237 運動会
「よお、今日はいつにも増して色男だな。いらっしゃい」
目当ての屋台を訪ねると、店番をしていた顔見知りの男が面白そうに口の端を吊り上げた。
キュウリの常連客の一人だ。普段一緒にいるエステルとニコラに加えてセリーヌまで侍らせてるのを冷やかしているのだろう。
「こんにちは。あ、これウチのキュウリです。どうぞ」
「おおっ、ありがとな。新しい味付けのキュウリを出したと聞いてはいたが、なかなか店番から離れられなくてなあ。後でゆっくりいただくぜ」
男は俺の差し出したキュウリを奥にある棚に仕舞い込むと、再び俺たちに向かって笑いかける。
「さて、次は俺の番だな。ちょっと待ってな」
男の目の前の長机には、羽根をむしられタレに漬けられてこんがりと焼かれた鳥が横並びに置かれている。いわゆる丸ごとローストチキン状態だ。
「これって何の鳥ですか?」
「これか? 川向こうにいるヤヨケドリって魔物だよ。……って、そういや坊主もディールと一緒に狩りに行ったんだってな。見込みのある子供だって、あのディールが珍しく褒めてたぞ」
ディールが褒めてくれていたのか。それは素直に嬉しいね。男は手際よく鳥肉をナイフで切り分けると、人数分を一つづつ大きな葉で包んでくれた。するとエステルが鳥肉を受け取りながら頬を膨らせる。
「マルク、ディールさんとヤヨケドリを狩りに行ったの? 行くならボクも誘って欲しかったなー」
「ごめんね、急に決まったことだったから」
「あらあら、それじゃあ今度はみんなで行きましょうか。もちろんディールは抜きでね」
「ほんと!? やった!」
セリーヌの提案にエステルが耳をきゅーんと上に伸ばして喜んでいる。俺はそれを見ながら鳥が包まれた葉を開いて鳥肉をむき出させると、大きく口を開けて頬張った。噛んだ瞬間に皮がパリッと音を立てる。
「うまっ……!」
思わず声が出るほどの美味さだ。外はパリっとしているけれど中身はとてもジューシーで濃厚な味がする。
料理自体は単純なものに見えるので、この旨味は純粋にヤヨケドリ本来のものなんだろう。前世でもこんな鳥肉は食べたことがなかった。そりゃあ安月給だったし、お高いお店に行けばあったかもしれないけどね?
『お兄ちゃん、これは是非とも持ち帰ってパパにも作ってもらいたいです。次の狩りでは大量ゲットを目指しましょう』
『だね』
ニコラと二人で顔を合わせて頷くと、それを見ていたセリーヌが「あんたたちってたまに目と目で会話してるわよね。双子って不思議ね~」と笑った。
◇◇◇
その後もいくつか食べ物の屋台を渡り歩き、祭壇にもお供えをした後、腹ごなしも兼ねてシュルトリア自然公園へと足を運ぶことにした。トリスが主催となり簡単な運動会を行うと青空教室で告知していたのだ。
参加するかどうかは各自に任せるようだったが、モテたい盛りの男子たちは皆こぞって参加を表明しているみたいだ。俺は出店もあるので、行けたら行くとだけ言っておいたけれど。
広場から続く、俺が整地した通路を通って公園の中へと歩いて行くと、グラウンドをトラックにして子供たちが徒競走をしている姿が目に入った。トラックの周辺では大人や子供がそれを見ながら応援したり、談笑したりしながら過ごしている。
『お兄ちゃん、身体能力を試すチャンスじゃないですか?』
ニコラが徒競走に視線を送りながら念話を届けてきた。そういえばエーテルで身体能力が上がったらしいけれど、収穫祭の準備に追われてまだ何も試していなかったな。確かにこれは他人と比較出来る丁度いい機会だと思う。
『あっ、そうだね。飛び入りで参加できないか聞いてみようかな』
トラックの傍らには主催者のトリスがいた。さっそくトリスのもとへと歩くと、向こうも俺たちに気づいたようで顔をこちらに向けた。
「おお、揃いも揃ってどうした?」
「こんにちはトリス先生。何か競技に参加したいと思うんですけど、今からでも参加出来そうなものって何かありますか?」
「ふむ、それなら今やってる徒競走なんてのはどうだ? これなら今すぐにでも参加出来るぞ。今から始まる組はお前からすれば歳上ばかりだがどうする?」
トリスがトラックの白線近くに集まっている少年たちを指差しながら問いかける。確かに彼らは青空教室で見かける歳上のお兄さん方だ。今は周囲の女の子に愛想を振りまきながらその出番を待っているところのようだ。
できれば同い年が良かったけれど、負けて当たり前だと思えばプレッシャーもないので悪くはないと思う。
「はい、お願いします」
「よし、あいつらの所に行って白線に沿って並びな」
トリスの指示に従い、少年たちのもとへと向かう。
「マルク、頑張ってね!」
背後のエステルの声援に手を振り再び顔を前へ向けると、少年たちがギョッとしたような顔で俺を見ていた。
「こんにちは。僕も参加するのでよろしくお願いします」
「お、おう。こっちこそお手柔らかにな……」
相変わらず初日に本気の魔法を見せつけたことで恐れられているみたいだ。これから行われるのは単なる徒競走なので、そこまで恐れられるのは自業自得とは言え少し悲しい。
俺はトラックの中から周囲を見渡す。白線がスタート地点で、そのままぐるっと一周すればゴールという単純明快な競技の様だ。
トラックの外周には少年たちの恋人なのかファンなのかは知らないけれど、多数の黄色い声が飛んでいる。それに混じってエステルとセリーヌの声援も聞こえてくるのが嬉しい。ニコラも申し訳程度に「お兄ちゃんがんばえー」と言っているが、心がこもって無いのが見え見えなので逆に萎えてきそうだ。
「よし、そろそろ始めるぞ。全員位置につけ」
トリスの呼びかけに少年たちが顔を引き締めてスタート地点に並ぶ。俺はその端っこにちょこんと立つとスタートの合図を待った。
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