280 ベッド
夕食はコンテナハウスの中で予定通りにビーフシチューだ。暖かい部屋、温かい食事にカズールは満足した様子で、ビーフシチューを何度もおかわりをしてくれた。
その食事の席で聞いたところ、カズールはギフトで動物を癒やしていると非常に腹が減るらしい。言われてみれば確かに彼は移動中も御者台の上で、もっしゃもっしゃと白パンを食べまくっていた。線が細いわりによく食うなあとは思っていたけれど、理由があったんだね。
魔力が減るのではなくて空腹になるといったあたり、ギフトは魔法よりもずっと個性的なものらしい。アイテムボックスひとつとっても大きさに個人差があったりするし、ギフトというのは色々と興味深い。
その後は二階の風呂に順番に入ることになった。以前は二階というか屋上に風呂があるような状態だったのだけれど、寒くなってくると毎日露天風呂というのはキツいものがある。そこで冬を迎えた頃に土魔法で全体を囲い、二階をまるまる風呂場に改装したのだ。簡単にリフォームが出来るのも土魔法住宅の良いところだと思う。
そんな俺ご自慢の風呂だったが、残念なことにカズールは風呂嫌いらしく、風呂は遠慮するとのことだった。
そういうことで最初はセリーヌとニコラ、次にエステル、最後は俺が入った。相変わらずエステルはニコラとは一緒に風呂に入れないらしい。でも俺と一緒に入ると言い出さなかった分、以前より成長したと言えるよね。
◇◇◇
そして今は全員風呂から上がり、暖かい部屋でのんびりと体を休めている最中だ。明日は日の出と共に出発し暗くなるまで移動する予定なので、もう少ししたら寝たほうがいいだろう。
「そろそろ寝床を作っておこうかな?」
俺は寝そべっていた絨毯から立ち上がり、そう呼びかけた。現在この広いコンテナハウスに部屋は俺とニコラの寝室、トイレ、厨房兼ポーション作製部屋の三つしかない。残った空間は全て今集まっている広間ということになる。そこに土魔法で仕切りを作って部屋を作るのだ。
……うーん、さすがに嫁さん募集中のカズールと歳頃の女性陣の部屋は、少し離したほうがいいのかな? いやもちろん、そういうことをしそうな人には見えないけどね? 一般常識的な話としてね?
なんてことを考えながらふとカズールの方を見ると、バッチリと目が合った。俺の懸念を知ってか知らずか彼が声を上げる。
「ああ、俺は外で寝るよ~。綺麗どころのお嬢さん方と一つ屋根の下というのは、とても魅力的なんだけどね」
「ええっ、そんなことさせられないよ」
風呂も入らない、家の中で寝ないって、申し訳なさすぎる。俺としては親切に馬車に乗せてくれた彼を思う存分にもてなしたいのだ。
俺たちの声を聞き、椅子にもたれかけながらグプル酒を飲んでいたセリーヌがこちらを向いた。ちなみに以前の野宿中は禁酒で通していたのだけれど、冬場のアルコールは暖を取るのに有効だと今回は押し切られた形だ。でも三杯までね。
「そうよ。カズールさんあっての馬車の旅なんだし。気にせず部屋の片隅で寝てくれればいいわよ~」
それでも部屋の片隅なのかいと、本気なのか冗談なのか分からないセリーヌの言葉に、カズールが肩をすくめる。
「ははは、男嫌いのセリーヌにそこまで妥協してもらえるのは光栄なんだけどね。気を使ってるわけではないから」
「どういうこと?」
俺の問いかけに、カズールは壁際に掛けていたコートを着込みながら答える。
「俺は野宿の間さ、馬たちの傍で寝ることにしてるんだ。そのほうがあいつらも疲れを残さず明日を迎えられるからね。それに今までそうやってきたのに、今日になって急に来なくなったりするとあいつらも寂しがるだろう? そういうことさ。それじゃあおやすみ~」
カズールは玄関に向かいながら俺たちに手を振ると、そのまま外へと出ていった。パタンと扉が閉まる安っぽい音がした後、俺はセリーヌと顔を見合わせる。
「……まっ、そういうことなら仕方ないわ~。カズールさんには明日も美味しい食事を楽しんでもらってお返しすることにしましょ」
そうだな。それじゃあ明日は肉だ。肉しかない。俺は明日の肉フェスティバル&カーニバルを決意して頷いてみせた。
「ふふ、それじゃあ私たちもそろそろ寝ましょうか~」
セリーヌが飲み干したコップを片手に厨房へと歩き出す。するとその腰にニコラが甘えるようにまとわり付いた。
「ニコラ、セリーヌお姉ちゃんと一緒に寝たーい」
「あら、そういえばニコラちゃんと一緒に寝るのも久しぶりかしらん。いいわよ~、一緒に寝ましょうか」
「わーい!」
『久々にセリーヌっぱいを堪能しますよイヤッフウウウウウ!』
ニコラの雄叫びが頭に響く。そういえばニコラがセリーヌと一緒に寝るのは、俺とコンテナハウスで住みだして以来となるのか。
