241 あなたがわたしにくれたもの

 ニコラに引かれながらもポーションを作り続けてキリの良いところで終わらせると、ちょうど夕食に訪れるにはいい時間となっていた。俺はニコラを伴いセリーヌ宅へと向かった。



「こんにちはー。マルクとニコラだよ」


「はーい、入ってねん」


 いつものように玄関扉にノックをすると、セリーヌの声が返ってくる。そして扉を開くと――


「マルク、ニコラ、お誕生日おめでとう!」


 周囲から拍手が鳴り響き、セリーヌ、エステル、エクレインが笑顔で俺たちを迎えてくれた。


「あれ? 今日が誕生日って知ってたんだ」


 俺は扉を閉めながらセリーヌに尋ねる。


「当たり前よ~。去年は私だってお誕生日会に参加したんだからね」


 それはもちろん記憶にあるんだけれど、わざわざ俺たちの誕生日を覚えていて祝ってくれるとは思わなかった。そういう心配りがとても嬉しい。


「そっか。ありがとう」

「ありがとう! ニコラうれしい!」


 ニコラからしても嬉しいサプライズだったのだろう。すぐさまセリーヌに抱きついた様子にもいつもの邪念は見えない。……多分。


 セリーヌは抱きつくニコラの頭を撫でながら、申し訳なさそうに眉を下げた。


「どういたしまして。二人は私のために村に残ってくれているんだから、せめてレオナさんたちの代わりにお誕生日の当日をお祝いはしてあげないとね」


 それは言わない約束でしょおっかさんと思ったけれど、そこは今の俺たちの保護者として、どうしても拭いきれない負い目なんだろう。それならばせめて厚意には甘えようと思う。子供があまり遠慮するものでもないからね。


 セリーヌの誘導に従ってテーブルへと向かうと、そこには既にたくさんの料理が置かれていた。いくつかエステルの家の食器だとわかる物が使われているので、きっと彼女の家から運ばれた料理なのだろう。


「そういうことで、私からプレゼントがあるわ。マルクにはコレよ」


 そう言いながらセリーヌが部屋の隅から持ってきたのは、バケツほどの大きさのガラス製ビーカーだ。


「トリス爺さんに特注で作ってもらってたの。ポーション作りに役立ててくれると嬉しいわ~」


 セリーヌから差し出されたビーカーを受け取り両手で抱える。少し重いが頑丈そうなので、むしろこの重さが心強いね。これなら一度に作れる量がかなり多くなるだろう。しっかり注ぎ口も取っ手も付いているので、作業効率が大幅アップ間違いなしだ。


 俺は礼を言おうとビーカーから顔を上げるが、セリーヌは浮かない顔だ。


「本当は魔法のワンドをプレゼントしようかと思ったんだけど、あんたくらいの歳で杖に頼るのはあんまり良くないからね。それにウチにはそういう風習はないけれど、よそでは師匠から弟子に杖を送る風習があるらしいのよね……」


 そこまで言うとセリーヌは、眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。あっ、この顔は。


「……最近、なんだか師匠ヅラした緑のヤツもいることだし、余計に杖をあげたくなるのを、あんたのためを思って我慢したのよ……。ねえ、マルク。師匠とまでは言わないけれど、私の方があんたに色々と教えてあげてると思うのよね。……その辺のことあんたはどう思う?」


 凄みのある笑顔でセリーヌが俺に問いかけた。コレ、答えを間違えると後々面倒になるヤツだ。俺はもちろん間違えない。


「う、うん。もちろんセリーヌの方がお世話になってるし、たくさん勉強させてもらってるよ。いつもありがとう。ビーカーも大切に使わせてもらうね」


「うふん、どういたしまして。喜んでくれて嬉しいわ」


 俺の返事と同時にプレッシャーが消え失せ、セリーヌは柔らかな笑顔を取り戻すと俺の頭をやさしく撫でた。ふう、助かったぜ。


「ニコラちゃんにはこれよ~」


 機嫌を直したセリーヌがニコラの前に広げたのは黒いワンピースだ。ちなみに去年は白のワンピースをプレゼントしていたね。ニコラのお気に入りだ。


「これはね、私のドレスと同じ職人に作ってもらったお揃いなのよん。でも冒険者用じゃなくて、おしゃれに着こなせるように注文したから、普段着に使ってくれると嬉しいわ~」


