130 バーベキュー

 仮設トイレからドームハウスを挟んだ向こう側まで歩くと、まず初めに土魔法でテーブルと椅子を作った。


 そしてその隣にテーブルと同じ高さの台を作り、平台の縁の部分を十センチほどの高さのブロックでぐるっと囲う。そこに炭を放り込み、町で買ってきた金網を上に置いたらバーベキューセットの完成だ。


「あら、もう出来たのね」


 トイレから出てきたらしいセリーヌに声をかけられた。


「どうする? 食事時には少し早いと思うんだけど」


「う~ん……。もう食べちゃいましょうか。見てたらお腹が空いてきちゃったわ~」


「わかった。それじゃあ炭に火をつけてくれる?」


 俺の拙い火魔法だと怖いので、セリーヌの火魔法で火を付けてもらうことにする。


「あんたって、火魔法は相変わらずなのねえ」


「水をお湯にするくらいかな。なかなか練習する場所がないんだよね」


「確かに私も小さい頃、練習場所探しには苦労したわね……。まぁ攻撃魔法なら素材を駄目にする火魔法よりあんたの土魔法のほうがよっぽどいいし、使えなくても問題ないかもね」


 そう言いながらセリーヌは炭を一つずつ火を付けて回る。セリーヌは慰めてくれている様だが、火の矢ファイアアローの命中精度はうらやましい。


 石弾ストーンバレットは硬い石ころを飛ばしてるだけなので、遠ければ遠いほど風や重力などの物理的な影響を受けやすく外しやすいみたいだ。その点火の矢ファイアアローは見た感じだと物理的な影響を受けてなさそうなんだよね。単にセリーヌの腕のお陰かもしれないけど。


