247 再生

 セリーヌに見据えられたエステルは、少し怯んだ表情で素直に短剣を差し出す。それを受け取ると、次にその瞳は俺を射抜いた。


「マルク、回復魔法の準備ね」


「えっ? ……あっ、うん」


「ノーウェルさんは歯を食いしばってね~」


 口調を一転させいつもの調子でノーウェルに話しかけたセリーヌは、左手で炎を作り出して短剣を軽く炙り、ノーウェルに向かって歩みを進めしゃがみ込むと――迷うことなく患部のふくらはぎ目がけて短剣を振り下ろした。


「グゥッ……!」


 ノーウェルが苦悶の表情と声を漏らすが、セリーヌは意に介さず突き刺した短剣を斜めに滑らせると傷口ごとキノコを抉り取った。ベチャっと嫌な音を立てて肉片が地面に落ちる。


 セリーヌはそれを一瞥すると、素早く手の平を向けソフトボールほどの大きさの火球を放つ。ジュウウと肉の焼ける音がしたが、すぐに真っ黒な消し炭へと変わり、ぷんと焦げた臭いが鼻についた。


「ウ、グ……!」


 そのうめき声に、俺は両腕を互いにきつく握りしめながら激痛に耐えるノーウェルに視線を戻す。


 ふくらはぎは既に真っ赤に染まり、血は止まることなくどくどくと地面に流れている。うへええぇ……、痛そうってレベルじゃないぞ。見ているだけで体から力が抜けていくわぁ……。


「マルク! 回復魔法よ!」


 セリーヌの鋭い声に我に返った。そうだ、腰を抜かしそうになっている場合じゃない。


 俺は小走りでノーウェルに近づくと光属性のマナをありったけ傷口に注いだ。ごっそりと切り取られたふくらはぎがエグい。真っ赤な傷口の中に白いものが見えてるような……。あれって……骨? うわー、見たくない見たくない見たくない! 治れ治れ治れ治ってくれ――


 直視したくないが見ないわけにもいかず、俺は顔をそむけて薄目になりながら、手だけは傷口に向けてどんどん回復魔法を与えていった。


 するとやがて血が止まった……かと思うと、今度は断面から肉がじわじわと盛り上がってきた。これは……肉が再生しているのだろうか? しかしこれはこれでさっきのエノキ茸と同じくらい気持ち悪いな……。


「グウゥ……。……は? 肉が……!?」

「えっ、何これ!?」


 ノーウェルとセリーヌが同時に声を上げる。声を上げたいのは俺も一緒だよ。しかし中途半端には止められない。俺は更に回復魔法を続ける。


 断面からはぷつぷつと気泡が浮かんでくるかのように肉が生まれ、それが集まり重なり、少しづつふくらはぎを形成していく。


 そして――しばらくすると、完全にふくらはぎが再生されてしまった。どこから切り離されたのか分からないほどの再生具合だ。あえていうなら再生した部分の方が洗いたてのようなツヤツヤ感があるくらいか。


 セリーヌが額に手をあてながら、疲れたような顔で俺を見つめる。


「あんたには痛み止めと止血を期待してたんだけど……。まさか肉を再生させちゃうなんてね……」


「僕もびっくりだよ」


 骨折の治療はビヤンで経験したけれど、欠損部位を治せるだなんて思わなかった。もしかしたらあの後倒したハーレムリザードのエーテルが俺の魔法に影響を与えたのかもしれない。


「最悪脚一本を失っても命よりは~、って思っていたけれど、ノーウェルさんは得したわね~。それで身体のほうはどう?」


「あ、ああ……」


 放心したようにふくらはぎを凝視していたノーウェルだったが、セリーヌの声に反応しべたべたとふくらはぎを触ると、足で地面を二度三度と軽く踏み鳴らす。


「脚のほうは痛みもなく、まるで切られていなかったかのような状態だ。……だが……」


 ノーウェルは目を瞑ると軽く首を振って呟く。


「闇魔法の波動は未だに感じる。私が特殊個体の影響下にあり、魔力が吸われ続けていることに変わりはないだろう」


「セリーヌ、魔力が吸い取られるとどうなるの?」


「あんたもたまに魔力を使い過ぎてフラフラになってるでしょ? あれが限界まで酷くなるのよ。回復することなく魔力を吸われ続け、最終的には意識を失ったまま衰弱して死ぬでしょうね」


