236 からかい下手のセリーヌさん

「最初はエクレインさんの所に行くの?」


 エステルがさっそく俺の隣に立ち、手を繋ぎながら尋ねる。


「そうだね。どうせお酒を出しながら自分も飲んでるだろうし、キュウリと一緒にポーションも差し入れようかなと思うんだ」


「あら、見てきた様に言うのね~。まぁその通りなんだけど。……ところであんたたち、前にも増して仲良くなってるわよね?」


 セリーヌが俺とエステルの繋いだ手を見ながら、少し驚いたように言った。そういえばエステルと友達になってから、ニコラを含めて四人でお茶をしたりすることはあっても一緒に出かけることはなかったので、セリーヌの前で手を繋ぐことは無かったのかもしれない。


「そりゃあほとんど毎日のように会ってるしね。仲良くならないほうがおかしいよ」


 俺が一層仲良くなった理由を言わずに済むようそっけなく答えると、その甲斐むなしくエステルがそれはもう目一杯の笑顔で声を上げた。


「そうだよセリーヌ。一緒にお風呂に入って裸の付き合いをした仲だからね。ボクたちの間にはもう隠し事なんて無いんだ。すごく仲良しだよ!」


 そりゃ確かに風呂の中で全部見られたし、見ちゃった気がするからね。物質的にはそうなのかもしれない。


「えっ、お風呂? 一緒に!? ……マルク、あんたってば私のお誘いは断るのにエステルとは一緒に入ったんだ。ふーん……」


 セリーヌが少しスネたような顔つきで俺を責めるように言った。しかしそういうことなら俺にだって言いたいことはある。


「だってセリーヌはいつも僕をからかうつもりで誘ってるじゃない。絶対からかわないって約束するなら、今度一緒に入ってもいいよ」


 女性と風呂に入るのに慣れてきたとはいえ、わざわざからかわれるために風呂に入るなんてゴメンだからね。するとセリーヌは一瞬目を見開いた後、そわそわと挙動不審になりながら答えを返す。


「えっ、そうなの? ……あっ、でも、その、えっとー、私はまぁ別に? 一緒に入らなくても構わないんだけどね?」


 てっきり「それじゃあ入りましょ」とでも言うと思いきや肩透かしだ。顔が赤くなっているようにも見えるが、セリーヌに限って照れることはないだろう。


『ホヒヒ、セリーヌかわE』


 そんなセリーヌを見ながらニコラが彼女の腰にまとわりつく。するとエステルが繋いだ手をブンブン振りながら俺に話しかけた。


「それじゃ今度はボク、セリーヌと一緒にお風呂に入りたいな! ねぇマルク、今度お風呂を沸かした時にお邪魔してもいいかな?」


「セリーヌがいいならいいと思うけど、その時はニコラも一緒にいれてあげてね」


『お兄ちゃんグッジョブ!』


 ニコラはエステルと一緒に入りたいとしつこく言ってたからな。俺の提案にニコラから歓喜に湧いた念話が届く。だが……


「あっ、そうなるのか……。うーん、それならまた次の機会でいいかな。ゴメンね、ニコラ。まだちょっとキミと一緒に入るのは恥ずかしくて……」


 エステルが申し訳なさそうにニコラの頭を撫でる。


「う、うん。いいよー。ニコラキニシナイ」


 やはり勘のいいエステルは、本能的にニコラを避けてしまうようだ。ニコラとエステルの混浴への道のりは長く険しそうだな。



 ◇◇◇



 しばらく歩いてエクレインのいる場所に到着した。


 予想通りぐでんぐでんに酔っ払っているエクレインは赤い顔で長机に肘をつき、揚げ豆を頬張りながら酒を飲んでいた。


 傍らには「ご自由にお飲みください」との立て看板と共にグプル酒の入った大樽と木のコップが置かれ、周囲に集まっている村人は各々自由に酒を立ち飲みしている。


 アルコールが入れば自重する気も失せるのか、おかわりをしている村人も見かけるけれど、酒に関しては毎年こんな感じになるのだとセリーヌからも聞いていた。


 酒と祭は引き離せないもんだろうし、この件で注意するのは無粋なんだろう。それにこんなこともあろうかと俺もエクレインの酒造りを相当手伝ったので、すぐに酒が切れることも無いと思う。


「あー、いらっさい。勝手に飲んでってねえ。……ってあんたたちか」


「差し入れにきたよ、エクレインさん。はい、おつまみをどうぞ」


 俺はエクレインの目の前にキュウリの一本漬けを差し出す。


「あら、ありがとねえ。……へえ、これはなかなかいけるわあ。んぐんぐ、プハー!」


 エクレインはさっそくキュウリを一口食べると手に持っていた酒を豪快に飲み干した。そして酒臭い息を俺に吹きかけるが、本人は気にする素振りもなく再びキュウリを咀嚼そしゃくしている。酒臭い息にトラウマのあるニコラはささっとセリーヌの後ろに隠れた。


「それからこれも。飲みすぎて気持ち悪くなったら飲んでね」


 E級ポーションの入った小瓶をエクレインに手渡した。エクレインはそれを懐に仕舞いながら、酔っぱらい特有の図々しさを発揮する。


「さすがマルクちゃんは気が利くわね~。そんなマルクちゃんにお願いがあるんだけど~、……このキュウリ、もっとたくさん置いていってくれない?」


「いいよ。みなさーん! ここにおつまみ置いときますから、みなさんで食べてくださいねー」


 俺は上目遣いの酔っぱらいのお願いを叶えてあげることにした。どうせどこかで在庫を配る必要があるなら、ここで配るのが一番喜ばれる気がする。俺は残りの在庫のほとんどを大皿に盛ると長机にドンと置いた。


「おおっ、マルクか。ツマミが欲しいと思ってたんだよな!」「エクレインさん、揚げ豆は分けてくれねえしな」「ありがてえ、これでまだまだ飲めるな!」「あら、これお酒に合うわね」


 数人の男女が皿からキュウリを手に取り取り満足そうに食べ始める。どうやらここでも好評のようだ。


「マルク~、母さんを甘やかさなくていいんだからね~」


 セリーヌが呆れたように酔っ払った母親を見つめると、手に持ったグプル酒をぐいっとひと飲みした。


「ううん、別にいいよ。いい宣伝になっただろうし、次の物々交換が楽しみだよ」


「あらま抜け目が無いわね。でもそういうところも好きよ~」


 酒を飲んで落ち着いたのか、いつもの調子でセリーヌが俺の頭を撫でる。


「ボクもマルクのこと大好きだよ!」


 セリーヌに続いて声を上げたエステルは、俺の手を両手で握って引っ張り上げると、自分の頬にぴたっとあてて微笑んだ。


 身長差があるので、俺としては吊られたみたいになって恰好が付かないんだけれど、俺の手の甲を頬にあてるエステルは嬉しそうだ。そして周囲の酔っぱらいの、おそらく独身男から嫉妬の視線が向けられているのを感じた。まぁ一番鋭い嫉妬の視線はニコラから突き刺さってるんだけど。


「そ、それじゃ、そろそろ別の所に行こうよ。エクレインさん店番頑張ってね」


「あーい」


 用事も無くなったし何だか居づらいので、さっさとこの場を離れることにしよう。ぷらぷらと手を振るエクレインに別れを告げ、さっきからいい匂いを漂わせる屋台に向かって歩き始めた。

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