「お肉!」


 ちろちろと燃える炭を眺めていると、馬車をドームハウスに横付けしてきたニコラとデリカがテーブルに近づいてきた。肉の一声はもちろんニコラだ。


「みんなも揃ったし、そろそろ焼き始めるね」


 俺はテーブルに取り皿やコップを取り出し、生肉生野菜を大皿に盛り合わせると肉から金網の上に置き始める。ジュウジュウと肉の焼けた音が周囲に響き渡った。


「んふー、美味しそう! お酒も飲みたくなってきたわ。出してくれる?」


「お酒なんて持ってきてないよ。野宿で酔っ払うのは危険だって言ってたのはセリーヌだよ?」


「あー。そういや仕事の途中だったわね。なんだかピクニックの気分になってたけど」


 それでいいのかC級冒険者。


「そういえば、普段はこういった野宿の時って何を食べてるの?」


「少し前にゴブリンの森で干し肉と黒パンを食べたでしょ? アレよ」


 もう二年ほど前になるのか。硬すぎる黒パンをお湯でふやかして食べたっけな。


「他には?」


「ないわよ。アレだけ。……ああ、たまに食べられる魔物を見つけたら捌いて焼いて食べることもあるわ……。あれがごちそうね」


 思った以上に冒険者の食事事情は厳しいらしい。


「食料はかさばるし痛みやすいからねー。黒パンと干し肉で何とか食っていけるなら、それでいいやってなっちゃうのよ」


 そう言ってセリーヌが焼きたての肉をフォークで突き刺し、口に入れた。


「うーん、美味しい! 普段は野宿でこんなの食べられないから格別だわ!」


 ちなみにこれらの肉は町を出るときにセリーヌの財布で購入したものだ。存分に食べてほしい。


 そしてそんな肉を遠慮せずにヒョイパクヒョイパクと、どんどん食らうのはニコラ。


「ニコラ、肉もいいけど野菜も食べなよ」


 焼けたピーマンとニンジンをニコラの皿に置いてやる。


「ニコラお野菜きらーい。ポテトサラダなら食べるよ」


 アレを野菜にカウントしていいかは微妙なところだが、まあいいだろう。ポテトサラダの皿を出してやると、ニコラはそれをもそもそと食べ始めた。


「デリカは何か出してほしいものはない? 結構いろいろ持ってきてるんだ」


「そうなの? それじゃあ……リムテヒンはある?」


 久々に翻訳されない謎食物がきたわ。


「リムテヒン? 聞いたこと無いけど、なんなのそれ」


「やっぱり無いのねー。父さんが小さい頃に一度食べたことがあるって聞いただけで、私は見たことも食べたこともないの」


「へえ、私も知らないわねえ」


 セリーヌも知らないものらしい。いつか調べておこうか。


 と、話してばかりじゃなくて、そろそろ俺も肉を食べよう。ようやく焼けたと思われる肉にフォークを刺そう……とすると、ニコラにそれをかっさらわれた。


 こういうこともある。仕方なしに新しい肉を金網に投入しながら、焼けるのを待っていると、またしても狙った肉をニコラに取られてしまった。


『なあニコラ』

『なんですか?』


 ヒョイパク


 言ってるそばから俺の周囲の肉が取られていく。


『肉を食べたいんだが』


『そうですか。でも野菜ならたくさんありますよ。まずは野菜から食べたらどうですか?』


 そう言うとニコラは焼けたかどうか、ギリギリのラインの肉を自分の皿に入れた。

 

 俺は肉を育てたなんてことは言うつもりはない。「ワシが育てた」なんて言っていいのは、どこかのベンチを蹴り上げる闘将のみだ。


 しかしこれは明らかに俺に肉を取らせないために食っているように思える。どうやら皿にピーマンを乗せたのが気に入らなかったらしい。俺は無言でピーマンを自分の皿に乗せる。


 するとやたらとニコラが肉をパクつく様子が目に入ったんだろう。デリカは自分の皿にニンジンを乗せると、


「ねぇニコラ、危険を伴う旅の途中なんだからね。食べすぎると動けなくなっちゃうから気を付けないと駄目よ」


 たしなめるような口調でそう言った。するとすかさずニコラが言い返す。


「ニコラね、お肉をたくさん食べると、お胸が大きくなるって聞いたことがあるのー」


「えっ!?」


 デリカは思わずセリーヌの顔を、そして豊かな胸を見た。視線の意味を察したセリーヌが苦笑しながら、


「んー、まあ私も子供の頃からお肉はよく食べてたかしらん?」


「そ、そうなんだ」


 そう呟くと、デリカも俺の育成エリアから焼きたて肉を取り始めた。親分気質でたまに口うるさいデリカを一言で黙らせてしまうとは……。俺の方を向いてニヤリと笑ったニコラを見て、俺は深い無力感に打ちのめされた。



 ――結局、二人が食べ切れないほどの量の肉を一気に焼くことで、問題はあっさり解決したんですけどね。戦いは数だよ妹。


 その結果残ったのが、胃のキャパを超える容量の肉を食べてしまった二人の胸の平たい族。今は俺が作ったベンチで、胸よりも腹を出した状態で横になっている。


 それを冷ややかに眺めながら、俺はバーベキューの片付けを始めた。鉄板を軽く水で洗い流してアイテムボックスに仕舞った後は、テーブルも皿も土に戻すだけなのでラクチンだ。


 その後は体がなんだか炭臭くなったこともあり、風呂に入りたくなった。


「それじゃお風呂を作るけど……」


「わ、私は後でいい……」

「ニコラも後で……」


 食いすぎた二人は風呂どころじゃないらしい。ニコラが混浴を見送るなんて、どうやら思った以上に重症のようだ。


「それじゃ今日は一人用のを作るね」


 いつものように浴槽と塀を作ってお風呂小屋を完成させる。一人用のつもりで作ったので一回り小さい見た目だが、まぁ大人一人ならこれでも十分入れるだろう。


 旅の間は疲れを溜めることは特によくないと思い、E級ポーションを五個分入れた。


「それじゃセリーヌからどうぞ」


「あら、一緒に入らないの?」


 いつものやり取りだ。


「ううん。後で入るよ」


「ふふ、そう? 入りたくなったらいつでも入ってね」


「はいはい」


 そういってお風呂小屋に入るセリーヌを見送った。


『お兄ちゃんマジヘタレ』


 ベンチに横たわりながら俺たちの会話を聞いていたニコラから念話が届く。やれやれ、今度はこっちの面倒でもみるか。俺はベンチに近づくとE級ポーションを取り出した。


「はい、ポーション。食べ過ぎに効くかわからないけど。二人ともこれからは気をつけるんだよ」


 そう言ってデリカとニコラに手渡す。


「あ、ありがと。その、迷惑かけてゴメン……」

『お兄ちゃんマジ天使』


 元だけど天使はお前の方だからな。これに懲りたら変ないたずらは止めてほしい。俺は切にそう願った。

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