273 恋の駆け引き

「フハハッ!」

「チッ……」


 先制攻撃ファイアアロー浮遊レビテーションで軽やかにかわした突然の乱入者――ディールがふわりと地面に降り立ち、セリーヌが忌々しげに舌を鳴らす。


 無礼な輩に対してもそれなりに大人な対応をするセリーヌだが、相変わらずディールに対しては感情を隠そうとしない。今も背景に「!?」が似合いそうな顔でディールを睨みつけている。


 カズールは慌てながら庇うように馬車の前に立ち、トリスはシーニャを後ろから抱きかかえると、セリーヌとディールから視線を外さないまま後ろに下がった。


「おいセリーヌ。火事は勘弁してくれよ?」


「わかってるわよ。だから速攻で片を付けたかったんだけど……。ああっもうっ!」


 苛立った様子のセリーヌが、いつの間にか取り出した魔法のワンドを手に持ちながらディールからじりじりと距離を取る。セリーヌが後退する方角にあるのは魔道具実験場。比較的安全にファイアアローをぶっ放せるあのグラウンドに誘導するつもりだろう。


 ディールはマントをバサッと振り払い、張り付いていた枯れ葉を落とした。そしてマントが緑一色になったのを確認し満足げに頷くと高らかに声を上げる。


「フハハ、セリーヌよ! お前のポータルストーンはまだ完成していないだろう? そのような状態で村を出ることは、この俺が許可しないっ!」


「別にあんたに許可されようがされまいがどうでもいいけれど、お生憎様ね。ポータルストーンはもう完成しているわよ」


 セリーヌが胸元からポータルストーンを取り出し、ディールの方へ突き出して見せる。それを見たディールが驚愕に声を震わせた。


「な、なんだと……!? セリーヌ、これは一体どういうことだ?」


「あんたに種明かしをするつもりは無いわね。……っていうかね、そもそも完成していないと思ってたくせに、どうして今日の出発を察知したのかしら?」


「ふむ、それはまさに愛ゆえの奇跡と言えよう! お前が今日、村から抜け出すような予感がニュッと湧いて出たのだ! どうだセリーヌ、俺の溢れんばかりの愛を目の当たりにして惚れ直しただろう?」


「相変わらず病的に勘が鋭いわね……」


 引き気味に呟きセリーヌが自らの腕を擦る。きっと鳥肌でも立っているのだろう。……あれ? そういえば。


『ニコラ、お前ならディールの接近がわかっていたんじゃないの?』


『ええ、わかってましたよ。でもどの道どこかで見つかってたでしょうし、それならここで見つかるのが一番ラクかと思いまして』


『確かに言われてみればバトルフィールドはすぐ近くにあるし、これで良かったのかな』


『しかし不意打ちも失敗しましたし、戦いは長引くかもしれませんねえ。ヤヨケドリの時みたいに油断はしてくれないみたいですよ』


 ヤヨケドリを狩りに行った帰り際では、セリーヌに不意打ちを食らってド◯フの爆発コントみたいにこんがりと焼けていた。今のディールに油断は無いだろうし、不意を突くのは難しそうだな……。


 俺たちが念話を交わしている間にも、じりじりと間合いを詰めるディールと後ろに下がるセリーヌ。そんな膠着状態の中、一歩足を踏み出す者がいた。


 ――エステルだ。彼女は一度言いにくそうに目を伏せた後、意を決したように口を開いた。


「えっと……、ディールさん。これまでだって、セリーヌはあなたの求愛を断っているんだし、その……、そ、そろそろ諦めたほうがいいんじゃないかな?」


 至極まっとうな意見である。


 エステルの言葉を聞いたディールは一瞬ポカンとした顔をすると軽く首を振り、道理の分からぬ子供を諭すようにゆるゆると答える。


「……ふむ、エステルよ。お前はまだ子供だからな、理解が及ばないのは仕方あるまい。これはな、恋の駆け引きという物なのだ」


「恋の、駆け引き……?」


 エステルがオウム返しに呟くと、ディールが鷹揚おうように頷いてみせた。


「うむ。女というものはな、俺から愛を囁かれると、困ったことにそれを本気ではなく遊びではないかと不安になってしまうのだ。だがこれは当然のことだろう。なぜなら俺は天才であり天下の傑物であるのだからな。そんな俺からの愛が真実かどうかを確かめるためには、どうすればいい? ……答えは一つだ。愛を信じることができるまで幾度も俺を拒み続けるしかない。ふふ、実に愚かではあると思うが、なんとも健気で愛らしいではないか」


 ……ええっと。つまり前世で例えると、いきなりアイドルとか有名人から求愛されて、「なにこれ、ドッキリなの?」って戸惑って断っちゃうってこと? いやいや、その理屈はおかしい。エステルも同じ気持ちなのだろう、顔を強張らせながら無言で一歩後ずさった。


 謎理論を唱えたディールは慈しむような目でセリーヌを見つめ、セリーヌの顔からはついに表情が消えた。アカン、これはもう爆発するのも時間の問題だ。物理的に森が爆発炎上するのはなんとか避けたいところだけれど。


 しかしセリーヌの手が動くよりも先に、再びディールの口が動いた。


「俺の見立てでは、今年の冬の寒さで俺の愛の温もりをより一層深く感じたお前は、ついに俺の愛を受け入れることになるのだが……。今のままではお前を村に留まらせるのが難しいのも確かだ。これを打開するには……ふむ……おおっ、名案が浮かんだぞ!」


 何かを思いついたのか、ディールはピコンと長い耳を立てると、ここで今日初めて俺の方へと顔を向けた。


「子供っ! 俺はお前を買収することに決めたぞ!」


 俺を買収? セリーヌを目の前にして買収発言とか相変わらず頭がおかしい。そんな俺の戸惑いをよそに、ディールは自信ありげに口の端を吊り上げた。


「ククク、子供よ。お前はポータルストーンを欲しくはないか?」

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