123 デリカの命令

 焼き上がったヌシの切り身がどんどん振る舞われ、その格別な味と俺の話を肴に村人たちが盛り上がる。


 俺は村人たちに何度もヌシとの戦いを聞かれることになった。漁師から俺が槍やら円盤やらを投げつけたことは聞いているらしかったので、そこで俺が何を思ったかをメインに話したんだが……。


 いきなり戦うことになって怖かったこと、魔法を撃ったら効かなくて怖かったこと、いきなり接近してきて怖かったこと、最後に墨を吐かれたときは怖かったこと……。改めて考えると、とにかく怖かったとしか説明していない気がするな。


 中には俺がヌシを倒したこと自体を疑ってかかる人もいたが、やはり目撃者多数だったこともあって、最終的には信じた様だ。まぁ俺はどっちでもいいんだけどね。


 そうしてしばらく見世物になったり語り部になったりしていると、ようやく俺の周囲の人の輪もまばらになり始める。俺は話し疲れたこともあり、広場の端っこに設置されていたベンチで一休みすることにした。



 月を見ながらヌシの串焼きをモグモグしていると、離れたところにデリカの姿を見かけた。向こうも俺に気づいたようで、俺が手を挙げると少し早足で近づいて隣に腰掛ける。


「ふう、ようやく話ができるわ。今日はすごかったわね。マルク、おめでとう」


「ありがとう。僕もデリカがテンタクルスと戦っているのを見たよ。そっちはどうだった?」


「そうね……。やっぱり自分が怪我をするかもしれないって場に身を置くと、思ってた以上に体が縮こまるものなのね。メルミナはマルクのことをへっぴり腰だなんて言ってたんだけど、私もそうだったと思うわ」


 おうふ、メルミナは俺に伝える前から周りにそう言ってたのか。彼女の中で俺=へっぴり腰にならないことを祈ろう。


「デリカはかっこよかったと思うよ。僕はあんなに近くで槍を振るうなんて、とても無理だもの」


 かっこいいとかあまり女の子に言う言葉ではないと思うが、まぁ元親分だし構わないよね。するとデリカは少し照れたように下を向いた。


「ありがと。でも、マルクに借りた護符が無ければきっと怪我をしてただろうし、生き死にをかけて戦うのはすごく大変なんだと、今頃になって本当の意味でわかった気がするわ。そりゃ母さんも反対するわよね」


 ふと、以前から気になっていたことを聞いてみた。


「デリカってどうして冒険者とか衛兵になりたいって思ったの?」


「そういえば話したことはなかったわね。まあよくある話なんだけど――」


 そう前置きして語られたことは、本当によくあるような話だった。


 デリカの父親のゴーシュは元々D級冒険者だったそうだ。あんなムキムキマッチョですらD級止まりというのが、やはりC級との隔たりというものを感じる。


 そんなゴーシュの冒険者現役時代だが、冒険者ギルドに所属していると一言で言っても、その仕事は多岐にわたる。ゴーシュが主に請け負っていたのが、行商人の護衛や催し物の警備などといった、人を守る仕事だったそうだ。


 そしてゴーシュはデリカの母親と結婚するのをきっかけに冒険者を引退し、妻の実家の家業を継いだ。その時にゴーシュが義理の両親と結んだ約束が「二度と剣を握らない」だった。


 結婚してしばらくするとデリカが生まれた。ゴーシュが愛娘に何かお話を聞かせてとねだられると、昔の仕事の話をよく語って聞かせた。ずっと冒険者だったから話のネタがそれしかなかったんだと、ゴーシュは後になってデリカに打ち明けたそうだ。


 そうしてゴーシュの冒険者の話を聞いているうちに、次第にデリカは剣を持って人を守る仕事に憧れるようになった。弟のユーリはその辺の反省を踏まえて育児をした結果、もやしっ子になってしまったようだ。極端すぎるのよねとデリカが薄く笑う。


