159 ぱふぱふ

 数匹のストーンリザードを先手必勝で倒しながら前へと進んでいくと、またしても目の前には分岐路が現れた。


「ニコラちゃん?」

「こっち」


 セリーヌが尋ねると、すぐにニコラが指を差した。俺たちは再びニコラが指差した方向に歩みを続ける。


 そうしてしばらく進むと、やがて行き止まりに辿り着いた。しかしその地面はひどく陥没しており、大きな穴がポッカリと開いている。


「ここが魔石坑道の最奥っす。鉱夫たちがここを掘っててストーンリザードの巣と坑道を繋げてしまったみたいっす」


 ウェイケルの説明を聞き、真っ暗な空洞に光球を差し入れつつ恐る恐る中を覗いてみると、岩や土砂が急な坂道に様に積み重なり下の空洞へと続いていた。当然だが空洞はこれまでの様に坑道らしい木枠で補強されてはおらず、洞窟のような剥き出しの石壁になっている。


「お嬢ちゃんを信じるならば、ラックたちはまだ巣の中にいるみたいっすね。……それじゃ降りるっす」


 ウェイケルは一息にそう告げると、躊躇ちゅうちょなく空洞へと飛び込む。


 そして土砂の中に埋もれている大きめの岩を足場に、タンタンタンッとリズミカルに跳ねながら、落下しているような速度であっと言う間に巣の中へと着地した。うわあ、やっぱり冒険者って身体能力がすごいな。


 ウェイケルを追いかけるように動かしている光球が巣の中を照らす。ウェイケルは周囲を見渡すと、こちらに向かっておいでおいでと手招きした。


 そうだった。これから俺もここを降りるんだ。ちょっと八歳児には厳しい気がするけれど、手と足を地面につけてそろそろと降りれば大丈夫かな……。


 俺がそろりそろりと空洞へと近づいていくと、スッと目の前にやってきたセリーヌが俺に背を向けてしゃがみ込む。


「マルクとニコラちゃんにはちょっとキツいわね。背負ってあげるから乗りなさい」


「えっ、背負って降りるの? それってセリーヌは大丈夫?」


「心配しなくていいわよん。ニコラちゃんは前からどうぞ」


 若干の不安はあるが、セリーヌが言うなら大丈夫なんだろう。俺はセリーヌの背中に持たれかかるように胸を当てると肩を掴んだ。そしてニコラは前から遠慮なくセリーヌの胸に顔を沈めるように押し付けながら、首に腕を巻きつけた。


『ぱふぱふ……ぱふぱふ……』


 なにやら聞こえたが、スルーして掴んだ肩に力を込める。するとセリーヌは片手でニコラの尻を持ち上げ、もう片方で俺の尻を持ち上げながら、すくっと立ち上がった。結構力持ちっすね、セリーヌさん……。


「それじゃいくわよ~」


 その声と同時にセリーヌは空洞へと飛び込んだ。直後にふわっとした浮遊感を覚える。


 ――スタッ


 最初の一歩でいきなり地面に到着。しかも何の衝撃もなかった。これはどういうことだろう?


 セリーヌは再びしゃがみ込んで俺たちを降ろすと、おそらく鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてる俺を見て、人差し指を立てながら得意げに答えた。


「今のは風魔法よ。落ちる速度を風魔法で緩和したのよん」


 風魔法ってそんな使い方もできるのか。石を削ったり、何かに纏わせてスパスパと切るくらいしか使ったことがなかったけど。ってことは何かに利用も出来そうだな……。例えば――


 そうして俺が風魔法について考え込んでいると、ニコラから邪念話が届いた。


『はふう~。何度味わってもセリーヌのぱふぱふは良いものですね。しかもここまでの移動で少しだけ汗ばんだお胸となると格別です。しっとりとした肌と肌とのフィット感とやさしげな匂い、変わることのない柔らかさとぬるめのお風呂に入っているかのような体温。総合点ではこれまでの中でも一二を争うレベルです。思わずペロペロとしたくなる……って、うん? お兄ちゃん、変な顔をしてどうしたんですか? ぱふぱふの感想がもっと聞きたいなら、あとでレポート用紙十枚ほどにまとめてあげますけど』


『違うからね。風魔法を応用して何かできそうだなって考えてたんだよ』


『はぁ、そうですか。まぁヘタレのお兄ちゃんですし、そんなところじゃないかと思ってました。考え事もいいですけど、そろそろ進みますよ。目的地は近いです』


『延々と変態レポートを聞かせてくれたお前には言われたくないよ』


『へへっ、お代は結構だぜ』


「セリーヌお姉ちゃん、あっちだよ」


 俺の皮肉が全く効いていない様子のニコラがセリーヌに進路を指差して見せる。


 俺たちの立つ場所は先程までとは打って変わり、だだっぴろい石造りの広場のような場所だ。目の前にはいくつもの通路が見えるが、俺たちは黙ってニコラの指し示した通路へと向かう。


 俺の空間感知は相変わらず不安定なままだ。この周辺にもたくさんの魔石が埋め込まれているということだろう。天然の洞窟みたいなものなら、きっと死角も多いと思われる。すごく不安だ。



 そうしてしばらく歩いていると、向こうからランタンの灯りらしきものが激しく揺れながら近づいてきた。近づくにつれダッダッダッダッと複数の足音が聞こえる。


「ラックたちね。どうやら追われてるみたいだわ」


 セリーヌが近づいてくるランタンの灯りを見ながら言い放つ。ここで追ってくるものと言ったら魔物以外にないだろう。俺にはまだ魔物の姿が見えはしないが、先に準備をしよう。


 俺は石弾ストーンバレットを五センチほどの間隔で、空中に敷き詰めるように浮かべる。それが畳一畳分ほど準備できた頃、ラックとジャックが俺からも確認できるほどの距離まで近づいてきた。


「二人とも、横に避けて!」


 俺の声に反応したラックが右、ジャックが左へと別れる。直後に薄っすらと見えたストーンリザードの群れに向けて――


「――石弾ストーンバレット!」


 俺は問答無用でストーンバレットの絨毯爆撃をぶっ放した。

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