251 つんつくつん

水球ウォーターボール


 燃え続けるエビルファンガーの死骸に水をぶっかける。油断大敵火の用心だ。


 水を浴びた死骸はジュウウウウと音を響かせると、辺りで燻っていた木々と一緒にあっという間に鎮火した。これでニコラ直伝のいたいけなポーズをする必要が無くなり一安心というわけだ。


 俺は周辺で燃え残りがないのを確認すると、ずぶ濡れでぐちゃぐちゃになった死骸を観察する。燃えて体積がしぼんでしまったらしく、元の大きさの三分の一ほどの大きさしかない。


 うーむ、これだけ焦がしてしまうと素材としての価値はなさそうだ。しかしまだ価値のある部分があることを俺は知っている。


 俺は黒焦げで水浸しのエビルファンガーの前にしゃがみ込み、土魔法で作った棒でつんつんほじほじと、その死骸をいじり続け――


『お兄ちゃん、そのスタイルはくるくる眼鏡の女の子だけが許されるんですけど』


『うんちをつついてるわけじゃないから』


 突然の念話に背後を振り返ると 森の中から俺を見守っていた四人がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。手を振るセリーヌに振り返し、再びつんつん作業に戻る。


 ……なかなか見つからない。もしかして一緒に燃えてしまったのかな? などと思った矢先、棒にコツンと硬い物が当たった。


 そのまま棒で泥のような死骸を掻き分けると、ついにお目当ての魔石を発見した。俺は死骸からほじくり出した魔石を水魔法で綺麗に洗うと、手で掴み取りまじまじと見つめる。


 ヌシの魔石と同じ、大人の握りこぶしくらいの大きさで黒い色の魔石だ。そういえば闇属性の魔法を使っていたし、黒色とは如何にもそれっぽい。使っている属性が魔石の色に反映されるのだろうか。ヌシのは青色だったな。


「ふぅん、やっぱり闇属性なのね。この大きさで闇属性は珍しいから高く売れるわよ~」


 いつの間にやら近づいていたセリーヌが、俺の背中越しに手の中の魔石を覗き込んでいる。せっかくなので尋ねることにしよう。


「闇属性の魔石ってどんなことに使われるの?」


「そうねえ。照明魔法の逆で闇を周囲に振りまく魔道具とか、中に入れるだけで食べ物を発酵させる魔道具とか……。でも一番有名なのは隷属の魔道具でしょうね~」


 隷属の魔道具っていうと、例の犯罪奴隷に付けられるというヤツだな。……なんだかおっかなくなってきた。俺はそそくさと魔石をアイテムボックスに仕舞うと、その様子を見たセリーヌが俺の頭を撫でながらくすくすと笑った。


「ふふっ、相変わらず怖がりねえ。戦い方は豪快そのものなのに」


 チキンかつゴリ押ししかできないのは、もはや反論の余地もないね。そんなことよりセリーヌに報告しないといけないことがあった。


「セリーヌ、僕火魔法が使えるようになってたんだよ。ある意味セリーヌのお陰でね」


「そう言えばヘタクソなんだーなんて言ってたくせに、火炎を真っ直ぐ飛ばしたかと思うと一瞬で特殊個体を燃やし尽くしていたわね。火力については今更驚かないけれど、私のお陰ってどういうことかしらん?」


「日課の魔力供給が火属性のマナのコントロールの練習になってたみたい。お陰で思い通りにマナを動かせたよ」


「……なるほどねえ。たしかに魔力供給は最初の頃のガツンとした荒々しさが消えて、最近は全身をねちっこくまさぐられているような感覚になってきてるわね。それはそれでいいんだけど、たまには荒っぽい方が……って、いやいや! なんでもないわよん!?」


 セリーヌが顔を真っ赤にして頭を振ると、ニコラがニチャアとした声で念話を届けてきた。


『お兄ちゃ~ん……。マンネリ防止のためにも、たまには変化を付けて楽しませてあげた方が良さそうですねフヒヒ……』


『いや、別に楽しませるためにやってるんじゃないから……』


「本当に見事なものだったな。私も長年冒険者を続けてきたが、君のような子供は見たことがない」


 ノーウェルが感心したように頷きながら話しかけてきた。その立ち姿からは先程までの弱々しさは感じられない。


「ノーウェルさん。闇魔法はどうなりましたか?」


「ああ、どうやら支配下からは解き放たれたようだ。礼を言おう。これで生きてマティルダにも会える」


 そう言いながら一歩前に進み、俺に握手を求めた。俺が手を差し出すとノーウェルは両手で包み込むようにしっかりと握り、穏やかな笑みを浮かべる。その顔を見ていると、俺の苦労もなんだか報われたような胸のすく気分になった。


