こうでヘンな男に引っかかったりするなよな?」


「ははっ、一丁前なこと言ってくれるじゃない!?」


「ちょっ、止めてくれよっ!」


 ティオが笑いながらルキの頭をぐりぐりと撫でると、ルキは恥ずかしそうに体をよじって振りほどく。姉弟仲がよさそうでなによりだね。


 宿屋の主人はじゃれ合う二人を眺めながら、浮かない顔で無精髭をさすっている。


 昨日は仕事中でも酔っ払っているところしか見ていなかったけれど、さすがに今朝は素面しらふのようだ。もしかしたら昨日は娘との別れを目前に控え、酒を飲まずにはいられなかったのかもしれない。


「ティオ、話は兄さんにしっかりと通してるからな。嫌ならすぐに帰ってきてもいいし、逆に住みやすいのなら家のことは気にせず向こうで暮らしてもいい。お前の好きにしていいんだぞ?」


「わかってるよ。まぁ一度町で暮らしてみたいと思ってたし丁度いい……って、この話は何度もやったしもう止め止め! それよりもほら、お客さんが降りてきてるよ!」


 ティオの言葉に主人がこちらに振り返り、俺たちの姿を認めると少しバツが悪そうに頭をかいた。


「ああ、すまないね、おはようさん。朝食を食べていくかい? 一人前で銅貨五枚だ」


「ええ、よろしくお願いするわ。四人前ね」


「はいよ、少し待ってくれ」


 セリーヌが注文すると、主人は隣にいた女将さんと厨房へと引っ込み、場にはティオとルキが残された。


「私も朝食一緒でいい?」


 ティオは俺たちの返事を待たず、目の前の椅子に腰掛ける。


「あら、ご家族とゆっくり別れを惜しんだ方がいいのじゃないかしら?」


「あはは、向こうの暮らしが良ければそのまま居付くつもりだけど、悪けりゃすぐ戻ってくるつもりだからね。あんまり大層なお別れをして、すぐに戻ってきたらかっこ悪いじゃない?」


 たしかにそれは一理ある。盛大に送ってもらうと戻りにくくなるもんだ。前世で遊んだネトゲなんかだと、盛大な引退式を開いた人ほど戻ってくるという変なジンクスもあったけどね。


 そのまま俺たち四人とゲスト一人が席に着き満席になったところで、ルキが椅子を引きずりながら俺に近づいてきた。


「なあ、俺も一緒に食っていいか?」


 あっさりとした姉に比べて弟はまだまだ別れがたいらしい。一応お伺いを立てるようにセリーヌに目線を合わせてみると、セリーヌは軽く頷いてみせた。


「うん、いいよ」


「ありがとな。それと……道中は姉ちゃんのことをよろしくな」


「えっ? あー、それは……その」


「なんだよ、歯切れが悪いな」


 ルキが唇を尖らせながら椅子に座る。昨日は俺の魔法をキラキラした目で見学していたので、ルキの中で俺の評価がダダ上がりしているのだろう。


 しかし冒険者でもない九歳の俺にそんなことを言われても責任が持てないし、護衛については俺よりも酒で買収されたセリーヌに言って欲しいんだよなあ……と、再びセリーヌに顔を向けると即座に顔をそらされた。ひどい。


 その様子を見ていたティオが軽く息をつき、ルキに話しかける。


「ルキも心配性だねえ~。そもそもめったに野盗も魔物も出ないから、乗り合い馬車が定期的に出せるんだからね? 気にしすぎだよ」


「まあ、そうなんだろうけどさ……」


 ルキがぼそぼそと答えると、ティオはこれで話は終わりとばかりにテーブルから身を乗り出してニコラを覗き込んだ。


「ところでさ、昨日から思ってたんだけど、あんた本当にかわいいわねー。ねぇ、歳はいくつ?」


「ニコラは九歳だよ!」


 ニコラはよそ行き全開の笑顔で答える。ティオは満足そうに頷くと、俺にも尋ねた。


「そっちのボクは?」


「僕も九歳だよ。ニコラとは双子なんだ」


「えっ、マルクって俺より年下だったのか!?」


 定番の双子似てないネタになるのかと思いきや、それよりも先にルキが俺の年齢に食いついた。


「えっ、ルキはいくつなの?」


「俺は十歳だよ。背は俺より低いけど、てっきり同い歳かと思ってた……」


 相変わらず俺は子供っぽく振る舞うのは下手らしい。ティオが俺とニコラ、ルキをぐるりと見回しながら口を開く。


「行儀もいいし、ルキよりしっかりしてるもんねえ。それに比べると妹ちゃんはまた随分と雰囲気が違うね。ルキは妹ちゃんはどう思う?」


「あっ、ああ、こっちは歳下って感じかな……」


 ルキが言いにくそうに口ごもりながら答える。途端にティオがニヤニヤとからかうような笑みを浮かべた。


「へぇ……。ふふふふ」


「な、なんだよ」


「あんたったら、こんなかわいい子と同じテーブルに着いて照れちゃってるのね」


「ちょっ、そんなことないからな!」


 ルキが顔を赤らめながら声を上げるが、これってもう白状したようなもんだよね。


 シュルトリアでは肉食系の少年が多かったので、ルキのような初々しい反応には懐かしさすら覚える。ニコラは久々のスタンダードな反応に『こういうのでいいんだよ、こういうので』と目を細め、ティオは面白いおもちゃを見つけたようにニンマリと口元を釣り上げた。



 ◇◇◇



 ティオがひたすらルキをからかい続けた賑やかな朝食を終えると、俺たちはそのまま一緒に乗り合い馬車の停留所へと向かうことになった。


 ちなみに朝食代はティオが主人に何やらひそひそと囁いた後に無料ということになり、セリーヌががっくり肩を落としながらため息を吐いていた。


 なんだかんだで世話焼きのセリーヌだし、これはもうなし崩し的に護衛依頼を受けたと思ってよさそうだ。冒険者として契約にシビアな面を俺やエステルに見せたいところだったんだろうけど、俺はこういうセリーヌも嫌いじゃないよ。

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