「セリーヌお姉ちゃんありがとう!」


 ニコラは受け取った黒いワンピースを自分の体にあて、くるくると回ってはしゃぎ始める。ニコラの美しい金髪と黒とのコントラストが鮮やかで、着れば人目を惹きつけるのは間違いないだろう。相変わらず何を着ても似合うようで何よりだね。


 しかしそんなニコラの姿を見ながらエステルが苦笑を浮かべる。


「ボクは両親と一緒にここにある料理を作ってきたんだけど……。なんだかセリーヌのプレゼントを見ると見劣りしちゃうな。……そうだ! 代わりと言ったらなんだけど、やってほしいことがあるなら言ってね。なんでもするよ?」


 お、おい、そんなこと言ったら……。


『ん? 今何でもするって言ったよね?』


 ニコラが真顔で念話を呟くとピタリと回転を止めた。そしてエステルに花が咲いたような笑顔を向ける。


「エステルちゃん、それならニコラお願いがあるの!」


「なにかな?」


 エステルがお姉さんスマイルをしながら屈み込んでニコラに目線を合わせた。よせ、それ以上はいけない。


「それならねー、ニコラね、……エステルちゃんと一緒にお風呂入りたいの……。駄目?」


「ええ……。あー……」


 明らかに「しまった」と表情に出したエステルは、立ち上がると額に手をあてた。そしてしばらくの間うーんうーんと唸った後、自分の髪に指をくしゃりと差し込み大きくため息をつくと、再びニコラに向き直った。


「わ、わかった。一回だけだよ?」


「わあ! ありがとうエステルちゃん!」

『イエエエエエエエエエエス! イエス! イエス! イエス!』


 控えめにエステルの手を握って喜びながら、念話で歓喜の雄叫びをあげるニコラ。どうでもいいことだけれど、会話と念話の二重音声はすごく難しい。無駄な特技である。


「はぁ……。マルクは何かないかな?」


 エステルは後悔を引きずったような顔で俺に尋ねる。俺からは特にないけれど……。そうだな、せっかくだからお願いしておこう。


「今度ボルダリングで訓練しようと思うんだ。それに付き合ってくれると嬉しいな」


「えっ? そんなのでいいの? って駄目だよ、そんなの言われなくてもボクから一緒にお願いしたいくらいだから却下!」


「ええー、でもなあ。他には特に――」


「――まぁまぁ、あまり話が長いとお料理も冷えちゃうだろうし、食べながら話したらどうかしら? 母さんなんか寝ちゃったわよ」


 ふいにセリーヌが会話に口を挟んだ。そしてお迎えに出たとき以来一度も声を発しなかったエクレインを見てみると、テーブルにうつ伏せになりながら熟睡していた。うつ伏せなので表情は伺えないが、みょいんと伸びた耳は真っ赤に染まっている。


「ああ、やっぱりお酒がまだ残ってたんだね」


「私が迎えに行くまでずっと飲んでたみたいよ~。それを無理やりひっぺがして連れてきたからね」


「そこまでしなくても、セリーヌとエステルがお祝いしてくれるだけで十分だよ?」


「それだけじゃないの、これから収穫祭が夜の部になるからね。広場に魔法灯を灯して舞台で踊ったり歌ったりするんだけど、前に一度酔っ払ったまま舞台に上がって、それで~、その……舞台をめちゃくちゃにしちゃってね~」


 セリーヌが言い淀むが、食事時に話したいような内容ではないことは伺い知れた。話を変えるようにエステルがテーブルから身を乗り出す。


「そ、そんなことより早く料理を食べよ? 父さんと一緒にボクも腕によりをかけて作ったんだからね!」


「そうね! それじゃあいただきましょうか!」

「そうだね!」

「うん!」


 一致団結した俺たちはエクレインを放置して食事を開始する。俺はテーブルを見渡して、まずはバターの香りが芳しいキノコのソテーに向けてフォークを動かした。


――後書き――


本日は「異世界で妹天使となにかする。@COMIC」が更新されております。

ぜひぜひこちらもご覧になってくださいませ!

https://seiga.nicovideo.jp/comic/50124

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