113 全快祝い

 村長宅のすぐ近くでは、デリカがゴーシュに借りた剣を使って素振りをしていた。


「――フッ!」


 短く息を吐く度に年代物の片手剣が鋭く振られ、デリカの顔から汗が飛び散る。俺が近づいても全く気づいていない様子だ。集中力がすごいね。


 デリカの素振りを見るのは以前ギルに剣術を教えてもらったとき以来になるが、あの頃に比べてとても洗練されているように見えた。目標がしっかり定まった事や、道場でプロに習うことによって格段に上達したんだろうと思う。


 なんだか声をかけるのも気が引けたので、真剣な顔で素振りを続けるデリカを邪魔しないように、じっと見学することにした。



 しばらくして予定の回数を終えたのだろう、デリカが俺に気づいたようだ。俺から声をかけてみる。


「久しぶりに素振りを見たけど、剣術の練習頑張ってるんだね。すごいな、こんなの僕なら一日で音を上げる自信があるよ」


「マルクだって魔法の練習頑張ってるじゃない。剣である必要はないでしょ」


「そりゃ魔法は練習してるけど、デリカみたいに精一杯頑張ってるかというと自信がないなあ」


 するとデリカが半目になりながら剣を鞘に仕舞った。


「なに言ってるのよ。私は汗をかいてるから大変そうに見えるだけで、やるべきことをやるって点では同じでしょ?」


 うーむ、そう言われてみれば俺も頑張ってるのか。基本的に魔法の練習は苦にならないというか身になっていくのが体感できて楽しいので、あんまりしんどいとか面倒くさいと思ったこともないんだけど。


 たしかに面倒くさいことを我慢してやることだけが、頑張ってるってことでもないのか。


「言われてみればそうだね。僕も頑張ってたよ」


「なにそれ。変なマルクね」


 デリカはクスリと笑い、近くにかけてあったタオルで顔を拭った。



 ◇◇◇



 夕食は村長、村長の息子サンタナ、その奥さん。サンミナ、サンミナの旦那のカイ、メルミナと俺の知る村長一家勢揃いだった。メルミナの全快祝いも兼ねているそうだ。


 俺たちが椅子に腰掛けると、カイが近づいてくるや否や、線の細い身体を曲げてお辞儀をした。


「あの、マルク君、セリーヌさん。メルミナの治療ありがとうございました」


「少し回復が早まったくらいなんだし、そんなに気にしないでいいのよ」


「それでも、です」


 再び頭を下げるカイ。たまたま居合わせて少し早めに回復した程度の事なので、あまりかしこまられても困ってしまう。俺とセリーヌが顔を見合わせどうしたものかと思案しているとサンミナがやってきた。


「まあまあ、お礼は私がたくさん言ったから! これでカイも明日からは漁に集中できるね! それよりもさ、ほらっ、早く食べよう!」


 サンミナがカイを強引に引っ張り席に着かせた。どうやらカイはメルミナが心配のあまり仕事が手につかなかったようだ。


 カイが離れていったので改めてテーブルの上を眺める。テーブルにはところ狭しとテンタクルス料理が並べられていた。


 ちなみに以前はテンタクルス料理を苦手としていたデリカだったが、さすがに給仕役がそれでは駄目だということで、努力と根性で克服に成功している。ガッツあふれる親分なのだ。なので今回は料理の大半がテンタクルスである。


 そうして今回も村長の口上から始まり、食事が始まった。


 今回目を引く料理はテンタクルスのブイヤベースだろうか。テンタクルスの他にも貝や魚が煮込まれておりトマトソースの香りが食欲を刺激する。これは是非父さんに詳細を報告して作ってもらわねば。


「マルクお兄ちゃん、これもおいしいよ!」


 俺がブイヤベースに舌鼓を打っていると、隣に座るメルミナが小皿に切り分けたテンタクルスのマリネを差し出してくれた。さっそくフォークで口に運ぶ。ウチでもマリネは作ってもらっているが、こちらは少し甘めに仕上げているようで、口の中にやさしく味が広がっていく。


