127 グラスウルフ

 E級ポーションの活躍で、ニコラの中の門番は忠実に職務を果たしたようだった。


 しばらくするとセリーヌやデリカも帰ってきたので、移動を再開することになった。本当は草原でお昼寝でもしたいところだが、ギルド依頼遂行中なので仕方ないね。



 そうして一時間ほど馬車を進めた頃、俺の空間感知に何かが引っかかった。馬を包囲しながら追走する形で何かが近づいてきている様だ。


「セリーヌ」

「ええ」


ってなんだと思う?」


「そうね、魔素の反応があるから魔物なのは間違いないんだけど……。この辺りで草原に住む魔物と言えば、グラスウルフの可能性が高いわね」


「グラスウルフ?」


「草原に穴ボコを掘って、それをねぐらにしている狼系の魔物よ。集団で追い込むようにして襲ってくるから、一か所だけじゃなくて全体を見ながら警戒しないと駄目よ」


「前にラック兄ちゃんに聞いたコボルトと同じ様な動きなんだね」


「へえ、その時はどうしたの?」


「囲まれる前に全部遠くから倒したよ」


「あいつらは木々に隠れながら近づくから、言うほど簡単なことじゃないんだけど、あんたならやりかねないわね……」


「ニコラが索敵してくれたお陰だけどね」


「そういやニコラちゃんはそういうことができるんだったわね。ほんととんでもないちびっ子たち……と、そんなこと言ってる場合じゃなかったわ」


 セリーヌは頭を振り、俺に指示を与える。


「今回も近づく前にやっちゃいましょ。万が一馬が襲われちゃったら、こっちの移動手段が無くなるわ。このまま移動しながら、近づいてくる前に一気に倒すわよ」


 遠距離攻撃が確定したので、どうやらデリカの出番は無さそうだ。デリカもそれを察したのだろう。


「それじゃあ、このまま真っ直ぐ走らせたらいい?」


「ええ、急がせる必要はないわ。一定のスピードを保ってくれたほうが、こっちも当てやすいから」


「わかったわ」


 人がジョギングするくらいの速度を維持したまま馬車は進む。少し緊張したようなデリカの返事を受け、俺とセリーヌは馬車から周囲を見渡した。


 囲いがないタイプの荷台なので、見晴らしはとてもいい。まだ視界には入ってこないようだが――


 ――見えた。


 右に六匹、左に五匹。灰色に茶色が混じったような毛色の犬型の魔物だ。大きさは結構デカい。遠目なので分かりにくいが二メートル近くはありそうだ。首をこちらに向けながら、動向を窺うように少しづつ近づいてきている。


「やっぱりグラスウルフね。右側は私がやるわ」

「うん、わかった」


 左側は俺担当らしい。少ない方を回してくれたことに密かに感謝する。


『ニコラ、一応感知漏れがないか調べておいてね』

『了解です』


 そう言ってる間に、セリーヌが魔法のワンドを左手で掴んで縦に構えた。右手を矢を引くように動かしながら詠唱の鍵になる言葉を言い放つ。


炎の矢ファイアアロー


 セリーヌの目の前に現れた炎の矢は、すぐさまグラスウルフに向かって飛び去る。


「ギャンッ」


 一瞬で炎に包まれたグラスウルフは短く声を上げると、その場で転がるように倒れ込んだ。そしてセリーヌは続けて二射、三射と次々と当てていく。百発百中一撃必殺だなあ。すごい。


 ――おっと、見学している場合じゃなかった。俺は担当の五匹を見据え、石弾ストーンバレットを念じる。ヌシのエーテルを獲得した影響だろう、今まで以上に早い速度で弾丸が次々と作られていく。


 こちらも向こうも移動している上に目標まではまだまだ遠い。セリーヌみたいに上手く当てられる自信がなかったので、初心に立ち返りヘタな鉄砲でも数を撃とう。


 点ではなくショットガンさながら面で当てるように、縦三列横三列の弾丸の固まりを横並びに複数配置すると、声と共に一斉に発射した。


石弾ストーンバレット


 横長の長方形のように面になって浮かんでいた弾丸がグラスウルフに向かって飛んでいく。五匹全てを射程範囲に捉えたつもりだったが、当たったのは四匹。


「ギャウン!」


 即死はしていないようだが、ストーンバレットはグラスウルフの足なり胸なりを吹き飛ばした。とりあえずこれで馬車を追ってはこれないだろう。


 ストーンバレットを回避したのか、俺が外しただけなのか、残る一匹は仲間の惨状を見るや否や、単独で馬車に向かって走りだした。今までの探るような速度ではなく――


 ――なんだかすごいスピードでやってきてるんですけど!?


石弾ストーンバレット!」


 ドンッ!


 あまりの移動速度に驚いたが、真っ直ぐに駆けてきただけなので今度は当てやすかった。一撃でグラスウルフの頭と周辺の土を吹き飛ばし、グラスウルフは声を上げる間もなく絶命した。


 しかし気がつけば一瞬の間に随分と接近を許している。うへぇ、焦ったなあ……。


「ご苦労さま。どうせなら最初の一発目で全滅させたかったわね。突進してきたグラスウルフがもし二発目も避けていたら、一気にこちらに迫ってきてたかもしれないわよ」


 セリーヌの声に振り返る。どうやらさっさと終わって、俺の方を見学していたようだ。


「そうだね。思ったよりも全力疾走が速くてびっくりしたよ」


 さすが魔物である。前世の動物くらいのスピードを想定していて甘くみていた。


「魔物は見た目だけじゃ測れない強さがあるからね。常識に囚われては足をすくわれることにもつながるわ。色々と想定しながら行動することね」


「はーい」


「よしよし、素直でいい子ね。それじゃあ素材回収にいきましょうか。私の方は丸焦げだけど、あんたのほうは売れそうよ」


 セリーヌが俺の頭を撫でながら、頭を無くしたグラスウルフを指差した。

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