240 食休み
おやつを食べ終わり一息ついた頃、すっかり調子を取り戻したニコラが絨毯の上を転がりながら口を開いた。
「お兄ちゃん、そういえば徒競走のことなんですけどね」
「ああ、お陰でコケずに済んだよ。ありがとう」
「どういたしまして。それでですね、実際に必死こいて走ったお兄ちゃんなら気づいたと思いますけど、今は身体能力が上がっても運動能力が追いついてない状態になっているんじゃないですか?」
「確かに力を込めれば込めるほど体は動くんだけど、自分の感覚が追いつかない感じだったなあ」
走ってる間も体に振り回されないようにバランスを取るので精一杯だった。収穫祭の準備で後回しにしていたとはいえ、ランニングくらいは毎日やっておけば少しはマシだったかもしれない。
「エーテルの影響で運動能力も上がってるはずなんですが、慣れるまではピーキーな感じになりそうですね。マリ◯カートでいうところのクッ◯ですね」
「マジかよ。俺はキノ◯オ使いなんだが」
「キ◯キオ並に小回りを効かせたいなら、ボルダリング壁で訓練するといいんじゃないですかね。アレって全身の筋肉を使うみたいですから、いい感じの訓練になりますよ。……あっ、エステルとボルダリングの二人同時プレイとかどうですか!? 汗だくでくんずほぐれつ絡み合いながら頂上を目指す……。イチャイチャしながら訓練もできて一石二鳥ですよ!」
ニコラが絨毯に仰向けになりながら手と足をわきわきと不気味に動かす。ひっくり返ったクモみたいで心底気持ち悪い。
「いや、それめちゃくちゃ危ないだろ……。二人同時プレイはやらないけど、ボルダリングの訓練は採用させてもらおうかな」
「ちぇ~、お兄ちゃんは相変わらずですね。それじゃあ私は夕食までお昼寝しますから。起こさないでくださいね」
「はいよ。訓練方法までアドバイスなんて、今日はやけに親切だね」
「おやつのチョイスが百点満点だったのでサービスです」
ニコラは絨毯から起き上がると少し早口でそう言い放ち、振り返ることなく寝室へと歩いて行った。平常運転だと思っていたけれど、どうやらまだ少し照れくさいらしいね。
◇◇◇
ニコラが昼寝しに行った後、俺は畑で農作業に精を出した。
今回はキュウリが大活躍だが、その影でセジリア草の在庫がどんどん増えているのが嬉しい。ポーションの残り湯効果でいつもより成長も早く、マヨネーズや風呂での消費をあっさり上回るほどに増えていっているのだ。
キュウリ、トマト、キャベツ、セジリア草。今日の収穫分をアイテムボックスに収納すると、空いた場所には再び土属性のマナで土を耕し新たに種を植え、最後は全体に残り湯をかけて回った。魔法のお陰とはいえ、こんなに簡単に育ってくれる野菜には感謝しかない。
農作業が終わった後は自宅へと戻った。夕食までには少し時間がありそうなので、もう一仕事することにした。
畑仕事に結構な時間を費やしたが、まだニコラが起きている様子はない。ニコラを起こさないようにそろりと厨房に入ると、愛用のポーション製造用グラスを取り出した。
そのグラスの中にセジリア草を手でちぎりながら入れ、水を注ぎながら光属性のマナを流し込む。すると中の草は溶け始めるのでそのままマナを流し続け、草が溶け込んだ後もマナが水の中に混ざらなくなるまで注ぎ込めば完成。いつものポーションの製造方法だ。
D級ポーションは売値が金貨十枚、卸値は金貨七枚らしい。俺もようやく九歳になったので、後一年もすれば商人ギルドに登録ができる。そうなれば小瓶一つ分が金貨七枚に化けるわけだ。
俺は事前に作っておいた土魔法製の小瓶をずらっと作業台に並べると、グラスから零さないようにゆっくりと小瓶にポーションを注ぎ、蓋をする。次は隣の小瓶にポーションを注ぎ、蓋をする。隣の小瓶にポーションを注ぎ、蓋をする。ポーションを注ぎ、蓋をする。ポーションを注ぎ、蓋をする。注ぎ、蓋をする。注ぎ、蓋をする――――
「フフフ……」
拝金主義のつもりはないけれど、金を刷ってるような感覚に思わず声が漏れる。
「うへ、気持ちわる……」
その姿を起きたてのニコラに目撃されたのは一生の不覚だと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます