140 亡霊
俺は井戸を探しに外に出た。宿の入り口を抜けて大ぶりな扉をバタンと閉めると、酒場の喧騒が幾分か静まる。しっかりとした建物だけあって、防音効果はそれなりにあるらしい。
ちなみに体を洗いたいなら井戸で勝手に洗ってくれというサービスの宿は結構多い。同じような宿はファティアの町にだってある。ウチの宿屋のように魔道具を利用したシャワー室がある方が少ないくらいだ。さすがにウチでもシャワー室は個別ではなく共用だけど。
「さてと、井戸はどこかなと……」
独り言を呟きながら辺りを見渡す。宿で聞いた話によると、井戸は宿の近くにあるらしい。外はすっかり日が落ちて夜の様相を見せているが、宿の窓から漏れ出る明かりを頼りに宿の周辺をぐるっと周る様に捜索する。
そうしてしばらく周辺をうろついていると、宿から少し外れた場所に井戸を発見した。
見つけた井戸の周辺は宿から若干離れているために薄暗く、そのくせ月の光を浴びてその存在を異様に主張している。まるで井戸が浮き上がってるように見えるその光景はなんとも不気味だ。
この世界には
しかもこういう時に限って前世のホラー映画なんかも思い出したりするわけで、怖さがどんどんと増していく。きっと来る~のは勘弁してもらいたいね。
照明魔法で周囲を明るくすれば怖さも無くなるのかもしれないが、これから半裸になって体を拭うというのに、わざわざ周囲から目立つようなマネをするのも恥ずかしい。
とりあえず井戸に少しだけ近づく。そもそも俺には水魔法があるから井戸を使う必要はない。しかし井戸の周辺なら多少は水を流しっぱなしにしても問題ないから利用するのだ。
俺はなるべく井戸の方を見ないようにしながら水魔法で水を宙に浮かべた。後はタオルを濡らして体を拭くだけなんだが……。
そこでふと思いついた。せっかく怖い思いをして外にいるというのに、体を拭うだけなんてもったいない。せめて頭くらいは洗ってしまおう。俺はピンチをチャンスに変えることができる男なのだ。
俺は上着を脱いで上半身裸になると、水の塊からシャワーのように水を放出させ、頭から水を浴びた。
十分に髪に水が馴染んだところでアイテムボックスから洗髪石鹸を取り出し、頭にそれを擦りつける。そして石鹸を泡立てながらシャカシャカと頭皮をマッサージするように洗った。うーん、気持ちいいー。部屋の中ではできないことなので少し得した気分だ。
俺は怖がっていたことをすっかり忘れ、鼻歌まじりで頭についた泡を流す。後は髪の毛を拭いて、濡れタオルで体を拭いたら終わりだな。俺は頭髪を乾かすためにアイテムボックスからタオルを取り出すと――
――そのタオルは
「うわッ!」
俺は思わずタオルを投げ捨てると勢いよく数歩後ずさった。腰が抜けなかっただけでも自分を褒めてやりたい。
心臓がすごい勢いでバクバクと騒ぎ立てている。俺はゴクリと生唾を飲み込むと、腰を引き気味にタオルを投げ捨てた方向へ顔を向けた。そこには投げ捨てる前と変わらぬ赤く染まったタオルが地面に落ちていた。
その真っ赤な色は紛れもなく血だろう。これは
俺はニコラから
それにしても暗くて心細い。……そうだ、とりあえずは明かりだ。今は上半身裸だが、今更そんなことはどうでもいいことだろう。
俺が照明魔法を発動させると、井戸の周辺がまるで昼間の様に明るくなった。そして血濡れたタオルもその全貌を明らかにさせ――
――というか、コレ、俺がネイの血を拭いたタオルじゃん。
今度こそ俺の足から力が抜け、地面にしゃがみ込みながら照明魔法の光量を落とす。そして大きく安堵の息を吐くとタオルに近づいた。
タオルは俺が投げ捨てたせいで土に汚れて無残な有様だ。ネイの血もタオル全体が赤く染まるほどの量では無く、たまたま俺の視界に入った一面が赤く染まっていただけのようだ。
さすがにこのタオルはもう使えないよな。床も拭いたからガラスの破片が絡まってるかもしれないし。とりあえず後でどこかに捨てることにして、アイテムボックスに収納する。
《血濡れたタオル ネイの血》
なんてラベリングがされていた。こんな物をうっかりアイテムボックスから取り出すなんて、俺はなんてアホなんだ。
俺は真新しいタオルを取り出すと、今度こそ濡れた頭髪を拭き始めた。誰にも見られてなくてよかったなあ……。
『ニヤニヤ』
なんだか念話が届いてる気がするけれど、気のせいだし宿の方は絶対に振り向かない。
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