35 教会の畑

 今日は光曜日。待ちに待った教会学校の日だ。ニコラと一緒にデリカの家に出向き、そこでデリカ姉弟と合流し、教会へと向かう。


「今日は楽しみだなあ」


 思わず口にすると、前を歩いていたデリカが期待に満ちた眼差しでこちらに振り向いた。


「畑の件ね? 次に何かを植えるなら、あたしは果物がいいと思うわ!」


「それって親分が食べたいだけなんじゃないの? というかたぶん教会の畑には野菜しかなかったと思うよ」


「そうなの? うーん残念」


 赤毛のポニーテールがへんにょりと揺れた。


 そもそも家庭菜園レベルで果物って育てられるのかな。まぁ魔法なら何とかなるのかもしれないし、その辺も聞ければいいな。



 ◇◇◇



 教会に到着し教室の中に入る。少し周囲を見渡してみたが、ジャックの姿は無かった。やっぱり先週の件が尾を引いているのだろうか。さすがに登校拒否のようなことになれば、俺も罪悪感が芽生えてしまうんだけど……。まあとりあえず今は様子を見よう。


 しばらく教室で座って待っていると、シスターのリーナがやってきた。その後ろからジャックがやってきて、すばやく教室の後ろの方に座る。どうやら授業が始まるまで身を潜めていたようだ。登校拒否なんてことじゃなくてホッとした。


 そして本日の授業が始まる。今日も先週と同じく積み木を使っての文字の勉強からだ。文字は異世界言語翻訳のギフトのおかげで読めるんだが書けない状態なので、読みに特化したこの勉強法は俺にはあまり効果がなさそう。とはいえ俺とニコラの他にも六歳児は数人いるので、空気を読んで同じ様に積み木で文字を作る。


 読みの練習の後は算数だ。先日、冒険者ギルドであっさりと掛け算を解いたニコラだったが、ここでは指を使って足し算をして、リーナに指を使わないように注意されていた。注意されたニコラはなんだか嬉しそう。相変わらず変な趣味だな。


 算数が終わると昼食の時間になった。昼食は各自、自宅で用意することになっている。寄付金があるとはいえ、給食を振る舞うほどの余裕は教会には無いようだ。


 先週は自宅まで帰って昼食をとった俺とニコラだが、今日は父さんが弁当を作ってくれたので、外で弁当を食べられる場所を見つけに、教会周辺を少しうろついてみた。


 教室で食べても良かったけれど、天気も良かったので気分転換だ。教会正面の石段、横に隣接された孤児院とあちこちうろついた結果、結局先週決闘をした裏庭が良さそうだったと思い、そちらに行ってみる。


 裏庭に入ると先客がいた。ジャックだ。大きな木に持たれながらパンを食べていたジャックは、俺達に気付くとそれを急いで口に詰め込んだ。すると喉に詰まったらしく胸を叩いている。


「えっと、水あげようか?」


「ンググ……プハッ、だ、大丈夫だ!」


 ジャックは肩で息をしながら足早に去っていった。うーん、どうやら避けられてるみたいだなあ。


 元は自業自得とはいえ、俺のパンツ下ろしとラックによる羞恥責めは、一週間では立ち直れない程の精神的ダメージを与えてしまっているようだ。


「ジャックは少し気にかけておいたほうがよさそうだな」


「そうですね。私の可愛さが生み出した悲劇ですし、ちょっと不憫な気もしてきました」


 ラックに無理やり言わされたとはいえ謝罪もあったし、根に持つほどのことではない。迷惑を掛けない程度で普段通りに戻ってほしいものだ。そんな話をしながら、肩で斜めにかけていた鞄から弁当箱を取り出す。


 実際は鞄の中に展開させたアイテムボックスから取り出しているんだけどね。一応アイテムボックスを見せないように気を使っているのだ。アイテムボックスの中は時間が進まないみたいなので、食べ物が傷まなくて都合がいい。


 今日は全くマナを消費していなかったので、全力で机と椅子を作ってみた。そしてニコラと二人で腰掛け、二人分の弁当箱を開ける。


 チーズとハムとレタス、鶏肉とトマトとレタスを挟んだ白パンが2個づつ、弁当箱に入っていた。トマトはしっかり魔法トマトのようだ。俺は未だに普通のトマトは苦手だからね。


 木のコップを取り出し水魔法で水を入れると、さっそく二人で食べ始めた。


「お兄ちゃん、今日の授業はいまいち集中出来てなかったようですけど、勉強のレベルをもう少し上げてもらうのはどうでしょう?」


「うーん、そうだなあ。ユーリもデリカと同じ授業受けてるし、飛び級はいけるんだろうけど……」


 教会学校で教えて貰える、読み書き計算と宗教教育のうち、俺に必要なのは書くことくらいだ。


「でもこのままでいいや。そもそも飛び級しても読みと計算で習うことが無いのは変わらなさそうだし、読み書き計算以外にも教会学校で勉強になることはあるから不満はないよ」


 ふとした話からこの世界の常識や考え方なんかを、先生や同い年の子供からも学ぶことがある。決して無駄ではなかった。


「そうですか。まぁ勉学で身を立てるなら、飛び級どころか領都にある学園にでも行かないといけませんしね」


 領都か。この町は領都に繋がる宿場町のひとつでしかない。いつかは行ってみたいもんだ。


 そんな話をしているうちに弁当は食べ終わった。椅子に座って食休みをしていると、ジョウロ片手にシスターのリーナ先生がやってきた。これから畑に水をやるようだ。丁度いい機会なのでリーナに声をかける。


「リーナ先生、畑のお世話をするなら見学していいですか?」


「あらマルクさんニコラちゃん。それはいいですけど……こんなところにテーブルと椅子あったかしら?」


 リーナが人差し指を顎に添えて首を傾ける。かわいい。


「あっ、ごめんなさい。すぐ消します」


 ザァッと音が響き、テーブルと椅子は一瞬で砂へと変化した。リーナが口に手を当て驚いてるように見えるが、スルーするに限る。今は俺の話よりも野菜の話をしたいのだ。


「……マルクさん、魔法がお上手なのね」


「はい!」


 元気に答えてリーナに近づく。そして先週はしっかり見れなかった畑を見学した。


 栽培してるのはキュウリとキャベツ、それと先週は見落としていた、正露◯みたいな黒い実が連なった植物だ。


 地面に落ちていた黒い実を拾い、臭いを嗅いでみる。なんだか苦そうな臭いがする。というか、どっかで嗅いだことがあるような……?


「リーナ先生、これはなんですか?」


「これはドギュンザーですよ」


 ドギュンザー! これが母さんが隠し味に入れたがる悪魔の実の正体か!

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