233 いやらしい鳥

 試し撃ちで折れかかった大木が危なかったので、セリーヌと二人で押し込んで完全に真っ二つに折っておくことにした。


 その間にディールは次のヤヨケドリを探しにこの場を立ち去り、二人の険悪なムードも消え去ってくれたので、俺としても一安心だ。


 今のうちにセリーヌにお礼を言っておこう。俺は苛立ちをぶつけるように折れかけの大木をゲシゲシと蹴っているセリーヌに声をかけた。


「ねえ、セリーヌ。今日はありがとね。セリーヌが嫌いなディールさんに我慢して付き合ってくれたお陰ですごく勉強になるし楽しいよ」


「お礼なんていいのよ~、でもどういたしまして。……ん~、あんたとは相性悪くなさそうだし、仲良くしなきゃダメとでも言うのかと思ったけど言わないのね?」


「はは、セリーヌが絶対に無理ってのは見ればわかるからね……」


「あら、その通りよ~。そういう割り切ったところも好きよ、マルク」


 セリーヌは大木を蹴るのを止めると俺の頭を撫で回した。すると疲れた風を装ってしゃがみ込み、セリーヌが足を蹴り上げるたびにドレスのスリットからチラチラ覗くふとももを観察していたニコラから念話が届く。


『おお、ほぼマックスまで上がっていたセリーヌの不機嫌ゲージがみるみる下がっていってますよ。さすおにさすおに!』


 たしかに大木を蹴っている間にも寄っていた眉間の皺は、今はきれいに無くなっている。そうしてセリーヌの機嫌が回復したことにホッと一息をついたところで、森全体に聞こえるような大声が響いた。


「フハハ! 次の獲物を見つけたぞ! さあ、俺の華麗で超絶な美技を見学に来るのだセリーヌ!」


 さすがに獲物も逃げてしまうんじゃないかというディールの声に、俺を撫で回していた手は止まり、頭上からため息が漏れる音が聞こえた。見上げるとセリーヌの眉間には再び皺が。これもうディールがいる限りどうにもならないね。



 ◇◇◇



 それからしばらくディールの独壇場でヤヨケドリを狩り続け一息ついた頃、セリーヌへのアピールも一段落したのか、ディールから次のような提案がなされた。


「よし、それでは次は子供がヤヨケドリを狩って見るか?」


「え? いいんですか?」


「いいぞ! もし失敗したとしても、この俺がお前を守ってやろう!」


 そう言い放ちマントをバササッとはためかせたけれど、その顔はセリーヌの方に向いていた。どうやらアピールが一段落したというよりも、別方向からのアピールに変えただけらしい。とはいえありがたいことには間違いないので不満はない。



「――見ろ、あそこにいる」


 少し森の中を捜索し、あっという間にディールがヤヨケドリを探しだした。ほんとに頭以外はハイスペックな男である。


 俺は軽く頷くとなるべく標的が見やすい位置へと移動し、木の上のヤヨケドリを見上げた。


 すると俺がこれから何かを仕掛けようとしているのがわかっているのだろう、ヤヨケドリと目が合った。鳥なので表情は伺えないはずだが、俺を侮るように嘴をいやらしく歪めているように見える。


 攻撃を外した途端に襲いかかってくるんだよなあ……、正直怖い。銀鷹の護符は持ってきているし、ディールも守ってくれるらしいが、それでも怖いものは怖い。


 外さないことを祈りつつ、風属性のマナを手の中で捏ねて風刃ウィンドエッジを作り上げる。あまりマナの出力を上げると命中が乱れるので、そこそこに抑えつつ、ディールの教え通りにピャーッと風刃ウィンドエッジを放った。


 ――スパンッ


 小気味良い音が聞こえ、ヤヨケドリの首が撥ねられた。一応は成功したことに胸を撫で下ろすと、隣にいたディールが感心したように呟く。


「ほう、首を狙うとはなかなかやるではないか」


「いや、胴を狙ったんですけど……」


「そうか、まあ初めてにしては上出来だ! 精進するがいい! フハハハハ!」


 俺のすぐ近くに落ちてきた首の無いヤヨケドリをディールが拾い、腰に付けた大きめの袋の中に仕舞う。あの袋、さっきから何匹ものヤヨケドリを放り込まれているけど、一向に満タンにならないな。


 俺の視線に気付いたディールは、袋を俺に見せるように持ち上げてみせた。


「これか? これはアイテムバッグだ。エルフの里を立ち去ることを決めたご先祖様の旅の無事を願い、エルフの村長が授けたものだと伝えられている。我が家の家宝だ」


「へえー。そんなものもあったんですね」


 そういえばセリーヌの胸元にもやたらと色々な物が入っていたけれど、あれも似たような物が仕込まれているのかな。そのセリーヌは呆れたような顔で口を挟む。


「あら、おかしいわね~。エルフの里から家出した時に実家からちょろまかしたらしいって、私はあんたの爺ちゃんから聞いたけど」


「フハハ! 長き歴史には諸説が入り乱れるものだからな! 爺様もだいぶ耄碌しておられるし、俺の唱える説が正しいのは確定的に明らかなのだ!」


 ディールが言い始めたのならそれってもう捏造じゃん。セリーヌも議論をするつもりはないらしく、軽く息を吐くと腰に手をあてた。


「まぁいいわ~。それよりもう十分に狩ったんじゃない? 日が暮れる前に帰ったほうがいいんじゃないかしら」


「ふむ、それでは帰るとしようか! セリーヌよ、今日の活躍でお前も俺に一層惚れ込んだことだろうが、今夜は親族が家に集まる日なので俺は忙しい。夜這いなら明日以降に頼むぞ? フハハ! フハハハハ!」


「あっ、手が滑ったわ」


 ――ボムッ


 いつの間にかセリーヌの手のひらに握られていた火球がディールに襲いかかり、小気味良い音を立てた。


 どうやら俺の勉強会を兼ねた狩りが終わり、セリーヌの我慢の限界はあっさりと越えたらしい。



 この後、森を燃やすことなくこんがりと焼けたディールを、すっきりした顔のセリーヌが引きずりながら村へと帰った。ノータイム爆撃は防ぎようがないよね。俺もセリーヌは怒らせないようにしよう。

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