234 収穫祭

 川向こうへ狩りに行ってから数日が経過し、収穫祭の当日となった。


 収穫祭当日は普段よりも少し遅めに村人が広場へと集まる。今日ばかりは物々交換は行われず、皆がそれぞれ食べ物を持ち寄り無料で提供するのだ。普段から食料を生産しない参加者は催し物の資材や労働力を提供することで協力し、村人総出で収穫祭を作り上げる。


 その中でもやはり食べ物を提供する人は結構な負担となるため、この日のために大掛かりな狩りを複数人で行ったり、消費期限の長い食料をコツコツと貯めておいたりと、懐があまり痛まないように様々な工夫を施すのが通例のようだ。


 俺は普段と同じくキュウリを提供しようと思ったのだけれど、いつものようにマヨネーズとのセットを無料で提供するのは勿体な……芸が無いと思い直し、お祭りバージョン用にキュウリの味付けを変えてみることを考えた。


 そこでさっそくエステルパパのミゲルに協力してもらい、新しい調味料を作ってもらったのだ。


 ミゲルは突然のリクエストであったにも関わらず「あっさりとした~、でもちょっとしょっぱい? みたいな?」なんていう俺のぼんやりとした表現を元に、満足のいく調味料を完成させてくれた。やっぱりこういうのはプロにお願いするに限るね。


 その調味料の入った容器にキュウリを半日ほど漬け込み、竹串を差し込んだ物が今回振る舞われる新レシピ。前世の屋台でも見かけたことのあるキュウリの一本漬けだ。


 ……まぁ、前世では見かけたことはあっても食べたことはなかったんだけどね。あの頃はどうして祭りにまで来てキュウリなんかを食べなきゃいかんのだという思いが強かったけれど、今となっては一度くらいは食べておけばよかったと思う。



 そんなミゲルが一晩でやってくれた、しっかりと味の染み込んだキュウリを土魔法製の容器から取り出して、エステルとニコラに手渡す。二人がさっそく口に入れるとポリポリッという心地よい音が聞こえた。


「うん、酸っぱいけれどすっきりしてクセになる味だね! これならきっと喜んでもらえると思うよ!」


「お兄ちゃんおかわりー」


 先に味見をしたので問題ないとは思っていたけれど、どうやら二人からも合格をいただいたようだ。俺の思いつきレシピをあっさりと完成へと導くとは、ミゲルの料理の腕前は俺ご自慢の父さんに勝るとも劣らないと思う。


 俺は二人の反応に満足し容器の蓋をパコンとはめ込むと、アイテムボックスに収納した。


「おかわりは広場に着いたらね。ミゲルさん、調味料ありがとうございました」


 ここはエステル宅。ミゲルに調味料を作ってもらい、ここでキュウリを漬けて一晩寝かせてもらったのだ。今からいつもの物々交換と同じように、俺とエステルとニコラの三人で食べ物を積んだ荷車を引いて収穫祭会場となる広場へと向かう。


「いつも美味しい野菜を貰ってるし、これで少しでも借りが返せたようなら嬉しいよ」


 そう言いながらミゲルがやさしげに微笑むと、もはや定番のようにスティナがからかう。


「あら、それなら残りの借りはエステルの体で支払っておく?」


「エ、エステルにはまだ早い!」

「もう、母さんまたそんなこと言うんだから!」


 父娘が口を揃えて反論すると、スティナが肩をすくめた。そのお腹はもういつ子供が生まれてもおかしくないほどに大きい。


「やれやれ。それじゃあ、三人ともお祭りを楽しんできてね。私も後で少しだけ見に行くから」


「さすがにもう家で大人しくしてたほうがいいよ?」


 エステルは心配そうに眉を下げるが、スティナはどこ吹く風で隣にいるミゲルと腕を絡ませる。


「私は父さんと久しぶりのデートなの。収穫祭の間はずっと父さんと一緒にいるから大丈夫よ」


「そうなの? 父さん」


「えっ、あ、ああ……。少しは歩かないといけないしな。まぁ母さんのことは父さんに任せなさい」


 ミゲルが照れたように頬をかきながら答える。見た目が若く新婚ホヤホヤに見える二人だが、どうやら中身もまだまだアツアツのようだ。するとニコラが二人を見ながら念話を届けてきた。


『これは三人目もあるかもですねー。そういえばウチのパパとママはどうなんでしょうね? 今は夫婦水入らずですけど』


『知らないよ。あっちも負けず劣らず夫婦仲は良いと思うけどね』


『……そう言えば、今日はですよ。お昼には一度お家に帰ってパパとママとお話させてくださいね』


『うん、わかってる。それじゃそろそろ行こうか』


 仲良く会話を続けるエステル一家を見つめるニコラの瞳には、少しだけ寂しさが混じっているようにも見える。俺は話を切り上げると出発の準備を始めることにした。

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