「その通りだ。残念ながら死からは逃れられそうにない。しかし脚が治ったお陰でヤツに一矢報いることくらいはできるだろう。……セリーヌ、マルク、狩人として挽回の機会を与えてくれたことに感謝するぞ」


 ノーウェルは俺たちに薄く微笑むと、青白い顔で傍らに置いていた弓を掴み、木を支えにしながら立ち上がった。


「とはいえ、私とてかつては弓の名手として名の知れた冒険者だ。決死の覚悟で挑めば、時間を稼ぐどころか、アレを倒してしまうかもしれんがな?」


 森の向こうを見据えながらノーウェルが大言を吐く。ああ、弓使いがそんなことを言ってはいけない。


「さあ行け。あの特殊個体は村の脅威となるだろう。急いで村に戻り迎撃の準備を頼む」


 ノーウェルが再び俺たちに撤退を急がせる。しかしセリーヌはそれには答えず、俺と顔を合わせるように腰を曲げた。


「って言ってるけど、どう? マルク」


「……どうって?」


「どうしたい?」


 セリーヌは表情を消した顔で俺をじっと見つめた。


 俺だって何を聞かれているかぐらいはわかっている。ノーウェルを助けたいかどうかだ。


「助けられるなら、助けたいよ」


 ノーウェルとはあまり接点はないけれど、その嫁のマティルダは同じ人族だからだろうか、特に親切にしてもらってる気がする。


 今日だって、子供は肉をたくさん食べなきゃいけないよと、遠慮する俺に相場以上の鹿肉を無理やり持たせて楽しそうに笑っていた。あの時にはもうノーウェルはいなかった。森に出かけていたのだろう。


 その夫が今まさに生死の境にいるなんて知る由もないはずだ。あの親切なおばさんのカラっとした笑顔を曇らせたくはないと思う。


「……ふぅん、そう。それならマルク、あんたがやるのよ~?」


 うぐっ、言わされたような形とはいえ、やっぱりそうなるのか。俺は一縷の望みをかけてセリーヌに問いかける。


「ええと、ノーウェルさんの命がかかってることだし、セリーヌが戦ったほうがいいのでは?」


「大丈夫よ~。マルクが駄目そうなら私が出るわ。あのキノコもどきは火にすっごく弱いから、私ならたぶん楽勝よ~。まぁ、森は少し、ほんの少~し焼けちゃうだろうけど、その時は一緒に消火活動手伝ってね」


 そう言ってセリーヌがウィンクをした。久々の無茶振りに背中に汗が伝う。


「セリーヌ! それならボクもやるよ!」


 エステルが決死の覚悟を顔に秘めて訴えるが、セリーヌはじっとエステルを見つめ、静かな声で答えた。


「エステル、あんたはノーウェルさんを守ってなさい」


「そんな、ボクだって……!」


「胞子を撒き散らす相手に接近戦は無謀よ。ここでマルクを見ておきなさい」


「でも、でもそれならセリーヌも一緒に戦ってあげてよ! マルクがかわいそうだよ!」


 俺のことが心配なんだろう。エステルが食い下がる。しかしセリーヌの意思は変わらない。


「かわいそう? ここで私がマルクの成長の機会を奪うほうが、よっぽどかわいそうだと思うけど?」


「エステル」

「マルク、ボクも説得するから――」


「ありがとう。でも僕がやるよ」


 俺がセリーヌに引っ付いて町を出たのは、悪意に抗う力と知識を得るためだ。特殊個体がエーテルを大量に持っているのはわかっている。倒せば俺の力になるのが確約されているのだ。


 それに失敗しそうになったら、セリーヌが責任を持って倒してくれると言っている。こんな場を用意してくれるなんて、セリーヌはなんてやさしいんだろう。うん、やさしい……んだよね?

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