272 カズール

 隷属の首輪を貰った後は、まったりと時間を過ごす。随分と早起きしたのだろうか、話し疲れたシーニャがウトウトとし始めた頃、玄関扉からノックの音が鳴りシーニャの肩がビクンと揺れた。


「ふぇっ?」


「ああ、来たみたいだな」


 トリスが玄関扉を開くと、耳までかかった暖かそうな茶色の帽子をかぶった温和な顔つきの男が中へと入ってきた。二十代半ばに見えるけれど、ハーフエルフと聞いているので見た目通りの年齢ではないのだろう、行商人のカズールだ。


「やあ、どうもどうも」


 カズールは挨拶をしながら寒そうに手をこすり合わせる。外は結構寒くなってきているらしい。家の中は薪ではなく壁に取り付けた温風が出る魔道具で温かいけどね。


 ちなみに俺も同じ物を貰っている。冬が近づいてきた頃、コンクリ打ちっぱなしのようなコンテナハウスはとんでもなく冷え込んできたので一品譲ってもらったのだ。家の中に暖炉を作ることも考えたが、薪の準備や掃除が面倒だと思っていたのでとてもありがたかった。


「カズールさん、急なお願いを聞いてくれてありがとね~」

「こんにちは。お世話になります」


 セリーヌとエステルが声をかけると、カズールは朗らかに笑いながら空いている椅子に腰掛けた。


「まあまあ、気にしないで。俺もいっつも一人で移動するのも退屈だしさ。むしろ話し相手が四人もいるなんて嬉しいね。ああ、どうも。ずずっ……」


 のほほんと答えながらトリスが差し出した熱いお茶をすする。秋に行商に来た時は特に目を引く商品がなかったこともあり、それほど会話を交わすこともなかったのだけれど、どうやら人当たりの良さそうなタイプのようだ。


「一人が嫌なら嫁さんでも見つけて、夫婦で行商することだな」


「いやあ、出会いはたくさんあるんだけどね。流しの行商ってだけでもう相手からすれば結婚相手として無理みたいでさ。困っちゃうよね~」


 トリスの言葉にカズールは全然困ってなさそうな顔でニヘラと笑う。どうやら定住地を持たずに行商するタイプらしい。たしかにそれは嫁さんを見つけるのも難しいのかもしれないなあ。


「まっ、俺みたいに行商にやりがいを持ってくれそうな嫁さんを地道に探すよ」


 肩をすくめながら話を締めくくり、カズールが俺とニコラの方に向き直る。


「さてと、君たちとも一度会ったことはあるけれど、これから一緒に移動することだし、軽く自己紹介でもしようか。俺はこの村生まれの行商人、カズールだよ」


「僕はマルク、九歳です。ファティアの町から来ました。よろしくお願いします」


「双子の妹のニコラだよ。よろしくね!」


「はーい、よろしく。セリーヌから少しだけ話を聞いたんだけど、二人とも、とても魔法が得意らしいね?」


「えっと、まぁ……」


 自信がないわけではないけれど、素直にうんと言うのもなんだか恥ずかしい。そんな小心者っぽい考えに言葉を詰まらせていると、トリスがニヤリと笑いながら口を挟んだ。


「ああ。移動中に披露されるだろうから、楽しみにしておけ」


「ははは、それじゃあ楽しみにしておこうかな……。っと、それじゃあ自己紹介も終わったし、そろそろ行っちゃうかい?」


「いいのか? もう少しゆっくりしていってもいいんだぞ」


「どうせ御者台に座れば休憩してるようなもんだしね。あんまり変わらないよ~」


「ふぅん、そんなものか。セリーヌたちは大丈夫か?」


「ええ、行けるわよ。ディールに見つからないように、外に出たらすぐに馬車を動かしてちょうだいね」


「あはは、セリーヌも大変だね。了解したよ。それじゃあ行こうか~」



 俺たちは椅子から立ち上がるとぞろぞろと外へと出た。家の外にはカズールの物らしい二頭の馬と馬車が横付けされている。馬車はいわゆる幌馬車ほろばしゃというヤツで、俺が今まで乗ってきた馬車よりも一回り大きい。


 馬車の中は大きな木箱がいくつも詰め込まれており、この中に商品が入っているのだろう。思っていた以上にきれいに整頓されているようだ。カズールが馬車の後ろに回り込みながら声を上げる。


「あまり乗り心地は良くないと思うけど、木箱の上にでも座ってくれるかい? 木箱は丈夫だから少しくらい乱暴に乗っても平気だよ~」


「カズールさん。それなら僕がアイテムボックスにしまってもいい?」


「へえ、マルク。君はアイテムボックス持ちだったのかい。それならお願いしようかな」


「はーい」


 俺はさっそく大きな木箱をいくつかアイテムボックスの中に収納した。これで一気に馬車の中にスペースが空き、座りやすくなったと思う。それを見たカズールが感心したように腕を組む。


「いいよね~。行商人の夢のギフト、アイテムボックス。これがあればもっと行商で儲けることもできるんだよ。君も行商人になりたいならいつでも言ってね。手取り足取り教えるよ~」


「あはは、その時はお願いします……」


 ビヤンもそうだったけど、行商人のアイテムボックスへの食いつきっぷりはすごいな。とはいえ今すぐ将来の職業を決めるつもりはない。玉虫色の返事でお茶を濁し、俺が馬車に乗ろうとした――その時だった。


 ガサガサガサッ


 トリス宅のすぐ横の森の方角から、草木を鳴らしながら何かが近づいてくる音が聞こえた。空間感知は森ではあまり役に立たない。全員が声を潜め、音のする方をじっと見つめる。


 そして葉っぱを撒き散らしながら飛び出して来たのは――


「フーハハハ! セッリィィィーヌ! 俺を出し抜くなど千年はや――」


火の矢ファイアアロー!」


 こうしてシュルトリア最後の戦いの幕が切って落とされる……ことになるのだろうか。俺としてはなるべく穏便に村を出たいんですけど。


――後書き――


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