252 シュルトリア村人エステルさんの話

「セスさん、前に言ってたグリーンフォックスを持ってきたよ。これでルミルのおくるみを作れるかな?」


 ここは裁縫師セスさんの作業場。ボクは荷車から五匹のグリーンフォックスを取り上げると、作業台の上に一つずつ横に並べた。


 セスさんはそれを一つ一つ手に取り、傷の有り無しを注意深く調べる。そして五匹とも調べ終えると感心するような声を上げた。


「へぇ、全部一撃で仕留めるとは恐れ入ったね。これならいい毛糸がたくさん取れるよ。エステルもいい腕になったじゃないか」


 ああ、やっぱりそう思ったんだ。少し恥ずかしいけれど正直に言わなきゃね。


「ううん違うよ。残念だけど、これは一つ除いてマルクがやったんだ」


「マルク? ……ああ、最近よく聞く、セリーヌが連れてきた双子の子だね」


「そうだよ、そのマルク。ボクの友達なんだ」


「友達? ふふ、セリーヌしか友達がいなかったあんたが男の子の友達を作るとはね。友達とか言って、本当はあんたのコレじゃないのかい?」


 そう言ってセスさんは親指を立てて見せた。恋人を示すハンドサインだ。ボクにだってそれくらいはわかる。


「もう、そんなんじゃないよ。マルクは大事な友達だけどね」


「そうなのかい? ……まぁ、前よりも柔らかい表情をするようになったみたいだし、友達だとしても良いことだね。私も婿探しはのんびりだったし、エステルも自分のペースでゆっくりやればいいさね」


「だよね、ボクもそのつもりだよ。それで素材はどうかな?」


「ああ、これなら十分だよ。あんたの妹に良い物を作ってあげられると思う。期待して待ってておくれよ」


「わぁ、ありがと。楽しみにしてるね」


「それじゃさっそく剥いじゃうかね。久々に見ていくかい?」


「ううん、今日は用事があるから。来週また来るね」


 セスさんの皮剥ぎ処理はまさに名人芸で、ボクも昔はよく見学させてもらったんだけれど、今日は外で体力か魔力を発散させたい気分だった。ボクは荷車を手に取ると、セスさんと別れの挨拶を交わしてその場を後にした。



 ◇◇◇



 これでルミルに新しいお包みを贈ることができる。ボクはほとんど何もしてないけれど、それはあまり気にしないことにしよう。無事に狩ることができればそれが一番と、マルクに言った気持ちは嘘じゃないからね。


 ボクは空の荷車を引きながら、昨日のことを思い返す。


 ……昨日は本当に凄かった。


 遠くから見ているだけでも足が震えてきそうな魔物を相手に、マルクが怯むことなく立ち向い、石弾ストーンバレットを雨あられのように撃ち放っていた。


 それで最後はマルクの家よりもずっと大きい壁で、あっという間に魔物を取り囲んだと思うと、火魔法で一瞬のうちに倒してしまったんだ。


 マルクは凄い子なのは知っていたつもりだったけれど、ボクが知っていたマルクはほんの一部分だけだったんだな、って思い知らされた。


 セリーヌとマルクのわかり合っている様子が少しだけ悔しかった。セリーヌは時間が経てばわかり合えると言っていたけど、本当にそれだけなのかな。なにか他に仲良くなる秘訣ひけつがあるんじゃないのかなと思う。


 その後はボクのわがままを聞いてもらって、マルクを背負って帰ることになった。それで後ろから強く抱きつかれた時に、なんだか胸の奥がぎゅっと掴まれたような不思議な気持ちになったんだ。あれは一体何だったのだろう。


 数年前に死んだお婆ちゃんは体に不調がある時は手遅れにならない前に医者に見てもらえってよく言っていたし、今度ソレシュさんの医療所にでも行ったほうがいいのかな。もし心臓の病気だったりしたら、冒険者になれないかもしれないので怖い。


 帰り道も同じことをぐるぐると考えていたら、マルクはいつの間にか寝てしまっていた。それでアイテムボックスからグリーンフォックスを取り出せなくなって、疲れたマルクを起こすのも忍びないこともあり、みんなで相談した結果そのままベッドに寝かせてその日は帰ることになった。


 そして今朝、平謝りするマルクからグリーンフォックスを貰って、さっきセスさんの所に行ったわけだ。マルクは一緒に付いて行くって言ってくれたんだけど、これ以上ボクの仕事を奪わないでって言ってお断りした。少しいじわるしちゃったかな?


 なんて風にマルクのことを思い出しながら帰っていると、もう家に着いてしまった。ボクは荷車を裏庭に片付けながら、この後の予定を考える。


 マルクの家で、ぼるだりんで遊ばせてもらうのもいいんだけど……。昨日はルミルの夜泣きが酷くてボクも母さんと一緒にルミルの世話をしたりして、ポータルストーンの精製に行けなかったんだよね……。


 ……うん、いつもは夜に行う精製を、たまには昼に行うのもいいかな。


 マルクとセリーヌはこの時間にいつも精製してるって言っていた。昨日は二人が魔力供給がどうのとか言っていたし、少し興味が湧いたのも事実だ。お願いしたら見せてくれるかもしれない。


 たしかに夜の方が精製しやすいけど、どうせもうすぐ完成する。それなら昼にやった方が、マルクたちと一緒に楽しく精製できるんじゃないかな?


 ああ、どうして今まで気づかなかったんだろう。ボクは納屋の奥に荷車を押し込むように仕舞い込み、すぐさまポータルクリスタルへと向かった。

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