120 へっぴり腰

 身体に感じる軽い振動で俺は目覚めた。


「あれ? ここは……」


 左右を見ればどうやらここは林の中。目前には誰かの後頭部が見える。俺は誰かの背におぶさっているらしかった。


 誰かの後頭部は艷やかな黒髪で、そして俺の胸から腹に接しているのはずいぶんと華奢な背中だ。俺は誰におぶさっているのだろう? サンミナかな? ……いやしかし、その背中はなんだか筋張ってゴツゴツしているように感じる。


「あっ、起きたのかい?」


 俺のつぶやきに気づいて肩越しに顔をこちらに向けたのは、まだ少年といっても差し支えのない風貌ながら、既に一児のパパであるカイだった。


「う、うん。カイお兄ちゃん。起きたから降りるね。ありがとう」


「わかった。気を付けて降りるんだよ」


 そう言ってカイはゆっくりと地面にしゃがみ込む。サンミナじゃなくて少しだけガッカリした俺にはもったいない気配りに、若干後ろめたい気分になる。


 俺が背中から降ろしてもらうと、隣を歩いていたメルミナが興奮した面持ちで話しかけてきた。


「マルクお兄ちゃん、すごかったね!」


 ヌシとの戦いのことだろう。その瞳はキラキラと、まるでサンミナが魔法を語るときのように輝いている。やっぱり親子だね。


「あはは、格好良かったかな」


「ううん! へっぴり腰でかっこ悪かったよ! でもすごかった!」


「そ、そう……」


 俺は幼児の素直さに感心すると共に、少し調子をこいたのを反省した。するとニヤニヤしながらニコラが念話を送ってきた。


『まぁ実際、ずっと腰を引いて戦ってましたからね』


 マジかよ。客観的に考えると確かにすごくかっこ悪そうだな。メルミナの素直な感想も頷ける。とはいえ、あのデカブツ相手に胸を張りながらの戦闘とか、俺にはちょっと無理難題な気もする。


「それであの後どうなったの?」


 俺は気を取り直すと周囲を見渡しながらカイに尋ねた。ここが村と湖を繋ぐ林の中なのは間違いないだろう。近くにいるのはニコラとカイ、メルミナだけだ。


「マルク君が眠ったあと、すぐにヌシの解体作業を始めたんだ。セリーヌさんが魔法で上手く捌いてくれたのですぐに終わったよ。そして今は漁の後始末だね。セリーヌさんとデリカちゃんとサンミナはそれの手伝いをしてる。僕は君たちをお家に返す役目だね」


 そこまで言った後、カイは何かを思い出したようにポンと手を合わせた。いちいち仕草が女の子ぽいな。


「あっ、それでセリーヌさんから許可が出たので、ヌシの切り身を少しだけもらったんだけど良かったのかな? 今夜の宴会に使わせてもらおうと思ってるんだ」


「それはもちろんいいけど……。宴会?」


「うん、大金を出してギルドに討伐依頼を出すほどのものじゃなかったけれど、たまに出てきては漁の邪魔をするヌシが討伐されたんだ。そりゃあ村をあげてお祝いをしないとね。僕たちより先に足の早い人が村長に連絡に向かったから、もう広場で準備してるんじゃないかな」


「そっか、それなら引き返して後片付けを手伝ったほうがいいかな」


「はは、マルク君は働き者だね。でも、今日の一番の功労者はゆっくりしていればいいと思うよ。それにこれからメルミナも家に帰さないといけないしね。……メルミナおいで」


 カイがメルミナに呼びかけて再びしゃがみ込むと、メルミナがとたとたと歩いて背中にくっつく。すっかり忘れていたが、メルミナの歳なら普段はもう寝ている時間帯なんだろう。カイが背負って立ち上がったときには、もうメルミナの目は閉じられていた。


 カイはそっと歩き出すと、メルミナに気遣い少し声を落として問いかける。


「君たちはまだ眠くない? もし平気なら、後で迎えにいくから君たちにも宴会に参加してほしいな」


 宴会か。あんまり疲れていたら遠慮したいところだけど、実際のところそれほど疲れは残っていない。


 ちなみに魔力の方も危惧していた消耗戦にはならなかったので、まだ少しは余裕がある。気絶するように眠ったのは、それでも普段使わないレベルで魔力を一気に消費したせいだろう。それに緊張の糸が途切れたというのもある。


「それじゃあ先にお風呂にでも入ってから、少しお邪魔しようかな」


「本当かい!? さっきまで寝ちゃってたし無理かなって思ってたけど、来てくれるなら嬉しいよ。きっと漁には来なかった村の人たちもマルク君を見たがるだろうしね」


 カイが心底嬉しそうに微笑む。自分が見世物になるのは若干恥ずかしいけど、大物を仕留めたことを祝ってくれるのは素直に嬉しいね。


「あっ、言い忘れてたけど、マルク君おめでとう。本当にすごかったよ。まるで旅人に聞いたことがある冒険譚のような戦いだった」


「へっぴり腰だったのに?」


 俺が少し卑屈になって答えると、


「はは、まぁ確かに立ち姿はそうだったかもしれないけど、それでも信じられないような戦いだったよ。あれだけすごいことをやってのけたんだ。せめて結果に対しては胸を張ってほしいな」


 カイは少し困った顔を俺に向けた。カイもへっぴり腰に対しては否定はしないし、なかなか素直に頷けそうにもないが、カイの言うことも一理ある。


 とりあえず宴会ではへっぴり腰のことは忘れよう。……そして今度セリーヌにかっこよく戦うコツなんかも教えてもらおう。


 俺はなんだか情けなくも新しい目標を胸に秘め、夜の林の中を歩いた。

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