124 褐色娘イイネ!

 サンミナの気が済むまで話に付き合った後、さすがに疲れ果てた俺はサンミナとセリーヌ、ニコラと共に村長宅まで戻った。


 デリカは初めての魔物漁で疲れたらしく、体を拭いてすぐに就寝。サンミナはメルミナを引き取って自宅に帰るつもりだったが、風呂を見て予定変更。ゆっくりと風呂に入るため、実家に泊まることになった。


 前回村に来た時、サンミナは風呂に入っていなかった。後でそのことを随分とサンミナママに自慢されたらしい。


 浴槽は俺とニコラの子供二人サイズで作ったため、大人二人が入るには少々手狭だった。


 そこで最初はセリーヌとしれっとニコラが一緒に入り、次にお湯を沸かしたりお風呂の使い方を教えると言う建前で、ニコラが連続でサンミナと一緒に入ることになった。


 俺とニコラは二人で一つのベッドを用意されたので、先に寝床で横になっていると、風呂から上がったニコラが『褐色娘イイネ!』とサムズアップしながらベッドに上がりこんできた。


 こうして旅の初日がようやく終わった。なんだか濃い一日だったな……。



 ◇◇◇



 そして翌日の早朝。旅支度を整えた後、馬車に乗り込みサンミナと共にテンタクルス売り場へと向かう。そのまま村を出る予定だ。


 俺たちが寝てる間に帰ってきた村長やサンタナは酒の影響でまだ寝ていたけれど、わざわざ起こして挨拶するのも逆に悪いなと、サンミナママにだけ別れの挨拶を告げ、静かに村長宅を後にした。


「もうテンタクルスの下処理は終わってるんだよね?」


「うん、多分ね。売り場の爺ちゃんが昨日ヌシを捌く前も捌いた後も、ひたすら包丁を振るってたから」


 馬車の中で足を伸ばしてバタバタさせながらサンミナが答える。


「あっ、そうそう。昨日はお風呂ありがとね。いやー、すっごいツルツルすべすべになったよ。本当はニコラちゃんだけじゃなくて、少年が一緒に入っても良かったんだけどさ。ごめんね~、カイが妬いちゃうかもしれなかったしさ~」


 その程度でカイが嫉妬するとは思わないし、そもそも俺は一緒に入りたいなんて一言も言っていない。


「その代わり、大きくなったらメルミナをお嫁さんにしてもいいよ。メルミナも私に似て美人になるし~、それならお風呂入り放題だよ」


『その時は私も混浴でお願いします』


 ニコラが口を挟む。お前はメルミナが結婚出来るような歳になっても一緒に風呂に入るつもりなのか。なんかもう頭が痛い。


「サンミナお姉ちゃん、僕にはまだお嫁さんの話なんて早いからね」


「なに言ってるんだよ~。人間、大きくなるのなんてあっという間なんだからね? 今のうちにメルミナにちょこっとツバつけとくくらいなら、私は見て見ぬふりするよ」


 なんという親だよ。その後もサンミナがやいのやいのと話を続けたが、俺は三角座りで馬車から遠くの景色を眺めて無心で過ごすことにした。



 しばらくして売り場に到着した。何度立ち寄ってもいつも解体作業中の爺さんだったが、今日は作業台の上には何も置かず、腰に手をあて俺たちを待ち構えていた。


「おう坊主。昨晩は殆ど話は出来なかったが、本当に大したもんじゃな。ほれ、そこに浮かんでおるのがヌシじゃ」


 爺さんが指差した方には、綺麗に下処理を終えたヌシがいくつもの水槽に分かれてプカプカと浮かんでいる。うーむ、やはり他の雑魚とは存在感が違うな。


「ありがとう。それじゃあさっそくもらうね」


 俺は片っ端から幾つもの部位に分けられたヌシをアイテムボックスに収納した。俺が収納をする一方で、爺さんが小屋から荷車に載せた下処理済のテンタクルスを持ち出して次々と空になった水槽に入れていく。


「こっちは約束のテンタクルス20匹じゃ。ヌシが乱入したせいで思ったほど取れなかったんじゃが、なんとか数は足りたわい」


 俺は金貨10枚を取り出し爺さんに手渡した。


「ほっほ、まいどありじゃ。テンタクルスを半数ほど倒したのも坊主と聞いたが、本当に良いのか?」


 実は昨夜、ヌシを倒した礼にテンタクルスを無料で提供するという話が上がったんだが、辞退させてもらった。


「いやいや、いいよ! ヌシの素材だって全部貰ってるのに、そこまでしてもらうと申し訳ないよ。それにもともと買うつもりでお金も預かってきてるしね」


「そうか、わかった。坊主はしっかりしとるのう」


 そう言って爺さんは金貨を懐に仕舞う。爺さんの顔はニンマリとしているので、とりあえず形式上だけでも話を振ってみたというところだろうか。


 それから俺は片っ端からテンタクルスを収納していった。するとその様子を見ていた爺さんから声がかかる。


「……なあ、今更なんじゃが、坊主のアイテムボックスはどれくらい入るんじゃ? メルミナは使いすぎて体調を崩したそうだが、坊主は大丈夫なのか?」


「そうだよ! そんなホイホイと使っちゃうからメルミナもマネしちゃったんだよ! これは責任を取って嫁にもらうべきだよ!」


 サンミナにありえない賠償を命じられた。俺はサンミナをスルーして爺さんに答える。


「今のところは大丈夫みたいだよ」


「そうか……。まあ、坊主に関してはもうなにも言うまいよ」


 爺さんは悟りを開いたかのような顔つきになっていた。そのままポックリ逝きそうで怖い。


 爺さんは心配してくれたみたいだけれど、他のアイテムボックスと違って出し入れに魔力を消費することは無いらしい。気になるのは収納量だが、今のところはこれ以上入らないと感じたことはない。まだ入ると思う。


 まぁ仮に入りきれなくなったら、その場に廃棄するのも気が引けるからと回収していた風呂の水なり建物の土なんかを取り出してしまえばいい。



 そんなこんなでテンタクルスの収納が終わった。


「それじゃこれでおしまいかな」


「そうね、それじゃあ行きましょうか」


 ずっと取引を見守っていたセリーヌが馬車の中から声を上げる。サンミナともここでお別れだ。


「ギルド依頼を達成したら、帰りはまた寄ってくれるの?」


 サンミナから質問が出たが、俺は予定を知らないのでセリーヌに顔を向けた。するとセリーヌは顎に手をあてながら答える。


「んー、その時の状況次第かしら?」


「そっか。よかったらまた寄ってね!」


 そういってピョンと一歩後ろに下がった。俺は馬車に乗り込み、デリカがサンミナに手を振りながら馬を前進させた。


「またねー!」

「坊主、また用意しとくからの。いつでも寄ってくれ」


「うん、きっとまた来るよー」


 テンタクルスが獲れる限り、きっとまた来るだろう。……いや、仮に獲れなくなっても、騒がしくも温かいこの村に遊びに行くのは悪くないかもしれない。俺はどんどん小さくなっていく二人に向かって手を振り続けた。

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