「じゃあこの剣は?」


 俺はデリカが今も腰に下げている剣を指差す。


「うん、現役時代に使ってたらしいわ」


 やっぱりそうだったのか。年季が入っているものね。一通りの話を聞いて、色々と納得していると、今度はデリカの方から質問が飛んできた。


「次は私も聞いていい? 私が借りたあの護符ってなんなの?」


「ああ、あれは領主様に貰ったんだ」


「領主様? それってこの前、町に視察に来てた、あの?」


「そうだよ。パメラのお店で会ったんだけど、どうやら魔法を使ってるところを見て気に入られたみたい」


 面倒なことにね、と毒づきたくなるのをぐっと耐える。デリカは口を大きく開けたかと思うとため息をついた。


「はぁ~、マルクがすごいのは知っていたつもりだったけど、本当にマルクといるとびっくりすることだらけね。今日だって、私や漁師さんが何人もかかって何とか倒すような魔物を、あっという間に片付けちゃうし、その上にヌシだって……」


 そこまで話すとデリカは眉を下げ自分の足元を見つめる。


「あれだけの力の差を見せつけられると、私の努力って意味あるのかなって思っちゃったわ」


「デリカそれは――」


「最後まで聞いて。でもね、私はマルクが毎日努力してるのも知っているし、マルクがすごいからって私がやる気を無くしたところで、私の夢が叶うわけでもないのは分かってるわ」


 自分に言い聞かせるように呟くと言葉を続けた。


「だからこれからも私は私のやれることを精一杯やっていくわ。でもね、なんだか不安になったのも本当。だから一つだけお願い……、命令があるの」


 命令か。親分だった頃は団員ごっこの最中に俺たち手下によく命令を出していたけれど、久しぶりに聞く言葉だ。


「なにかな?」


「マルク、私を応援しなさい! 私のほうがお姉さんなのにすごく情けないんだけど……。マルクみたいにすごい男の子が背中を押してくれれば、私はもっと頑張れると思うの!」


 なんだそんなことか。真面目なデリカらしい可愛らしい命令に少し吹き出しそうになる。応援はしているつもりだったが、声に出して言ったことはなかった。


「そんなの命令されるまでもなく当たり前だよ。今までもこれからもデリカを応援するよ。僕でよければ力になるから一緒に頑張ろうね」


 俺の答えにデリカは安心したような笑みを浮かべた。


「きっとそう言ってくれると思った。そういうマルクの優しいところは、す、好きよ」


「うん、ありがとう」


「わかってると思うけど、好きっていうのは良いところを褒めてるだけだからね!」


 デリカが俺から目線を外しながら照れたようにまくし立てる。


「うん。勘違いしてないよ」


「~~~! それじゃあ、そういうことだから! また明日ね!」


 そういって突然立ち上がると広場を駆け抜け、先に帰ってしまった。結局帰るところは同じだから一緒に帰ればいいのにな。


 まぁ将来の夢の話とか、思春期に突入してそうな女の子にとって恥ずかしい話なのかもしれないし、その直後となると間が持たないのかもしれない。


 走り去っていく赤いポニーテールを眺めながら考える。


 正直なところ、魔物漁を志願したときのデリカは少し思いつめてるように見えて心配だった。でもさっきはいい感じに力が抜けていたように見える。


 夢を一人で追いかけるのはしんどいものだと思う。デリカの場合は母親が難色を示しているのもあり、最大の味方が欠けている状態だ。だからこそ夢を支えてくれる味方が欲しかったのだろう。少しでも支えてあげられたらいいな。



 デリカの姿が視界から消えた後、すっかり冷えた、それでも美味いヌシの串焼きを腹に入れ、俺はベンチから立ち上がった。


「ああっ! 少年! こんなところにいたのー!? 落ち着いてからたっぷり話そうと思ったら、どっかに行っちゃってたから探してたんだ!」


 すると今度はサンミナが近づいてきた。そういえば一番うるさそうなサンミナとはまだヌシの話をしていなかったな。きっと喉が枯れるまで質疑応答は続くだろう。


 俺は苦笑しながらサンミナに向かって手を振ると、もう一度ベンチに腰掛けた。

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