「うん、おいしいね」


 俺がシンプル且つストレートな感想を伝えると、メルミナは嬉しそうに笑いながら、


「マルクお兄ちゃんはいのちのおんじんだから、メルミナがお嫁さんになってあげるね!」


 何ともかわいいことを口にした。サンミナの方を見るとニヤニヤしているので、おそらく彼女が吹き込んだのだろう。ニコラからは念話で『光源氏計画順調ですね』と呟かれた。


「命の恩人だなんて大げさだよ。メルミナはちゃんと好きな人と結婚したらいいと思うよ」


「メルミナはマルクお兄ちゃんのこと好きだよ?」


 キョトンとして答えるメルミナ。


 えっ、うーん……。俺がなんて言えばいいのか迷っていると、今度はカイが顔を青ざめさせる。


「メ、メルミナにはまだ早いんじゃないかな?」


「そうだそうだ。まだ早い!」


 サンミナの父親のサンタナが椅子から音を立てて立ち上がり追随する。ちょっと子供が言うことに必死すぎやしませんかね?


「カイ~、なに言ってるのよ。カイだってメルミナくらいの歳から、『将来はサンミナちゃんと結婚したいんだけど……、僕じゃ駄目?』とか顔真っ赤にしながら言ってたじゃない」


「うわああああ、そんな昔の話を持ち出すのは止めてよお!」


「えー。でも私は嬉しかったんだけどなあ~」


「そっ、そうなんだ……」


 そういってもじもじするカイ。相変わらず乙女か。


 味方のいなくなったサンタナが椅子に腰掛けながら強引に話を変える。


「ウォッホン! そういえば昨夜も行ったばかりだと言うのに、今日も魔物漁をするみたいだな」


「お、おう、ワシもさっき聞いたぞ。どうやら大口の買い手がやってきたそうなんじゃが」


 村長がそれに答える。村長も男親勢と気持ちは一緒らしい。しかし大口の買い手って。


「それって僕のことかも。今日は10匹購入して、明日の出発するまでに20匹までなら買うって売り場で言ってきたんだ」


「おおっ、そうだったんじゃな。村としても臨時収入が増えて嬉しいのう。その調子で町で流行らせてくれれば、もっと収入も増えるな、むふふ」


 村長が顎に手を添えながらニンマリとする。


「ふーん、それじゃカイも食事が終わったら湖に向かうの?」


「うん。20匹となると結構多いからね。漁師は総出だよ」


 すると、さっきまで何とかテンタクルス料理をやっつけていたデリカが口を開く。


「……あの村長さん、ちょっと相談があるんですけど」


「うん? どうしたんじゃ?」


「今夜の魔物漁、私も混ぜてはもらえませんか?」


「……ほう、どういうことかの?」


 村長が片眉を上げて問いただす。


「私、少しでも強くなりたいんです。そのために魔物と戦う経験を積みたいんです」


 デリカが吐き出すように言うと、村長は感心したような顔をしながら、


「ほう、ほうほう。よい心がけじゃな。セカード村は何より強さを尊ぶ村じゃ。怪我をしても知らんが、それでもいいなら行ってくるがいい」


「はい!」


 デリカの返事に村長は満足げに頷いた。


「よし、サンミナ。予備の槍があったよな。アレを貸してやりなさい」


「いいけど~。デリカちゃん大丈夫? 女で魔物漁までする子はめったにいないよ? 私も一度やったことあるんだけどさー。あやうく大怪我しそうになってね。まぁその時に助けてくれたのがカイだったんだけど~。その時に結婚を決めたんだけど~」


 惚気始めたサンミナを放置してデリカを伺う。


「デリカ大丈夫? けっこう激しい狩りだと思うけど」


 なるべく安全な距離からヤリを突き刺すだけとはいえ、危険が無いわけではない。以前見学したときも何人か怪我をしていた。


「うん、心配しないで」


 デリカは少し強張ったような表情で答えた。そうは言ってもなあ、正直心配だ。俺がどうすべきか考えているとセリーヌが口を挟む。


「心配ならあんたも出てみたら? あっ、そうよ、それが一番いいわね。あんたの特訓にもなるでしょ」


 名案が浮かんだかのように手をポンと叩くセリーヌ。えっ、俺にもあの筋肉祭に出ろって言うの?

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