あの時はずっとセリーヌと住んで飽きがきたら困るとかなんとか言って、俺のコンテナハウスに転がり込んで来たけれど、俺としてもぼっち暮らしは寂しいことになっただろうし、それなりに感謝している。
だからニコラにはこれからしばらくの野宿生活で、久々のセリーヌとの同衾を楽しんでくれればいいと思う。……あくまで常識の範囲内でな。
「えーと、それじゃあエステルはどうする?」
俺はセリーヌにまとわりついたまま厨房へと消えたニコラを見送りながら、エステルに声をかけた。するとエステルは椅子に座ったままもじもじと体を揺らす。
「えっと、その、それって、マルクと……?」
「え? いや、セリーヌと一緒に寝るのかなって思って」
女子お泊り会って感じで、一部屋に固まって寝るのを想像していたんですけど。
「へあっ!? あっ、あっー、そうだよね! ボ、ボクは一人で大丈夫だよ!」
エステルは頭から湯気でも出しそうなほど顔を真っ赤にしながらコクコクと首を振った。まぁセリーヌと一緒にとなるとニコラも付いてくるしな。邪心に敏感でニコラと一緒に風呂にも入れないエステルに同衾が出来るわけもなかった。
いつか俺も成長してエロい心が芽生えたりすると、エステルにあんな風に避けられたりするのだろうか。それはちょっと悲しい。
しかし今そんなことを考えても仕方ない。俺は気を取り直すと、土魔法で仕切りを作って部屋を作ることにした。俺とニコラの部屋の隣にセリーヌの部屋。その隣にエステルの部屋と石壁で仕切りを作る。
簡単な仕切りだけではあるが、とりあえず部屋の完成だ。後は家具を作らないとな。
「今からエステルの部屋を整えるね。見てみる?」
「うん、見せて!」
笑顔のエステルが小走りで俺に駆け寄る。エステルは魔法を見るのが好きなのだ。悲しい未来を想像してポイントを稼ぎたくなったわけではないけれど、俺はエステルと一緒に何もない部屋へと入って行った。
まず作るのはベッドだ。
コンテナハウスを作った当初のベッドは、まるで墓石を横に倒したような単なるブロックだった。しかしニコラから「床から冷たさが這い上がってくるようです。お腹が冷えます」とのクレームが入ったのだ。
そこから試行錯誤した結果、土魔法でパイプの様な棒をいくつも作り、それを組み合わせてパイプベッドみたいな物を作ることに成功した。
強度を第一に考えたので実際のパイプのように中が空洞ではないけれど、それでも墓石の上に寝るよりは随分とマシになったと思う。墓石よりもずっと軽いので、自分で気軽にベッドの位置を動かせるのもいい。
俺はエステルの身長に合ったパイプベッドを作り上げると、エステルから預かっていた敷布団やらの寝具一式をアイテムボックスから取り出し、パイプベッドの上にドンと載せた。
すると普段のエステルを少し濃くしたような匂いが部屋の中に漂った。普段使っていた物だったらしいが、急ぎだったので干しているヒマもなかったのだろう。
「あーっ、えっとベッド、すごいね!」
エステルもそれに気付いたのか、ごまかすように俺に声をかける。別に気にしないでいいのにね。嫌いな匂いじゃない。しかしごまかしてることをあえて口にするほど俺もアホでもないので、そのまま粛々と部屋作りに勤しむことにしたのだった。
◇◇◇
エステルとセリーヌの部屋にパイプベッドと簡易クローゼット、ミニテーブルを作り、とりあえず部屋は完成した。
「マルク、ごくろうさま~。それじゃあ寝ましょうか。もちろん私もやっておくけど、マルクもしっかり空間感知しておくのよ?」
「はーい、おやすみなさい」
俺たちはおやすみのあいさつをして、それぞれの部屋へと入っていった。俺は自分の部屋に入るとさっそくベッドに潜り込む。
今日はポータルクリスタルで魔力をたくさん使ったし、久々の馬車の旅だったこともあり、すごく疲れた。目を閉じればすぐにでも寝れそうだ。
そして布団をしっかりと体に巻きつけ、空間感知を発動させ――ようとしたところでふと思い出した。……そういやセリーヌと一緒の家に泊まるのって、セリーヌに襲われそうになって以来だよな……。
いや、さすがにあの時のように密着して寝てるわけでもないし、あれから魔力供給もたくさんこなしてセリーヌも慣れたことだろう。もう大丈夫だよね。うん、うん。
俺はひとしきり自分を納得させると、念入りに空間感知を発動させて眠りについた。これはあくまで外の魔物対策なのである。
――後書き――
思いつきで描いたコンテナハウス見取り図(暫定)をツイッターに掲載しています。セリーヌとエステルの部屋増築前です。よかったら見てやってくださいませ!
https://twitter.com/fukami040/status/1221091348398260225
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