 それにしても……。俺はちらっとエステルを見る。正直こういう時に一番最初に喜んで駆けつけるのはエステルだと思っていたんだけれど。なぜだかその顔はしょんぼりとして長い耳はへんにょりと曲がっている。


「どうしたの? エステル」


 俺の問いかけにエステルは俯きながら答える。


「マルクはこんなにも強かったんだね。それなのに、ボクはマルクを信じることができなかったんだなって。そう思うとなんだか悲しくなってきたんだ。ごめんね、ボクは友達失格なのかな……」


「あらあら、エステル。私とマルクはもう三年の付き合いなのよ? まだ一ヶ月のエステルじゃあ仕方ないわよ~」


「そういうものなの……?」


「うん、そうだよ。それにね、僕はエステルが心配してくれて嬉しかったよ。セリーヌは僕を信頼しすぎなところがあるしね?」


 俺としては信頼してくれるのは嬉しいけれど、同じくらいに心配してくれるのだって嬉しいのだ。どっちがいいってものでもない。


「あらん、私ってば信頼しすぎなのかしら? でも今回だって私の期待通りにしっかりと勝てたじゃない。そりゃあ私もまさかあんな物を作るとは思わなかったけどね……」


 セリーヌが周辺を囲うようにそびえ立つ石壁を見上げながら、引きつったような笑みを浮かべた。


「だってああでもしないと、火事になると思ったし……」


「私はある程度の広さを確保した後は、てっきり風魔法で切り刻むのかと思っていたのよねえ。攻撃されているのに触手をそのまま残していたのも危険だと思ったわ。あんたなら全部切り刻むくらい出来たんじゃないの?」


「ううっ、石弾ストーンバレットが効かない時点で、もう火魔法しか頭になかった……」


「そんなことだと思ったわ~。まだまだ鍛えてあげないと駄目みたいね?」


「お手柔らかに……」


 俺はなんだか失敗の象徴にしか見えなくなってきた石壁に近づいて解体作業を始めることにした。すると俺に付いてきたセリーヌがニヤニヤ笑いながらぽむぽむと俺の頭を撫でる。その様子を見ていたエステルが唸り声を上げた。


「うう~! やっぱりセリーヌが羨ましいよ。ボクももっとマルクのことが知りたいし仲良くなりたい!」


「あらあら、私たちは一緒に村を出ていくんだから、これからも十分仲良くなれるわよ。ね? マルク」


「……そうだね。それより立ち話もなんだし、もう帰らない? さすがに疲れたよ……」


 セリーヌのダメ出しで、どっと疲れが押し寄せてきた気がする。ニコラもいつの間にかセリーヌの腰に巻き付いて顔を緩めているけど、ニコラだって火魔法しかないって言ってたくせにな。つい恨みがましくニコラを見つめる。


『私はサポートはしますけど軍師じゃありませんので』


 俺の顔色を読んだニコラがしれっとした顔で念話を届ける。ああ、そうですか……。俺が思わず大きなため息をつくと、エステルがビシッと手を上げた。


「あっ、マルクが疲れてるならボクが背負っていってあげる!」


「ええっ、それは恥ずかしいし、そこまで疲れてないからいいよ」


「え~。ボクにも何かさせてよ。今日はルミルのための狩りなのに、ボクはほとんど何もしてないしさ~」


 そう言いながらエステルは口を尖らせた。ああ、やっぱり気にしてたんだ。そりゃそうだよね、空気読めないにもほどがあったよ。それじゃあせめてここはお世話になるべきか。


「わかったよ。それじゃあ疲れたから家までお願いするね。僕はもう歩きたくなくなったから」


「任せてよ! さあ、乗って乗って!」


 ようやく笑顔を見せたエステルは俺の前にしゃがみ込む。


 そして俺が背中に胸をつけ、首に手を巻きつける。さすがに数時間森の中にいただけあって、しっとりと汗をかいているけど、やっぱりエステルはいい匂いがするなあ。俺はずり落ちないように更に手に力を込めた。


「んっ……」


 少し力を強めすぎたか、エステルが声を漏らす。すぐに緩めるとエステルがグッと立ち上がった。


「よ、よし。それじゃあ行くよ!」


 エステルは掛け声を上げると前に進み出す。特に魔物と遭遇することなく帰路へと進んでいく中、エステルの温かい背中を感じながら、俺はいつの間にか眠りについていたのだった。


――後書き――


 ここまで読んでくださりありがとうございます。

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