246 フォレストファンガス

 グリーンフォックスとの最初の遭遇から既に二時間ほど経過しただろうか。聞いていた通り、森を奥へと進むほどにグリーンフォックスとの遭遇率は高まっていった。とは言っても戦闘自体は俺の先制攻撃であっさり片がついていたんだけどね。


 最初にエステルと相談して決めた雑な作戦では、まず始めに俺が遠くからストーンバレットを撃って、撃ち漏らしたのをエステルが攻撃という風に決めていた。その後は臨機応変という名のノープランだ。そもそも素人の俺にはうまく連携を取るなんてできないし。


 だがこのパターンが行われたのは最初だけで、二回目からは俺が撃ち漏らすことなく命中させた結果、エステルの出番は一度たりとも無かったのである。


 エステルが最初に狩りを提案した時は気軽な感じだったし、もしかしてレジャー的な側面もあるのかな? と不安になり、途中でこのやり方のままでいいのかも聞いてみたんだけれど、俺が遠くから倒してくれるなら安全だしそれが一番良いとの事だったので、そのまま超有利な先制攻撃に頑張らせてもらった。


 これが立派なイケメンなら、俺が守ってやるから楽しんできなよとでも言ってあげられるのだろうけど、チキン全開の子供で本当に申し訳ない。


 ちなみに途中でフォレストファンガスにも遭遇した。大人の腕一本くらいの大きさのひょろ長いキノコの魔物だ。


 胞子を撒いて傷口に植え付けるといったホラーな話を聞いてはいたけれど、石突き部分にイソギンチャクの様に付いてる小さい足でノロノロと動くだけなので、離れた場所からストーンバレットを撃ち込むだけで簡単に倒せた。


 しかし本来なら木の陰に隠れている上に、木と似たような色で擬態しているので非常に見つけにくい魔物らしい。ニコラ様様である。


 そんなフォレストファンガスを三匹ほど倒してアイテムボックスに収納している。食べる人は食べるといった珍味の類とは聞いているけれど、茶色の胴体の中身を割ると普通に白いキノコだったし、一度は試食にチャレンジしてみたい。



「――はい、これで十二匹目だね」


 俺がグリーンフォックスを収納すると、セリーヌが辺りを見渡した後で眩しそうに空を見上げた。


「うーん……帰り時間を考えると、そろそろ戻ったほうがいいかしら?」


「ルミルのお包みには十分過ぎるくらい狩れたし問題ないよ」


「セリーヌ、今日はありがとう」


「あらあら、お礼は帰ってからね。……ってニコラちゃんどうしたの?」


 一人だけ言葉を交わすことなく彼方を見つめていたニコラをセリーヌが不思議そうに尋ねる。


「ん……、もう少し離れたところに人がいるよ」


「そりゃあこの辺は狩人さんも来ることがあるけれど……、そういうことじゃないのね?」


 ニコラの真面目な顔つきに、セリーヌの目も細められた。


「うん、じっとしていて動いてないみたいだよ」


「そう。……とりあえず行ってみましょうか」


 少し真剣味を帯びたセリーヌの声色に、俺たちは言葉を発することなくただ頷いた。



 ◇◇◇



 ニコラの誘導に従い森の中を進むと、大きな木の根本に力なくもたれかかっている男を発見した。この顔には見覚えがある。獣肉を交換してくれるマティルダの旦那さんだ。そういえば名前は知らないな。


「ノーウェルさん、どうしたのかしら? 疲れて一休みといった状況じゃなさそうだけど」


「……君たちか。待て、それ以上近づくな」


 うつろな目で宙を眺めていたノーウェルは、俺たちを見るや否や警告をした。


「どうやらただならぬ事態のようね。詳しく教えてもらえる?」


 言われた通りに足を止め、セリーヌが問いかける。


「フォレストファンガスの特殊個体にやられた」


 特殊個体。稀に産まれると言われている、通常の魔物よりも能力が傑出している個体だ。


 俺が遭遇した中だと、テンタクルスのヌシ、マザーストーンリザード、ハーレムリザードがそれに当たる。自分から魔物のいるところに突っ込んでいるみたいになってるからか、稀と言われてるわりに結構遭遇している気がするけれど。


「どうやら闇魔法のようなものを使うようだ。今この最中にも、私の魔力が吸い取られているのを感じる。既にポータルストーンを使うほどの魔力すら残っていない状態だ。足が遅いのでここまで逃げることができたが……、私はここまでだろう」


「それならボクが背負ってあげるよ! 一緒に帰ろう?」


 そう言ってエステルが足を踏み出すが、ノーウェルがそれを手で制し、外に向けていた脚をこちらによく見えるように伸ばした。


「見ろ、私の脚を」


 言われるがままに脚に目を向けると、破けたズボンのふくらはぎには白くてにょろにょろとしたエノキ茸のような物が大人の手の平ほどの広さに渡りびっしりと生え、生えている部分の皮膚を赤く染めながら不気味に蠢いているのが見えた。


「触手のようなものでひと掠りされただけで菌糸を植え付けられた。特殊個体だ、少しの傷でも感染するかもしれない。近づかないほうがいい」


 そして疲れたように細く長い息を吐き、言葉を続ける。


「今すぐ逃げてほしいのだが、これだけ頼む」


 懐から何かを取り出し、こちらに向かって放り投げた。セリーヌがそれを受け取る。その手の平を覗き込むと角度によっては水色に輝く綺麗な水晶が見えた。


「私のポータルストーンだ。私にはもう使えない無用の長物だが、それをマティルダに渡してくれないか。そして私は最期までお前を愛していたと伝えてくれ」


 ノーウェルはどこか遠い目をしながら、口元に笑みを浮かべる。そして再び顔を引き締めると、俺たちを追い払うように手を振った。


「さあ、行ってくれ。私が特殊個体の闇魔法の支配下だからだろう、ヤツが近づいてきているのを感じる。あまり時間はない」


 するとそれを聞いたセリーヌは大きく息を吐きだしノーウェルに向き直ると、普段よりも低い声で問いかける。


「ノーウェルさん、死ぬ気なんでしょう? それじゃあ私があんたをひと思いにやっちゃっても問題ないわよね? エステル、あんたの短剣貸してくれる?」


 えっ、何をする気なの?

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