225 自己責任

 噴水周りの説明を終えるとトリスが腕を組みながら頷き、次に怪訝な顔を見せた。


「……ふむ。そりゃあ若い連中が喜ぶかもな。ところで最初から気になっていたんだが、この石碑はなんだ?」


 トリスが公園入り口にある、俺が作った石碑を指差した。そこにはこのように書かれている。


『シュルトリア自然公園~遊具の利用は自己責任でお願いします。園内での怪我や事故について当園では一切の責任を負いません~』


 公園の名前とその下に小さく注意書き。公園の名前は適当に付けさせてもらったけれど、書き記したかったのは注意書きの方だ。


 小さく書いたにも関わらず、公園の名前よりも注意書きが目立つのは我ながら気持ち悪い。するとトリスが呆れたような声を上げた。


「お前な、この村に怪我をしたくらいで文句を言ってくる親なんかいるわけないだろう?」


「でもトリス先生、前に例の眼鏡を子供にあげたら親が怒鳴り込んできたって言ってたじゃないですか」


 そういう少し過保護な親御さんもいると先に聞いていたので、全力で責任を回避しようと思ったのだ。


「うん? ……あぁ、あのエロ眼鏡か。あれはなぁ、子供がまさにこんな子供だましのエロ眼鏡で満足してしまうと嫁をもらう気が無くなるだろうって怒鳴りこまれたんだよ。逆にここならガキ共が目当ての女に自分の力を見せつける恰好の場所になるからな。それで怪我しようが文句が出るわけないから心配するな」


「あっ、そうなんですか……」


 まあ前世でも男の草食化の原因にAVやら二次元の影響を挙げる識者なんかもいたし、案外鋭いところを突いてるのかなあ。なんにせよこの村の子作りに対する意識の高さは普通に引くレベルなのを再認識したね。


 もしかすると今は町の子供と変わらないシーニャも、いつかゴリゴリの肉食系になるのだろうか。……いやしかし、セリーヌやエステルはそんなことないしな。大丈夫だよね、うんうん。


 俺はこのまま変わらぬ癒やし枠で育ってくれよとシーニャの健やかなる成長を願いつつ、石碑の注意書き部分を土魔法でそっと消した。


「後はしばらく様子を見て調整しないといけないところもあると思いますけど、とりあえず説明は以上です。トリス先生も噴水と照明の魔道具の方、お願いしますね」


「ああ、任せておけ。……それにしても想像以上のもんだ。ご苦労だったな。この礼は必ずするから楽しみに待ってろよな」


 トリスは俺をねぎらうように肩をポンと叩くと、少し申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。


 公園を作るのは趣味みたいなところもあるし、別に気にしないでもいいんだけどな。しかしギルやビヤンもそうだったけど、俺みたいな子供をいいように使っている罪悪感が芽生えるみたいだし、借りを返してくれるというのなら甘んじて受けておこう。俺はトリスに頷いてみせた。


「よし。それじゃあ俺はしばらくシーニャを遊ばせてから帰るからな。すまんが帰り道も少し整地しておいてくれると助かる」


 そう言ったトリスの視線の先ではシーニャが楽しそうにブランコで遊んでいる。トリスとしては今すぐにでもひ孫の背中を押してあげ、はしゃぐひ孫の顔を見たいのかもしれない。


「わかりました。エステルー、そろそろ帰ろうか」


「……うん、わかった~……」


 ぐったりしていたエステルがふらりと立ち上がった。どうやらまだかなり疲れている様子だ。いつも元気なエステルとしては珍しい様子だが、魔力の消費は体力とは勝手が違うといったところなんだろう。それを見たトリスが顎を擦りながら声をかけた。


「なんだ、随分と疲れているみたいだな。……おお、そうだ。いつもセリーヌが自慢してる、お前が作った風呂にでも入れてやればどうだ?」


「お風呂? そういえばいつか入れてくれるって言ってたけど、まだ入ったことないなあ」


 こちらに向かってトボトボと歩いていたエステルが顔を上げながら答えた。確かに一緒に足湯には入った時に約束していたのに、それっきりになってたな。ポーション風呂で消費した魔力が回復するとは思わないけれど、それでも風呂でリラックスすれば多少は疲れも取れるかもしれない。


「そうだね、それじゃこれから露天風呂にでも行こうか」


「本当、やったっ!」


 エステルは少し元気を取り戻したようで、俺より先に帰り道に向かって歩き始める。するとトリスがエステルに向かって声を上げた。


「エステル! 疲れて風呂に入ると溺れるかもしれないからな! ちゃ~んとマルクと一緒に入ってもらうんだぞ?」


「はーい、先生。わかりました!」


 トリスのスケベそうな顔に気づかないエステルが素直に返事をすると、トリスは俺に向かってグッと親指を立てて見せた。なんだそのアシストしてやったぞ的な顔は。


「ひひ、良かったな。さっそく少し借りが返せて嬉しいぜ」


「先生……」


「マルクー! 早く行こうよ!」


 俺はトリスを軽く睨むと、エステルの後を追いかけて森の中へと入って行った。

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